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残酷描写あります。
苦手な方はご注意ください。
それからどうしたのかわからない。
気が付くと私は処刑台の前で座り込んでいた。
澄み切った空色の瞳は瞼に固く閉ざされて見えず、日の光に輝いていた銀髪は血で汚れている。
どうして彼の首が地面に転がっているのかな。
お互いの幸せのために別れを告げたはずなのに、どうしてこうなったのかな。
どうして彼は自分が死ぬとわかっているのに、私を見て大切なものを見るように笑ったのかな。
彼の最後の言葉が耳から離れない。
ずっとわからなかった。自分の気持ちの名前が。
今さら気づいたんだ。あなたが私にくれたかけがえのないものの正体に。
でも今さら気づいたところで遅すぎる。
あなたにこの言葉を伝えることもできないのに。
あなたが私に笑いかけてくれることも、抱きしめてくれることもないのに。
―――――もう、何も考えたくない。何も感じたくない。何も見たくない。
「アリス!!」
すべてを拒絶して意識を手放したとき、誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
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最初に感じたのはラベンダーの香りだ。
ハーブらしい土のような、草のような落ち着く香りに息をスーッと吸い込んだ。
眠りの闇にまどろんで沈んでいた意識が浮上してゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井だった。
カーテンが閉められており、睡眠を邪魔しないようなぼんやりとした
小さな明かりだけが部屋を照らしていた。
私はそっと起き上がる。
ベッドサイドテーブルにはラベンダーの香りのもとであろう
細かな装飾が美しい銀の香炉が置かれていた。
誰かがそばにいたのだろうか。ベッドのそばには椅子が置かれていた。
けれど周囲を見渡してもそれらしき人はいない。
この部屋にも見覚えがない。
シンプルで、品のある部屋。男性の部屋だろう、ということはなんとなくわかる。
寝起きの頭でぼんやりと考えていると扉の外から声が聞こえた。
「・・・・だから、来ないでくださいって言っているじゃありませんか。
そんな状態じゃないんです。あなたみたいな人が来たら妹は余計に怖がります。
俺がいいって言うまでこの部屋に入ることも、近づくことも禁止です。
破ったら俺の仕事をあなたに丸投げしますからね。」
私を起こさないためか、声の主は物音を立てないように慎重に扉を開けると
部屋に入ってきた。
起きている私と目が合うと神経質そうな顔がぱっと笑顔になる。
「アリス!目が覚めたんだな。よかった。」
嬉しそうに私と同じ緑の目を細めた人物は兄であるマティアス・ルードベルトその人だった。
読んでいただきありがとうございます。