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両親が死んだ。
その報せは驚くほど簡素な手紙によって知らされた。
王城に行くと言って馬車を見送ったまま帰ってくることはなかった。
詳しく何があったのかはわからないが、王城で襲撃があったらしい。
守りの強固であるはずの王城での事件。
それは国に大きな影響を与えてしまうということですぐに公にされることはなかった。
自分でも驚くほど悲しいと思う気持ちが生まれることは無く、涙が流れることすらもなかった。
感じたのは虚無感だ。
急に放りだされてしまったような行き場のない気持ち。
自分で思っていたよりも私は薄情な人間だったらしい。
私は、これからどこに向かっていくのだろうか。
自分に残されたのは王子の婚約者という立場だけ。
演じるべき台本のなくなった役者はどうすればいいのだろうか。
もう、答えてくれる人はいない。
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その日は朝から雨が降っていた。
雨が降ることなど珍しいことでもないのに
いつもよりもやけに静かなことに妙な胸騒ぎがした。
王室からの使いが来たのはそんなときだ。
「急な呼び出しでごめんなさいね。天気も悪くて大変だったでしょう。」
そう言って申し訳なさそうにしているのは王妃だ。
王室の使いが届けにきたのは王妃からの手紙だった。
手紙にはすぐに王城に来るようにと書かれていたため急遽王室へと馬車を走らせた。
「今日あなたを呼んだのは、王城で起きた襲撃事件のことよ。」
王妃は扇で口元を隠すと伏目がちにそう言った。
私は、実の両親を殺されたのにも関わらず襲撃犯に何の感情も抱かなかった。
悲しいとか、憎いとか、許せないとかそんな感情は少しも生まれなかった。
こういうときはどんな反応をすればいいのか、わからなくなってしまった。
「あの日、ルードベルト侯爵夫妻だけでなくルーカスも同時に襲撃を受けたの。
騎士団だけでなく、聖騎士団の団長も警備にあたっていたのだけれど
健闘もむなしくその命は散らされてしまった。」
反応を示さない私を気にする様子もなく、王妃は話し続ける。
「ルーカスはその場では何とか一命を取り留めたのだけれど、その後は状態が厳しくて・・・。
今朝、息を引き取ったわ。」
ルーカス王子が息を引き取った。
それは初めて聞いた事実だ。どうりで重大な事件であるにも関わらず情報が伏せられていたわけだ。
これを聞いた民衆はどうなるか。
この国の王位継承権を持つたった1人の人がいなくなってしまったのだ。
その衝撃は国を揺るがすものになるだろう。
私自身、王子の婚約者という立場でもなくなるということだ。
自分の与えられていた役割すらなくなってしまった。
「今日、この後にその犯人の処罰がくだされるの。
私と同じ家族を失った者として、王子の婚約者として見届けてほしいわ。」
そう言って瞳に涙を浮かべている王妃に、私はうなずいた。
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王妃に連れられてやってきたそこは開けた場所だった。
その中心には恐らく処刑台らしきものがある。
朝よりも幾分か雨脚の弱まったがまだパラパラと雨が降っていた。
もうすぐ日が出るのだろうか、暗かった雲も少し日の光が透けて見える。
「こちらよ。ここに座って頂戴。」
座るように促されたその場所は処刑台とほど近い場所。
目線の高さも、私たちが少し見下ろせるような高さで
処刑台にいる相手とも簡単に話ができてしまいそうな距離だ。
本当に、ここで行われているのだろうかと少し疑問に思った。
罪人を相手にあまりに距離が近すぎるのではないかと。
「罪人をここへ!」
そう思っていると王妃の声が響いた。
私は一旦考えることをやめて前を向いく。
そこに騎士団に引き連れられて罪人が現れた。
雨があがって雲の隙間から光が差し込む。
眩しくて、軽く閉じた瞼を再び開けたとき、私はその姿に目を離すことができなくなった。
雨に濡れて光を反射する銀髪。
強い意志を持ってこちらを見据える空色の青い瞳。
(どうして。)
声に出すこともできなかった。
自分にとってこの世で最も大切な人がそこにいたから。
私たちの運命はどこから狂ってしまったのか。
読んでいただきありがとうございます。