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「なぜあの少年を警備兵に突き出さなかったのですか?」
ヒースクリフにそう聞かれたのは
細い路地を歩いていたときだ。
彼は立ち止まって振り返ると真剣な顔で私を見た。
「あなたにとって大切なものを盗まれたのでしょう。彼に同情したのですか。」
私を見下ろす青色の瞳はどこか冷たい。
「同情は、もちろんしました。あの様子では食べるものにも困っているようでしたから。
こうして大事なものはこうして取り戻せましたし被害はありません。
同情で何かをしてあげたいと思いました。
でもただお金をあげるだけでは彼のためにならないと思ったんです。
私は、彼に奪うのではなく
お金を稼ぐことを教えてあげたかった。」
「なぜあの少年のためにそんなことを?
あなたが心を砕くような関係ではないのでしょう?
それに侍女のこともそうです。
あの場にあなた1人を置いていくなんて、あまりにも主人を軽視した愚かな行いだ。
迷惑したのはあなた自身のはずです。
路地で迷うなりさせておけばよかったのでは?」
「・・・私にもよくわかりません。
でも、自分が誰かのためにしてあげられることがあるのであれば
その可能性を示してあげたいのです。
もちろん、侍女の行いは褒められたものではありませんでした。
ですが、侍女を放って自分だけ家に帰ることはしたくなかったのです。」
「・・・・。」
彼は理解できないのか難しい表情を浮かべていた。
私とつないでいた手をそっと放す。
「もうすぐ大通りに出ます。
馬車まで送りましょう。」
前を向いて再び歩き出した彼がどんな表情をしているのか見えなくなってしまった。
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しばらく無言であるいていたが幸いにもすぐに
もといた店の近くにたどり着くことができた。
馬車の近くに立つ侍女の姿も見える。
「ご令嬢、約束どおり俺の願いを聞いてくれますか。」
振り返って私を見た彼の表情はにこやかなものに戻っていた。
「もちろんです。あなたのおかげでこうして取り戻すことができたんですもの。
私にできることでしたらなんでもします。」
そう言いきって見つめ返した私に彼はにっこりと笑った。
「では、俺とデートしてください。」
(・・・・デート?)
あまりに場違いな言葉で何を言われているのかわからなかった。
「私の聞き間違いでなければ、男女が2人きりで出かけるあのデートですか?」
「えぇそうです。俺にあなたと出かける栄誉を与えてくれませんか?」
そう言って笑う彼の真意はやはり読めない。
「それがあなたにとってどんな得になるのかわかりません。
ですがなんでもすると言ったのは私です。
私でよければ行きましょう。」
「ありがとうございます。では、そうですね・・・3日後の正午
城下町の広場にてお待ちしています。」
「わかりました。」
私がうなずくと彼は穏やかに笑った。
「ではまた。お会いできるのを楽しみにしています。」
彼はそう言うと私に背を向けて人込みに紛れていく。
ローブをまとったその背中はあっという間に見えなくなった。
読んでいただきありがとうございます。