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扉を開けた先はさらに通路が続いていた。

その道をまっすぐ進んでいく。

突き当りにあったのはただただ広い部屋だった。

窓にはめ込まれたステンドグラスが月明りに照らされて

室内に美しい光を放っている。

幻想的でどこか悲しげな雰囲気のただようその中央に鎮座していたのは

青い鱗を持つドラゴンだった。


絵でしか見たことのない、もはや空想のような生き物。

それは想像よりも大きく、ただそこにいるだけで神々しく

威圧されているかのような雰囲気を持っていた。


「誰だ?」


地のそこから響くような声。

来訪者がわかっていたかのように、驚いた様子もなく黒い瞳がこちらを見つめていた。


「私は、アリス・ルードベルトと申します。王国の守護者に・・」


「堅苦しい挨拶などいらぬ。どうやって入ってきたのかは知らぬがさっさと立ち去れ。」


私の言葉を遮って拒絶するかのように大きな翼を広げた。

たったそれだけで身体がよろけるような突風が吹く。


(・・・怖い。)


初めて目にするドラゴンという生き物の対峙している恐怖で足が震えだしそうだ。

自分の意志とは関係なく本能的に逃げ出してしまいそうだった。

しかし、ここで逃げるわけにはいかない。

諦められない思いがあるから。


「お願いします。どうか話を聞いてください。

伝えられなくて後悔した思いがあるのです。

その人は自分の命を犠牲にして私の幸せを叶えようとしてくれました。

私はその人を取り戻したいのです。」


この声が、思いが届くように精一杯声を張った。

しかしそんな私の思いをドラゴンは一笑に付す。


「フッ。何を言っている?たとえその思いが本物だったとしても失った者が戻ることなどない。

あまりに傲慢な考えだ。」


そう言ったドラゴンは私へ顔をぐっと近づけた。

目の前に漆黒の双眼が迫り、その威圧は息をすることもためらわれる。

真っ黒で感情の見えないその瞳に飲み込まれてしまいそうだ。


「今までどれほどの人間がその思いを抱いたまま亡くなった人間の死を受け入れてきた?

なぜそなただけはそれにあがこうする?

なぜ自分だけはそれが許されると思い、願うことができる?

亡くなった者が生き返ることはない。それがこの世の理だからだ。

たとえどれほど強く願ったところでお前1人だけがその理から外れることなどできない。

お前はその理の中に生きるものだからだ。

それとも、無念に死んでいったすべての人間を救うのか?

お前が望んでいる生はただ1人のためのものなのだろう?」


そう言われてドクン、と心臓が嫌な音をたてた。


(そうだ。私が生き返ってほしいと願うのはただ1人だけ。)


将来を誓った婚約者でも、血のつながった両親でもない。

私を救うためにすべてを犠牲にした唯一の人。

忘れていたわけではない。

でも自分が見て見ぬふりをしていたものを目の前に引きずりだされたような気分だった。


急に目の前が真っ暗になってしまったような感覚に陥る。

犠牲になった人たちを見捨てるのか。自分の願いが間違っているのか。

思考の闇にとらわれそうになったときに思いだした。


『自分の望みを忘れるな。君を待つ私たちを忘れるな。

そうすればきっと君は自分の望む未来にたどり着ける。』


エゼキエルの言葉がまるでランタンの明かりのように

思考の闇にとらわれそうになる私を照らしてくれる。


(・・・そうだ。私は、私の願いを叶えたいんだ。)



「・・・自分勝手な願いであることはわかっています。

しかし失われた多くの命を救おうなんてそれこそ傲慢な願いです。

自分にとって大切なものを天秤にかけて選ばなければならないのだから。

私は自分にとって1番大切なことを見失ってはいけない。

私は人の理の中に生きる何の力も持たない人間です。

だからこそ、人の理の外に生きるあなたの力をお借りしたい。

私は諦められないのです。

今まで私は何もしないことを選んできました。

自分にはそれしかない、そうすることしかできないと甘えていたのです。

でも、その結果多くの人が犠牲になりました。

自分の大切な人はその命をもって私を救おうとしてくれました。

私は、もう何もしない自分でいたくないのです。

たとえ可能性がなかったとしてもこの命の最期まであがいていたい。

愛する人が最期にくれた大事な思いに報いていたいのです。」


ドラゴンの漆黒の瞳を見つめ返す。

自分でも気づかないうちに目じりから涙が零れ落ちた。

読んでいただきありがとうございます。

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