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「アリス。伝えるのが遅くなってしまったけれど誕生日おめでとう。」
ヒースクリフが私にそう言ったのは建国祭2日目も終わりに差し掛かったころだ。
私たちの逢瀬の終わりはいつも夕日が沈むころだと決まっている。
「あれ、私ヒースクリフに誕生日を教えたことがあったかしら?」
ふと、疑問に思った。たしかに彼とはいろんな話をしたけれど
誕生日の話をしたことはあっただろうか。
「あぁ、前に教えてくれた。忘れてしまった?」
「ごめんなさい!少しぼんやりしてたみたいで。」
私はあわてて言う。すっかり忘れてしまったようだ。
「いいんだ。それより、君に渡したいものがあるんだ。」
そう言って彼は自分がつけていたネックレスを首から外した。
それは私が初めて彼と会ったときから身に着けているもの。
シンプルだけど綺麗な装飾のシルバーのネックレス。
近くでよく見ると青い宝石だろうか、石がはめ込まれている。
彼はそれを掌にのせると大切なものをみるように目を細めた。
「これは、俺の母が遺してくれたものなんだ。」
(ヒースクリフの、お母さん。)
彼が進んで自分の家族のことを語るのは初めてだった。
彼は自分のことを語ることもあまりなかったけれど
特に家族のことが話題に出たときはそれが顕著だった。
だから私も深く聞くことはしなかった。
「俺の母は、家族はもうこの世にいないんだ。
いつも自分より誰かの幸せを考えているような優しい人だった。
母が亡くなって1人取り残された俺を気の毒に思った母の知人が育ててくれた。
これは、もともと母のものなのだけれど最期に会ったときにこれを渡されたんだ。
きっと俺を守ってくれる。幸せな道に導いてくれる、と。」
彼はネックレスを通して遠い過去の記憶を見ているようだ。
悲しげで、でもとても愛おしいものを見るようだった。
「そんな大切なものなら私がもらうわけにはいかないわ。
あなたが持っているべきものよ。」
その話を聞いて、その眼差しを見てどれほど大切なものかはよくわかる。
だからこそ自分がもらっていいものではないと思った。
「君に、君だからこそこれを贈りたいんだ。
俺が君にあげられるようなものなんてほとんどない。
けれどその中でも俺にとって1番大切なものを君にもらってほしい。」
彼の言葉が、気持ちがうれしくて満たされる感情のままに涙が出てしまいそうだった。
「ありがとう、ヒースクリフ。
こんなにうれしいプレゼントをもらったのは生まれて初めてよ。」
そう言って泣きそうになりながら笑う。
ヒースクリフは手に持っていたネックレスを私の首につけてくれる。
髪に、首にその手が触れると胸が高鳴るのに落ち着く自分もいる。
「とても綺麗だ。」
ネックレスをつけた私を見て笑った彼の顔を私は忘れることはないだろう。
(この時間が永遠に続けばいいのに。)
たとえ愚かな願いだと笑われてもそう願わずにいられなかった。
読んでいただきありがとうございます。