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「またお会いできて幸栄ですわ。ルードベルト嬢。」


そう声をかけてきたのは以前参加したお茶会で知り合った伯爵家のご令嬢。

たしかメルクーリ家だったはずだ。


「こちらこそ。メルクーリ嬢。お元気そうでなによりです。」


笑顔で当り障りない挨拶をかわす。


公爵家のお茶会に招かれたのは伯爵家以上の家格のご令嬢たちであった。

その中でも同じテーブルを囲んでいるのは誰もかれも婚約者候補と名高い家のご令嬢だ。

主催であるシェーファー嬢もまた同じ席につき、優雅に紅茶を飲んでいた。


ウェーブのかかった金髪に、紫の瞳。

ただ紅茶を飲んでいる姿でさえも指先まで洗練されている。

同じお茶会に参加することはあっても、こうして同じテーブルにつくことは初めてであった。

筆頭婚約者候補同士だからこそ、今まで間接的にしか関わりがなかったといえる。

しかし、公爵家主催のお茶会にあえて同じテーブルにつくことは敵情視察の意味があるのかもしれない。

あるいは、ここがお互いを蹴落とす場になるかもしれないと考えると少しだけ手に汗がにじんだ。


婚約者候補をうたわれるご令嬢の集まりだけあって、普段以上の緊張感を抱えながらも表面上は穏やかなお茶の時間だ。


「今年も建国祭までに聖女様は選ばれることはありませんでしたね。残念ですわ。」


伯爵家のご令嬢の言葉に空気がぴりついた。

(・・・聖女様、ね。)


この国はドラゴンと聖女によって守られてきた。

聖女はドラゴンによって選ばれ、その不思議な力で国を守るとされているがどのようにして選ばれるのか

どんな人物が選ばれるのかは定かではない。

聖女に選ばれることは王子妃になることと同義だとされていた。

それは、先代の聖女の影響だ。

先代の聖女は平民の身でありながら、月の妖精のような美しさと評されていた。

彼女はその美しさと国への献身から王族へと迎えいれられたからだ。


先代聖女がなくなったのは17年前。通常であればすぐにドラゴンによって次代の聖女が選ばれるはずであったが、17年間聖女が選ばれることはなかった。

その理由は今でも明かされていないが、ドラゴンの気まぐれによるものとされている。


この話題を出すことは誰が王子妃に選ばれるかはわからない

自分にもチャンスはあるという意味に他ならない。

自信のある態度を崩さない伯爵令嬢を一瞥する。


(この様子だと彼女が次の王子のお相手みたいね。

 メルクーリ家とのお付き合いは今後考えた方がよさそうだわ。)


確証はないがおそらく王子の一時のお相手として選ばれたのだろう。

先ほど発言はこの場で1番家格の低い伯爵家が侯爵家、公爵家の令嬢へ宣戦布告したも同然だし

そうでなければよほど空気の読めないかのどちらかだ。

シェーファー嬢へ視線を移すと素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。


(これは私の出方が試されいるのね。)


小さく息をついて持っていたカップを音を立てないように置くと笑顔を作り直す。

身の程を知らない令嬢を笑いものにするのは簡単だ。

しかし、この場を社交界の令嬢の見本であるアリス・ルードベルトとして納めなければならない。


「メルクーリ嬢が残念に思うことはありませんわ。今はまだそのときではないだけで

いずれ聖女となるべき方が太陽と月の神々の導きによって選ばれるでしょう。」


太陽と月の神々は両陛下のことを指す言葉として用いられる。

両陛下の決定により婚約者が決まることを暗に告げればさすがに口を出せないはずだ。


「しかしルードベルト嬢、聖女様はドラゴンによって選ばれるものですわ。

ドラゴンが聖女様を求める心は誰にも止められるものではないでしょう?」


王子に選ばれたのは自分だから、自分こそが王子妃になれると言いたいらしい。

恋は盲目とはよく言ったものだ。


(これは宣戦布告と空気を読めない両方なのね。)


あまりに失礼な発言に笑顔が固まりそうになる。

周りのご令嬢たちも私と彼女の様子を固唾をのんで見守っている。


「聖女様はドラゴンとともにこの国を守る尊いお方です。思いの強さだけでなく

この国を守るものの素質と能力もまたドラゴンに選ばれる要素の1つとなるでしょう。

ご令嬢の国を思う心も理解できますが、私たちにできることは神々に恥じぬ行いをすることです。

太陽と月の神々は常に私たちを見守ってくださっているのですから。」



王子妃となるには家格と資質が足りていない。この場は聞かなかったことにしましょうと

告げるが彼女は収まらないようにカップを持つ手を震わせていた。


「ですが・・・!」


バシャっという水音ともに令嬢の言葉がさえぎられた。


彼女が頭から紅茶をかけられている状況に誰もが驚きを隠せないでいた。

平然としているのは紅茶をかけた本人、お茶会の主催者であるシェーファー嬢だけだ。


「高貴な方々だけを招いたのですけれど、身の程をわきまえない女狐が紛れ込んでいたみたいですね。」


「め、女狐ですって?!撤回してください姫君!」


紅茶をかけられたメルクーリ嬢は一瞬、何が起こったかわからずに茫然としていたが

すぐに顔を真っ赤にして立ち上がりシェーファー嬢をにらむ。

シェーファー嬢は扇を広げて不快そうに眉をひそめる。


「あら、そうね。狐は賢い動物ですもの。狐に失礼でしたわね。

今のあなたは他人の威を借りるしか能のない愚かな動物以下の存在ですわ。」


「っ!!」


「これに懲りたら聖女として選ばれるように

ご自身の能力でも磨いておくことね。生まれ持った資質は変えられないのだから。」


そう言うとシェーファー嬢はメルクーリ嬢に耳打ちするように近づいた。

何を話しているのかわからないがそれを聞いたメルクーリ嬢は驚いたように

シェーファー嬢を見る。

音を立てて扇をたたんだシェーファー嬢はにっこりと微笑んだ。


「出口はあちらでしてよ?」


「失礼しますわっ!」


今度は真っ青になった顔色のままメルクーリ嬢は足早にその場を去っていく。

あまりの出来事に誰かが口をはさむこともできず、ただ見ていることしかできなかった。

皆が茫然としている空気を換えたのもまたこの場の主役であった。


「皆様、ご観劇いただきありがとうございました。

本日お越しいただいた皆様には楽しんでいただけるように

城下町で人気だというお菓子を特別にご用意させていただきました。」


まるで演劇の主役のように優雅にドレスを広げ一礼したシェーファー嬢は

パンっと手をたたいて使用人を呼ぶ。

それだけでその場に漂っていた緊張感のある空気が変わる。

その場にいた令嬢たちの話題はすぐにそちらに移り

先ほどの出来事がなかったかのように歓談し始める。


私1人だけなんとも言えない気持ちで堂々とふるまうこの場の主役を見つめていた。

読んでいただきありがとうございます。

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