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ヒースクリフと私は城下町から少し離れた草原を馬で駆けていた。

私は馬に乗れないのでヒースクリフの前に座らせてもらっている。

馬に乗って景色を眺めていると少しずつ先ほどまでの恐怖心が和らいでいく。


「さっきのことは俺の責任です。申し訳ありませんでした。」


ヒースクリフは少し硬い声音でそう言った。


「なぜあなたの責任になるのですか?」


「あなたをお待たせしてしまったからです。

年若いご令嬢が1人で広場にいればああいう輩に絡まれることは簡単に想像できましたから。

俺が先に来ていればあんな目に合わせることはありませんでした。」


そういう彼に私は思わず笑ってしまった。


「なぜ笑うのですか?」


彼の戸惑う声が余計におかしかった。

ヒースクリフは私が思っている以上にちぐはぐな人だ。

女性が引き付けられる美しい見た目をしているにも関わらず

今まで女性たちを相手にしたことはないのだろう。

思えば今までの彼のエスコートは時々驚くほど抜けていた。

頑張ろうと意識しているけれどふとした瞬間に忘れてしまう。

それこそエスコートの仕方を習ったばかりの少年のようだ。

それを考えると彼がとてもかわいらしい人に思えた。


「ごめんなさい。うれしくて。

言いそびれてしまったけれど助けてくれてありがとうございました。」


振り返りながら見上げた横顔はどこか拗ねたような腑に落ちないような顔をしていた。


**********


彼が連れてきてくれたのは花畑だった。

様々な種類の花が咲いているが、その中でも風に揺れたポピーが

おだやかに揺れているのが目についた。


「喜んでいただけましたか?」


馬を近くの木に繋いだヒースクリフが花畑に座り込んだ。

私もそれにならって隣に座った。

いつの間にか彼の隣にいることに抵抗を感じなくなっていた。


「はい。とても綺麗です。城下町から離れた場所ですけど

どうやってこの場所を見つけたんですか?」


「・・・昔、母とともに来たことがあったんです。」


私の質問に珍しく歯切れが悪そうに彼はそう言った。


(あまり聞かれたくない質問だったかな?)


そういえば、彼は自分のことを話さない。

しかし、家族のことはあまり質問しない方がよさそうだと思った。


「アリスはそういった経験ありませんか?」


考えていると今度は彼から質問された。


「私は・・・公的な場以外で家族と出かけたことがないんです。

だからそういうことに憧れます。」


「あまり家族仲は良くないんですか?」


「そう・・・ですね。仲睦まじい親子ではないとは思います。

両親は貴族らしいというか、家を重んじる人たちなので。

私も家のためになる行動を求められます。

でも、貴族として家のために責任を果たすことは両親だけじゃなく

私の幸せでもありますから。」


そう言っていつも通り笑えたはずだった。


「それならどうしてそんなに寂しそうな顔をしているのですか?」


ヒースクリフのまっすぐにこちらを見つめる視線と言葉にに心がざらついた。


「・・・・。」


とっさに言葉が出なかった。


「俺の見てきたあなたは初めて見るものや経験することに

目を輝かせて喜ぶかわいらしい女性です。

それなのに自分の幸せを語るあなたはまるで役者のようです。

そう演じるように台本に書いてあるかのようだ。

そのようなことをせずにあなたが心から笑える幸せを見つけるべきではないですか?」


言われた言葉に言い返すことができないのは

彼の言っていることが正論であると頭でわかっているからだ。


「・・・でも、私にはこうして生きることしかできないのです。

たとえ台本通りだったとしてもその通りに生きていくこと以外の道は許されない。

自分が貴族の娘である以上生まれ持った責任は果たさなければなりません。」


私が唇を噛んでうつむくとヒースクリフは何も言わずそっと私の頭を撫でた。

今まで彼は私の手を引く以外に触れてくることはなかったから少し驚く。

顔を上げると心なしか悲しそうに、でも優しく私を見つめる青い瞳と目が合った。


(私、この瞳を知ってる。)


幼いころの優しい記憶。私が持つ記憶の中でも最も温かいものだ。


「昔、兄もそんなやさしい目で私を見て頭を撫でてくれたことがありました。」


私がそういって笑うと彼は驚いたように手を引っ込めた。


「・・・お兄さんが、いたんですね。」


彼は茫然とした様子でつぶやいた。


「はい。兄と私は幼いころとても仲が良かったんです。」


私は自然と笑顔になる。


「兄は幼いころから魔法の才能があったんです。

その才能を買われて魔塔に入ることになったのですが

それから1度も家に帰ってくることはなかったのです。

私が手紙を送っても返事が来たことはありません。

兄はもう自分の人生を歩んでいるのだと思います。」


「お兄さんを恨んでいるのですか?」


「え?まさか、とんでもない!」


真剣な表情でそんなことを言う彼に本気で驚いてしまった。


「たしかに、あんなに仲が良かったのにと寂しく思う気持ちはあります。

それでも兄が幸せに生きているならそれでいいのです。

嫌いになることはできません。」


「・・・どうして、あなたは自分の幸せよりも誰かの幸せを願えるのですか。」


そう尋ねる彼の顔は険しく、少し苛立っているように見えた。

彼の言葉に私は少し考える。

自分の気持ちをうまく言葉にできるかわからなかった。


「うまく言えないんですけど、もしかしたら私自身が幸せになりたいからなのかもしれません。

もちろん、誰かが傷つくのを見るのが嫌だという気持ちもあります。

けれど、自分の行動が誰かの幸せのためになっていると思うと

よかったって、私も誰かのためになれるんだって思えて自分も幸せになれる気がするのです。

それに誰かの幸せを願えるのであれば、あなたも同じだと思いますよ。

あなたも寂しそうにしていた私を無条件で笑顔にしてくれました。」


私はそう言って彼を見たけれどそれ以上何も言えなくなってしまった。

だって彼は今までに見たことがない、泣き出してしまいそうな顔をしていたから。

おだやかに吹き込んだ風の運んできたポピーの柔らかく甘い香りが鼻をかすめていった。

読んでいただきありがとうございます。

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