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「昨日はお茶会でしたね。お疲れではないですか、アリスお嬢様。」


換気のためにと開けられていた窓を閉める侍女に声をかけられる。

晴れ渡った空と日の光を反射する木の葉をみているのが少しまぶしく、心地良かった。


(・・・もう少し外を見ていたかったのに。)

ぼんやりと窓の外をみていたが、現実に引き戻されドレッサーの鏡に映った自分の顔を見る。

明るい茶色のまっすぐな髪と深い緑色の瞳。

少し疲れたような貴族令嬢の自分が微笑をたたえてそこにある。


「大丈夫よ。それに今は大事なときだもの。少しの無理も必要だわ。」


「ご無理をなさらないでくださいね。では、髪から整えさせていただきます。」

侍女は私を気に掛けるが、それ以上踏み込んでくることはない。

それがこの屋敷で長く勤めていくコツだからだ。


「えぇ、今日もよろしくね。」



**********


「おはようございます、お嬢様。旦那様と奥様がお待ちです。」


朝食を食べる間もなくすぐに両親に呼び出される。


「わかったわ。すぐに向かいます。」

「かしこまりました。」

笑顔で承諾するとメイドは下がる。

相手を待たせて機嫌を損ねることがないようにと少し足早に談話室を目指す。





「おお、アリス。昨日の茶会はどうだった。」


談話室に入ると座る間もなく本題を切り出される。かけられるのはいつもの言葉だ。

それに対して私はいつものように微笑み返事をする。


「はいお父様。つつがなく。」

お父様にとって大事なことは、私が公的な場で失態を犯していないかどうかだ。


「王妃様のお茶会にも招かれるなんて私たちも鼻が高いわ。

わかっていると思うけれど、侯爵家に恥を塗るようなことがないようにね。」

真っ赤な口紅を塗った母は満足そうに微笑んでいる。


「はい。もちろんです。お母様。」


「殿下の婚約者を決める大事な時期だからな。王妃様の目に留まるように努力しなさい。

必要なドレスやアクセサリーは何だって買ってやるからな。

今度はシェーファー家でのお茶会にも招かれているそうじゃないか。ヘレン嬢もわがままなお方のようだ。お前が格の違いを見せてあげなさい。」


ヘレン・シェーファー。王国唯一の公爵家のご令嬢だ。妖艶な美しさをもつご令嬢であるが、その気質はわがままであるという話は有名である。舞踏会で何度か顔を合わせたことがあるが美しく、自信のある振る舞いをする方だと記憶している。


侯爵家当主が公爵家のご令嬢に対しての発言にしては失礼なものであるが、お父様は機嫌よく紅茶を飲んでいる。


「私たちのかわいい子。我が家のことはお前の兄に戻ってきてもらえばいいんですもの。

だからあなたは安心して王子妃になるのよ。王子妃になることが()()()()()()なのだから。」


幼いころから何度も繰り返し言われた言葉に対して私が返す言葉もまた決まっている。


「もちろんです。お父様、お母様。これからも努力いたします。」

こう答えることしか私には許されていないのだから。



**********



アリス・ルードベルトは令嬢のお手本のような女性である。

彼女は侯爵家の一員としてどんな高貴な家に嫁いでも恥ずかしくないような教養を身に着け

社交界の高嶺の花として育てられた。



そんな彼女も今年で17歳。

18歳で成人と認められるこの国で17歳まで婚約者がいないことは異例であったが

それもひとえにルートベルト侯爵家の意向だった。



このティアレイン王国には王位を継承する王子は王妃の息子であるルーカスただ1人である。

アリスと同じ年である彼の婚約者の座は幼いころから争われたが、今だに決まっていない。

ルーカス王子は特定の女性と懇意にすることはなく、しかし同時に様々な女性と浮名を流している。

そのため、彼の婚約者を決める権利は母である王妃にゆだねられているともっぱらの噂だ。



婚約者候補のなかでも筆頭候補とされているのが公爵令嬢であるヘレン・シェーファー。

家格もさることながら多くの人を虜にする美貌をもつ。しかし、わがままな気質で社交界にも自身の気分が向いたときにしか参加しないことから王子妃の素養として決定打にかけるとされている。



そして両親の強い後押しを受けている侯爵家令嬢である私、アリス・ルードベルトもまた有力な婚約者候補とされている。ヘレン嬢の欠点につけこむようにと、両親は私に王子妃になる人格のアピールと

お茶会や舞踏会に参加することで社交界に人脈をつくることを求めていた。

そのため最近では時間があるたびにお茶会に参加することを強いられている。



しかしその争いももうすぐ終わりを迎えるだろう。王子は今年17歳だ。成人を迎える18歳に結婚を発表することを考えるとそろそろ婚約者を決めなければならないからだ。



私室のベッドに腰かけて自分の将来を思案する。

王子妃となり、のちの王妃となる自分はどうしても想像できなかった。

しかし、王子妃となること以外の未来の自分は存在することを許されていない。


『王子妃になることが()()()()()()なのだから。』

お母様の言葉を繰り返し思いだす。それが当然のことだと、幼いころから言われてきた。



「・・・・でも、」


(でも、本当にそこに私の幸せはあるのかしら。)

言葉にすることすらできない自分の思いを抱えて窓の外を見る。

穏やかな日差しを浴び枝にとまっていた鳥が空へと飛び立っていくのが見えた。

読んでいただきありがとうございます。

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