23.5 side:ヒースクリフ
少し身じろぎをするとジャラリと手足に繋がれた鎖が重い音を立てた。
日の光が入ることのない地下の牢屋は湿った空気に包まれている。
人の気配を感じることのないこの場所で1人ぼんやりと考える。
(・・・やるべきことはやった。)
ここに来るまでの今までの己の行動を振り返る。
我ながらどうかしていると思う。
これまで自分が大事にしてきた、生きる支えとも言えるものを捨て去るなんて。
計画性の欠片もない、これまでの苦労をすべて無に帰す行動だ。
だがそれでよかった。
何が犠牲になろうとも、何を利用することになろうとも構わない。
そう思っていたんだ。
―――――少なくとも、彼女に出会うまでは。
初めて声をかけたときの彼女の姿を思い出す。
(寂しそうだと思った。世界に取り残されてしまったような心細い顔をしてたから。)
話をしていると子供のように素直で純粋なところが騙されやすいと思った。
同時に自分で考えて行動できるのにどうして自分のことしか考えていない
あの両親に従っているのかともどかしく感じた。
自分がないがしろにされても他人の幸せを願う姿に初めはイラつきさえした。
でもいつからだろうか、彼女のその心が尊いものだと思うようになった。
彼女の心が、尊厳が踏みにじられることがないように守りたいと思うようになった。
(俺は選んだんだ。この醜い願望を叶えることよりも、彼女が心から笑える幸せを。)
彼女への思いを自覚すると左胸に強烈な痛みが走る。
「うぐっ!!」
身じろぎをしようとするが手足につながれた鎖によって引っ張られ
それはかなわない。
痛みが過ぎ去るのをただじっと耐える。
苦痛が過ぎ去ってからふーっとため息を吐いた。
じわじわと自分をむしばんでいるその力が忌々しいのに憎み切れなかった。
疲労と痛みが限界に達したのか、気を失ったように眠りに落ちた。
どれくらい時間がたったのだろうか。
コツン、コツンと石畳を歩く音が聞こえ目を覚ます。
今の自分に会いにくる人間なんて限られている。
その中でも最も会いたくない、憎むべきその相手がカンテラの明かりに照らされて現れた。
「まさか、あなたがこんなことをするなんてね。少し意外だったわ。
あなたの目的は私だったはずだもの。」
責めているはずなのにその口調はどこか楽しそうだ。
その仕草、声だけでこんなにも自分を不愉快な気分にさせる。
それなのに、不思議と自分の心は晴れやかだった。
「最後にあなたに言った言葉を覚えているかしら。本当にその通りになったわね。」
無言で睨みつけるがそれを気にする様子もなく話し続ける。
「私、本当に嬉しかったのよ。やっぱり、あのときあなたを生かしておいてよかった!
こんなにも私を楽しませてくれたんですもの。」
アハハと笑う声が閉鎖された空間に響き渡る。
「目ざわりだ。さっさと消えろ。」
「あら、そんなこと言わないで。あなたのために最高のプレゼントを用意してあるの。
でも、それは明日のお楽しみよ。」
(相変わらず悪趣味なやつだ。反吐が出る。)
「明日が本当に、本当に楽しみね。きっととても楽しい日になるわ。」
そう言って満足したのか背を向けて去っていく。
その足音が聞こえなくなってからやっと身体から力が抜けた。
あの言い方では何かするつもりなのだろう。
しかし信頼する仲間はもうこの世におらず逃げ出す手段はない。
自分がしたことの罰は受ける。
(でも、最後に一目だけでいい。会いたかったな・・・。)
最後に見た彼女の姿を思い出す。
自分を見上げる緑色の瞳は涙でいっぱいで
必死に笑顔を取り繕った顔がどうしようもなく切なかった。
彼女に触れたい。
彼女の小さな体を抱きしめたい。
ずっと、ずっと、彼女とともに生きていたい。
せめて夢の中だけでも会えますようにと瞼の裏にその愛しい姿を思い描いた。
読んでいただきありがとうございます。