35
残りの1年の間に彼の呪いを解かねばならない。
私はそのために魔法塔を訪れていた。
ドレスでは目立ってしまうからと、城下町で購入したワンピースとローブに身を包んでいた。
高くそびえる塔を見上げる。
未来の私は過去に戻るとは思っていなかったから大事なことを聞きそびれていた。
呪いを解除するための方法だ。
今は呪いに関する情報は禁忌とされているとエゼキエルは言っていた。
むやみに調べることで人に知られるわけにもいかないし
闇雲に探したところで時間だけ消費してしまう。
ならば呪いの情報を持っているエゼキエルとマティアスに聞くしかないだろう。
問題はどう切り出すか、だった。
自分が聖女の力を使って時間を巻き戻したなんて話して聖女と知られてしまうわけにはいかない。
アストラは聖女が殺されたと言っていたからだ。
聖女が一体誰にその命を狙われていたのかは彼が眠りに落ちている間私にわかる術はない。
ならば誰にも聖女であることを打ち明けるわけにはいかなかった。
魔塔の入り口に来てみたはいいものの、その扉は大きく1人で開けられそうもない。
どうやって入るべきなのかと考えているとタイミングよく扉が開いた。
中から出てきたのはいかにも魔法使いらしい、ローブをまとって杖をその手に持った少年だった。
「あの、申し訳ありません。お手数ですが取次ぎをお願いしたいのです。」
そう言って少年に声をかけると少年は私を見た。
「構いません。名前はわかりますか?」
少年は快く引き受けてくれた。
そのことにほっとする。
「マティアス・ルードベルトに取次ぎをお願いします。私の兄なのです。」
そう言った瞬間それまで笑顔だった少年の顔がこわばった。
「え・・。マティアス様ですか?あなたはマティアス様の妹君なのですか・・?」
「はい。」
急にどうしたのだろうか。
彼の顔色が一気に真っ青になっていく。
「す、すぐにご案内しますのでこちらへどうぞ!!」
少年に促されて魔塔内へと足を踏み入れた。
**********
少年に案内されたのは応接室だった。
少年の震える手で出された紅茶を飲む。
(何にそんなに怯えているのかしら?)
その少年も今は兄へ連絡をしに行ってくれている。
相手の都合も聞かずに急に来てしまったためもしかしたら今日は会えないかもしれない。
そう思っていると扉の外からバタバタと騒がしい音がした。
何事かと視線を向けるとその扉が勢いよく開けられた。
部屋に入ってきたのは兄のマティアスだった。
未来で最後に会ったときと変わらない様子にほっとする。
しかし、よく見てみると彼の姿はかなり乱れていた。
まっすぐだった髪には寝ぐせが付いてしまっているし
シャツのボタンはかけ間違えている。
なによりその目の下には深いクマが刻まれている。
走ってきたのだろうか。かなり息がきれている。
(やっぱり出直した方がよかったかしら)
「ほ、本当にアリス・・なのか?夢を見てるわけじゃないよな・・。」
ずれた眼鏡を掛けなおしながらマティアスはそう呟いた。
「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。お兄様。
その、ご都合が悪いようであればまた後日伺います。」
そう言って私が立ち上がろうとすると慌てたマティアスが駆け寄ってきた。
「いや、いい!全然大丈夫だ。問題ない。むしろやることがなくて困ってたくらいだ。」
そう言って私に座るように促して目の前のソファに座る。
「・・・。」
「・・・。」
突然来たのは私なのだから私から切り出すべきだろう。
しかし、どうやって話を始めるべきだろうか。
このときのマティアスからすれば会話するのすら11年ぶりだ。
「そういえば」
私が何も言わずに黙っているとマティアスが切り出した。
「16歳の誕生日おめでとう。本当は直接渡すべきだとわかっていたんだが、
プレゼントは届いただろうか?」
「え?プレゼント、ですか?」
なんのことかと思った。
未来でも、もちろん過去でも私はマティアスから誕生日のプレゼントなどもらっていない。
手紙を送りあうことすらできなかったのだから。
「気に入らなかったら捨てて構わない。
言ってくれればお前の好みのものをまた用意するから送らせてほしい。」
そう言っているマティアスが嘘をついているようには見えない。
ならば、そのプレゼントはどこに行ったのだろうか。
「・・・お兄様。その、申し訳ありません。
何か手違いがあったのか私のところに届いていなくて・・。
帰ったら家の者に確認してみます。」
私の言葉にマティアスは驚いた様子だったがすぐに考え込む仕草をした。
しかしそれも一瞬のことで再び笑顔に戻る。
「・・・いや、いいんだ。だが、お前の誕生日は祝わせてほしい。
お前の気に入りそうなものを贈るから、受け取ってくれるか?」
(もしかすると、私が気付かなかっただけで今までもプレゼントを贈ってくれていたのかしら)
兄はもう私のことを忘れて自分の人生を生きていると思っていた。
でも、本当はそうではなかったとしたら。
どうして送った手紙は返ってこなかったのだろうか。
どうして1度も帰ってくることはなかったのか。
お互いの伝えたい気持ちがちゃんと伝わっていなかったとしたら
私たちの時間も接点を持たないまま空白になってしまうことはなかったのだろうか。
ならば、私も自分の気持ちを伝えなくては。
「ありがとうございます、お兄様。とてもうれしいです。
プレゼントとても楽しみにしていますね。」
私の言葉にマティアスは心から嬉しそうに笑った。
読んでいただきありがとうございます。