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「助けてください!!!」
藁にもすがる思いで青年に助けを求める。
城下町のことは平民である青年の方が
詳しいだろうし、何より今自分にできることが
何もないのだ。
周囲の誰かもわからない初対面の人に声をかけるよりずっといい。
面食らったように青年は目を丸くしていたが
私の足元に置かれている荷物を見てから
私に視線をもどした。
「よくわかりませんがお困りのようですね。
事情をうかがってもよろしいですか?」
そう言って穏やかに笑う青年にここで起きたことを
説明する。
「お金ならいくらでも払います。大切なものなので
絶対に取り戻したいのです。」
話を聞いていた青年は顎に手をあてて
しばらく思案していたが
やがて思いついたように私を見た。
「ありがたいことに金に困っている
わけではないのです。
俺からの要求は1つです。
あなたに俺の願いを叶えていただきたい。」
そう言って彼はうやうやしく私に手を差し伸べた。
願いなんて何を要求されるかわからない。
この青年のことは名前さえ知らない。
信用できるかどうかなんてわからない。
でも今はこの青年に賭けるしかないのだ。
「わかりました。私にできることなら。」
私は迷うことなく彼の手を取った。
青年は満足そうに微笑む。
「そういえばお互い名乗っていませんでしたね。
俺はヒースクリフといいます。
ご令嬢のお名前をうかがってもよろしいですか。」
「・・・アリスです。」
「アリス、ですね。
俺のことはヒースクリフと呼んでください。
さぁ、急ぎましょう。
俺の予想が正しければあまり時間はない。」
これが名前も知らなかった青年
ヒースクリフとの2回目の出会いだった。
**********
「あの、どこに向かっているんですか?」
目深にかぶったフードから周囲の様子をうかがう。
子供を捕まえに行くのかと思いきや、最初に
ヒースクリフが向かった先は簡素な洋服店だった。
彼は既製品のローブを買い私に着るように指示した。
なぜかフードは絶対に外さないようにと言われる。
ちなみに私の荷物はあのあと来た御者に預け
馬車は店の前で待つように言ってある。
私のすぐ前を歩いている彼はもともと着ていた
ローブのフードを私と同じように
目深にかぶっている。
私たちが歩いているのはあきらかに異様な場所だ。
城下町の中の細く入り組んだ路地を進んで着いたのは少し開けた道だった。
道の両端には床に布を広げた人々が座り込んでいるし、身なりもかなりみすぼらしいものだ。
布の上に並んでいるのは見たことのないものばかり。
少し酔いそうなほど甘い匂いが辺りを漂っている。
そしてなによりも異様なのは
その場にいる人々の視線だ。
どこか虚ろなのに生気が宿っているようで生生しい。
からみつくようにこちらの様子をうかがう視線。
(すごく嫌な感じ。)
視線をさえぎるようにフードをさらに深くかぶると
ヒースクリフが振り返った。
「ここは表に出回らない
出せないようなものを売買する場所。
・・・いわゆる、闇市場ですね。」
闇市場。私も噂でしか聞いたことがない
実際に存在しているかどうかもわからない場所。
そこは貧民街のなかでも特に危険な場所であり
違法な売買が行われている場所。
国の目をかいくぐって人身売買すら
行われているそうだ。
「私を売る気ですか?!」
その可能性を考えなかったわけではないが、
まさか人買いに売られるとは思っていなかった。
だまされたと驚愕して思わず立ち止まった私の様子に
同じく立ち止まった彼はおかしそうに笑う。
「金には困っていないと言ったでしょう。
ここに来たのはちゃんとあなたの大切なものを
取り戻すためですよ。
歩きながら理由を話します。
ここで俺から離れたらあなたは彼らの恰好の餌です。
離れないようについてきてくださいね。」
そう言ってヒースクリフは歩き出す。
たしかにここで逃げ出したところで
私たちを監視するように見ている彼らから
逃げ切ることは不可能だろう。
どちらにせよ行き場のない私は離れないように
ヒースクリフについていく。
「あなたは子供に宝飾品を盗まれた
と言っていましたよね。
普通、スリが狙うのは財布であることが多いんです。
それがなぜかわかりますか?」
歩きながら問いかけられて考える。
「・・すぐに使える現金の方がいいからですか?」
「正解です。逆に言えば宝飾品は売れば高価ですが
金に換えるのは簡単ではありません。
それが貧しい身なりの子供が持ってきた
明らかに高価なものであればなおのことです。
下手にそれを買い取ってしまえば
買い取った側に罪が擦り付けられる
可能性がありますから。
城下町のなかのどこを探しても
そんな馬鹿な真似をする店はないでしょう。
・・・ですがこの場所だけは別です。」
「ここは国の管理が及ばない無法地帯。
いくら騎士団が動いたとしてもここでは
国の権威は意味を成しません。
なので持ち込まれたその品物に価値があれば
喜んで買い取る者は多くいます。
ですが、行儀のいい場所ではないので
子供から奪いとることも容易に起こります。
子供でも安全に、かつ確実に取引ができる場所は
闇市場の中でも一か所だけ。」
彼が急に足を止める。
小走りしていた私はとっさに反応出来ず彼の背中に
ぶつかってしまう。
(い、いたい・・・。止まるならそう言ってよ。)
痛む鼻を抑えて彼の背中越しに前を見ると彼が立ち止まったのはさびれた家の前だった。
小屋のようにも見えるその場所は話の内容から
店だと思うのだが看板がたっているわけでもない。
失礼だがあまり人が住んでいるようには見えない。
ヒースクリフがそれまでかぶっていたフードを
外したため、私もそれにならう。
店の外観にためらう私をよそに彼は
慣れたようにその扉を開けた。
建付けが悪く重い音をたててきしむ扉をぬけて
進んだ先にいたのは間違いなく
先ほど侍女にぶつかってきたあの少年だった。
読んでいただきありがとうございます。