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建国祭3日目の夜。
私はいつもより機嫌のいい両親とともに王城に向かう馬車の中にいた。
準備された煌びやかな金色の刺繍が施されたオレンジ色のドレスに身を包んでいる。
「わかっていると思うけれど侯爵家令嬢としてふさわしい姿を見せるのよ。
あなたは堂々としていなさい。」
「そうだ。今日の会場では公爵家よりも私たち侯爵家が主役だからな。
家の恥になることがないように行動に気をつけなさい。」
普段から自分たちの家格より上の者を軽視する人たちであるが
今日はとりわけそれが顕著なように感じた。
何か理由のわからない嫌な感覚がしていた。
無視しようと思えばできるくらいの小さな違和感。
この舞踏会は王族が主催するもの。
王族に侯爵家として謁見できるまたとない機会だ。
だからこそ普段よりも念をおしたような言い方をするのだろうか。
「もちろんです。お父様、お母様。」
どこか違和感を抱えながらも微笑み、私は馬車の窓から見える王城を眺めた。
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会場に到着するとすでに多くの貴族で賑わっていた。
私たちが到着したのは遅い方で、もうすぐ王族が入場する時間が近づいていた。
ふと誰かの強い視線を感じた。
視線を向けると少し離れた壁際に淡い紫色のドレスに身を包んだヘレン嬢が立っているのが見えた。
彼女は何か言いたげな、悲しげな顔でこちらを見ている。
(どうしてそんな顔をしているの?)
公爵家のお茶会以来、彼女と顔を合わせることはなかった。
今度会えたときに彼女に私の思いを直接話したかったから。
だが今は両親も共にいるため下手に動くわけにはいかない。
どうするべきかと悩んでいると王族の到着を知らせる声が響いた。
「王国の太陽 アドニス・ランドルフ・ティアレイン国王陛下
王国の月 ローザ・アレクシア・ティアレイン王妃陛下
王国の星 ルーカス・エルドレッド・ティアレイン王子殿下のご入場です。」
その場にいる全員の視線が扉に集中する。
やがて開かれた扉から先に国王と王妃が顔を見せた。
ふと国王にエスコートされた王妃がとても楽しそうに私を見て笑ったように見えた気がした。
しかしそれも一瞬のことですぐにいつも通りの微笑みに戻った。
(・・・気のせいかしら?)
続けてその後ろからルーカス王子が現れる。
国王と同じ輝く金髪に王妃と同じオレンジ色の瞳。
顔立ちは王妃に似て大人びた美しさ。
緑の小物を基調とした礼服を着たその人を見て、私は唐突に理解した。
――――――自分が今、どういう状況に置かれているかを。
毎年建国祭はお茶会に参加するようにとせかしていた両親が私を置いて忙しかった理由。
どこか機嫌の良かった両親の様子。
両親に用意された金の刺繍が施されたオレンジ色のドレスの意味。
何か言いたげな様子で私を見ていたヘレン嬢の表情のわけ。
どうしてその可能性を考えなかったのか。
違う、考えたくなかったからだ。
普段ならすぐに気づくことができたはずだ。
それが出来なかったのは私が夢を見ていたからだ。
ヒースクリフとともに過ごす日々がずっと続いていくことを。
「今年もこうして皆とともに建国という輝かしい日を祝うことだできてうれしく思う。
今日は皆に良い知らせがある。我が息子ルーカスの婚約相手が決まったのでここに紹介しよう。
ルードベルト侯爵家令嬢、アリス・ルードベルト嬢だ。」
国王の紹介にわぁっと周囲から歓声が上がる。
早く行きなさいという両親にせかされて壇上つづく階段を登り
ルーカス王子に差し出された手を取ってその横に並んだ。
「2人の婚約にドラゴンの祝福があらんことを!」
気が付いたときにはすでにからめとられて身動きが取れなくなっていた。
読んでいただきありがとうございます。