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第2章過去編スタートします
眠りから目覚めたような感覚だった。
ぼんやりとしていた頭が霧が晴れていくように過ごしずつ覚醒していく。
自分の置かれている状況がわからず周囲を見渡した。
見覚えのあるこの場所は侯爵家のダイニングだ。
「16歳の誕生日おめでとう。これからも侯爵家の名に恥じぬように気をつけなさい。
公爵家の令嬢も社交界デビューしたそうだけれど、間違ってもあなたの方が下に
見られることがないようにな。」
そう私に声をかけたのは父だった。
(・・・本当に、戻ってきたの?)
目の前にいるのはあの日王城に行ったまま帰らぬ人となった両親だ。
言われた言葉も記憶にある。
祝いの言葉を一言と侯爵令嬢としての振る舞いについて小言。
いつも誕生日に言われる言葉だ。
「・・・私は、今日で16歳になったのですね。」
「そうよ。しっかりして頂戴。これから本格的に王子の婚約者を選ぶ機会となるのですからね。
あなたがそんな調子では困るわ。」
そう言った母はイラついた様子でこちらを見る。
その様子にすら懐かしさを覚える。
巻き戻した時間はおよそ1年前だ。
私は16歳になってから本格的に社交に力をいれて人脈づくりをしていた。
この時間に巻き戻ることができたならばある程度両親の制限を受けずに
ヒースクリフを救うための行動ができるはずだ。
「申し訳ありません、お母様。
侯爵家の娘としてその名を貶めることがないように精進いたします。」
これが現実か夢かもまだあやふやなまま、そう言って私は微笑んだ。
**********
自分の部屋へと戻って鏡を見る。
首にかかっていたヒースクリフからもらったネックレスは無くなっている。
そのことに寂しさを感じる。
(・・・でも、本当に時間を巻き戻すことができたんだ。)
希望がなかったわけではなかった。
けれどほとんど不可能に等しいだろうと覚悟していた。
うれしくて泣きそうになる。
でも、まだ私は取り戻すチャンスを手に入れただけだ。
自らの寿命を犠牲にして手に入れたのはやり直すことができるチャンス。
ヒースクリフは1年後に呪いによって死んでしまう。
処刑されなかったとしても呪いを何とかしなければならない。
時間を巻き戻す力もアストラの言い方では何度も気軽に使えるようなものではないのだろう。
『聖女であることをむやみに人間に教えるな。聖女の命を狙うものが・・・・。
先読みの聖女は・・・・・殺された。』
彼が最後に言った言葉を思い出す。
先読みの聖女とは、誰のことかわからない。
私の先代の聖女か、それよりももっと前の聖女なのだろうか。
聖女が命を狙われて殺された。
それなら聖女である自分も殺される可能性があるということだ。
自分が聖女であるという証は右手の甲に刻まれた紋章だろうか。
自分の右手を見つめるがそこには何も見えない。
力を使うときにしか浮かび上がらないのだろうか。
そうであればむやみに誰かに知られることは無いだろう。
聖女であることを隠してヒースクリフを救う方法を探さなくてはならない。
でも、その前に私はどうしてもやりたいことがあった。
**********
私はヒースクリフと初めて会った丘に向かっていた。
彼は考え事をしたいときにこの場所に来ると言っていた。
突然行ったとしても会えないことはわかっている。
それでも彼の顔を一目だけでいいから見たかった。
彼がまだ生きているんだと確かめて安心したかった。
私は馬車を待たせてはやる気持ちのまま走り出した。
奇しくもあの時と同じ夕日が辺りを照らしている。
着ているドレスの裾が重くてうまく走れないことがもどかしかった。
息が切れて苦しい。
息苦しさで涙が滲んだ。
立ち止まって息を整えて顔をあげる。
開けた丘に大きな木が1本たっている。
その影に重なるようにして人が立っていた。
(・・・本当に?)
ゆっくりと歩み寄って近づく。
自分の見ている光景が信じられなかった。
夕日に照らされてきらきらと光を反射している銀髪。
晴れ渡った空のような青い瞳。
その首から下げているシルバーのネックレス。
出会った日とほとんど変わらない姿のヒースクリフがそこにいたから。
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