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「我々が君に聞きたいことは1つだ。
・・・君は呪いを知っているね?」
今までの軽快な雰囲気が一変して途端に緊張感に包まれた。
まるで話してはいけないことを内緒で話しているかのようだ。
「申し訳ありません。全く聞いたことがなくて・・・。」
聞かれている内容がさっぱりわからなかった。
そもそも呪いとは何なのか。
「すまない。そうだな。まず、呪いというものについて知るところからだな。」
「呪いとは魔法の一種だ。魔法と呪いは根本が同じであるが魔法より原始的なものだ。
呪いたい相手の身体の一部を用いて相手を縛る、または命を奪うもの。
長い時間をかけて相手を苦しめるための手段、それが呪いだ。
本当に趣味の悪い。魔法と呼ぶことすら忌まわしいものだ。
呪いの効果を強く求めるほど相手を縛るための対価は高くつくし
発動したときだけでなく、発動するまでの間も魔法使いは多くの魔力を消費する。
そこらの魔法使いに真似できるような芸当のものではない
認めたくはないが呪いが扱える魔法使いは相当な実力者だ。」
顔をしかめて話すその姿は本当に忌まわしいものについて語ってるようだ。
「その性質から現在は禁忌とされていて研究をすることはおろか呪いに関する本も禁忌とされている。
俺たちはその呪いを使う魔法使いを探している。」
そう言ったエゼキエルは拳を握りしめていた。
その姿はただ魔塔主として呪いを使う者を追う者以上の感情があるように見える。
「申し訳ありません。やはり、私には思い当たることがありません。」
私が呪いに関する情報を知っているはずだ、と言っていたが見当違いではないかと思う。
そんな魔法使いが身近にいたことはないし、呪いというものも初めて聞いた。
「君は知っているはずなんだ。
・・・なぜなら、処刑されたというヒースクリフという男。
彼はおそらく呪いで殺されているから。」
「え・・・?」
一瞬言われている言葉の意味がわからなかった。
そんなはずはない。
彼は私の目の前でその首を切られた。
その直前まで話していたのだから。
「違います。そんなはずありません。
彼は処刑されるその直前まで確実に生きていました。」
「我々の憶測だが直前まで生きていることを君が見ていたならば
おそらく呪いで殺されたのと首と切られたのはほぼ同時だ。」
どういうことなのかわからない。
「なぜ彼が首を切られてではなく、呪いによって殺されたと断言できるのですか?」
「俺がアリスを追いかけたとき、彼の遺体を見ただろう?
彼の遺体には呪いの魔力が濃く残っていた。
俺は呪いなんて初めて目にするからはじめは何かわからなかった。
だが後から気づいたんだ。」
そう答えたのは隣に座っているマティアスだ。
「マティアスがその遺体に触れることなく魔力の残滓を感じとることができたほどだ。
それで殺されていない方がおかしい。」
エゼキエルは真剣な表情でこちらを見ている。
「そうだとしても、呪いで彼が殺されたのだとしてもわからないことがあるのです。
彼が首を切られる瞬間に呪いが発動することはあるのでしょうか。
偶然にしてはあまりにタイミングが合いすぎています。」
「術者が対象に呪いを施したとき、発動の条件付けがされる。
それは呪いをかけた魔法使い自身が決めるものだ。
おそらく首を切られるその瞬間、その条件を彼が満たしてしまったのだろう。」
「・・・・。」
知らされる事実の衝撃に二の句が継げられなかった。
(・・・彼が呪いを受けていた・・?)
それなら、なおさら聞いておきたいことがあった。
「・・・呪いにかけられた人は自分が近い未来に殺されることを知っているのですか?」
それが自分の勘違いであって欲しかった。
けれど、同時にそうであるならば辻褄が合ってしまう。
なぜ、彼があんなにも自分の命すらかなぐり捨てた行動に出たのかを。
「呪い、というものを知っていなかったとしても呪いの完全な発動まで徐々に
その命はむしばまれるはずだ。おそらく、理解していただろう。」
その言葉で涙が出そうになるのを必死にこらえた。
彼には、時間がなかったのだ。
私はなんて情けないのだろう。
彼の苦しみさえ知らず、彼との未来が続けばいいのにと願っているだけだった。
でも、こんなところで泣くわけにはいかない。
彼を取り戻すまで、自分の心が折れるわけにはいかない。
「彼には呪いを受けている者の証として身体のどこかに印が刻まれていたはずだ。
タトゥーのようなものだ。見たことはないか?」
そう言われてふと思い出した。
ダンスを踊ったときに見えた彼の肌に刻まれていた黒い茨の模様。
「あります。チラッと見えただけですけれど確かに黒い茨の模様が。」
「・・やはり、そうか。」
そう言ってエゼキエルは何かを考えこんでいる様子だったがすぐに顔を上げた。
「彼は君に呪いについて何か話さなかったか?」
そう言われて、私は何も答えることができなかった。
ヒースクリフとは他愛ない話をたくさんした。
けれど彼が自分自身について話したことはほとんどない。
ましてや呪いについてなんて。
(・・・私、本当に彼のことを何も知らなかったのね。)
彼はその笑顔の裏に一体何を隠していたのだろうか。
ヒースクリフが知られたくなかったからか、
私に話しても意味のないことだったからか、そう考えるのは言い訳だ。
私自身が、彼自身のことをもっと知ろうとするべきだった。
「私は、呪いのことはおろか彼が苦しんでいたことすら聞いたこともありません。」
「・・・そうか。こちらでもヒースクリフという人物については調べを進めてみる。
君は重要な情報を教えてくれた。感謝するよ。」
そういったエゼキエルは慰めるように私の頭に手を置いた。
読んでいただきありがとうございます。