第1章:砂漠の国 第3話:再会(後)
「カルムスさま!クレイを置いて行くなんて酷いです!!!」
クレイシアは滝の如く涙を流して、私のことを全力で抱き上げる。
骨が軋む、血流が止まる。内臓が悲鳴を上げ、呼吸が出来ない。
目の前がチカチカする。ああ、私はここで死ぬんだなぁ(悟りを得る)。
「クレイ、カルムス様が死んでしまいます。その辺にしておきなさい」
爺の言葉で我に返ったクレイは、やっと私のことを離してくれた。
・・・やっぱりだ。昔から体が大きくて男性よりも筋肉があったけど。
今は、魔獣かって言うくらい筋肉が凄いことになってる。
いや、それどころか、体内の魔力量が信じられないくらい高くなってる。
でも。自分の身体強化系以外には使えないみたいだ。
まあ、これだけの力と魔力を有した上で、魔法まで使い始めたら、
いよいよ魔獣の領域に到達するからな。
「カルムス様!大丈夫ですか!?」
クレイは苦しそうにしている私のことを、心配そうな目で見つめてくる。
まあ、クレイは悪い子じゃない。いや、どちらかと言われれば、優しい子だと言えるだろうな。
ただちょっと、その、お馬鹿さんなだけで。
私はゆっくりと深呼吸をした後に、クレイの方を向き「大丈夫だよ」と笑顔を見せる。
すると、クレイは安心したのかゆっくりと立ち直った。
・・・改めてみて見ると、また身長が伸びたか?
「クレイお前、今身長はどれくらいだ?」
私の問いに、クレイは顔を赤くしながら「2m26㎝です」と答えた。
クレイは凄いな。私と同じ年だから、もう22になると言うのに未だに身長が伸び続けている。
私も190で、平均よりそこそこ高いほうだが、クレイと並ぶと小さく見えてしまうな。
それにしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いつ、逃げ出そうか。
これは、二人とも私を連れ戻しに来ているよな。
自分でも言うのもなんだけど、私はかつて『最も次期魔導軍総帥に近い男』と言われていた。
ドルチェアーノ家の三男で、魔剣術・魔導共に秀でた才を有している。
そんな私を、父上は厳しく育てた。だがその分、他の兄弟より優遇されることもあった。
結果として、私は多くの兄弟から嫌われ・疎まれる存在となった。
はぁ。要は、父上は私を連れ戻し時期魔導軍総帥として鍛え直すつもりなのだろう。
でも、私は世界中を回って歴史を研究したいんだ。
勿論、魔導も好きだけど・・・今は兎に角、歴史に集中したい。
「カルムス様、ご安心くだされ。
私共は奥様に申し付かって、貴方様の旅のお供をすることになったのです」
爺は、私の考えを完全に見透かしていたようで、どう逃げ出そうかと思案を巡らせ始めた瞬間に、
淡々とした口調でそう言い放った。でも、そうか。母上が二人を私の元に寄こしてくれたのか。
だが爺のことだ、父上からの命令を隠すために嘘をついているかもしれない。
いや。私を父上の元に連れ戻そうとしているのなら、わざわざ嘘が下手なクレイを連れてこないはずだ。
たとえ、無理矢理私を連れ戻そうとクレイを連れて来たのなら、クレイが私を抱き上げた時に
爺が離すように言うわけがない。うん。このことから、二人の言葉は信頼に値すると分かるな。
だが。だからこそ、心配なことがある。
「爺にクレイ。本当に私と共に旅をしていいのか?父上を裏切ることになるんだぞ?」
父上を裏切る。それ即ちドルチェアーノ家を裏切ることになる。
ドルチェアーノ家は魔導王国有数の名家だ。
ドルチェアーノ家に仕える者は、エリート中のエリートとして扱われる。
事実上、下級や没落した貴族よりも高い地位を有していると言えるだろう。
だが、ドルチェアーノ家を裏切るようなことがあれば・・・。
「私は貴方様専属の執事です。この命尽き果てるまでお供します」
「クレイ!カルムスさま大好き!ずぅ~っと一緒にいたいっ!!」
二人は、一切の迷いを見せない瞳で私のことを見つめた。
・・・困ったな。この場合、どういう反応をしたらいいんだ?
「ありがとう」?は変だし、かといって他に何かいい言葉があるわけでもない。
などと考えていると、「やめろ!」と言う複数人の声が聞えて来た。
「カルムスさま!怪しいヤツ捕まえた!」
クレイは満面の笑みで3名の男女を抱えて、まるで宝物を見せるかのように私に差し出してきた。
・・・コイツら依頼人の家を出てからずっと跡をつけてきてたから、わざと泳がせていたんだけど。
まあ、クレイは悪気があってやったわけじゃないだろうし、この際仕方がない。
適当に縄で縛って、裏路地にでも連れて行いくか。何が目的なのか情報を吐かせよう。
「ヒィ!俺らが悪かった!全部話すからもうやめてくれ!!」
こいつら、最初こそ口が堅かったものの、クレイに無言の圧を掛けさせたら10分で降参した。
多分、安値で雇われたチンピラらだろう。プロなら圧程度じゃビクともしないからな。
でもまあ私も、クレイから無言の圧力を掛けられたら、すぐに降参してしまうだろう。
こいつらから聞き出した話をまとめると・・・。
謎の男からの依頼で、1年中青年・・・ジェイド・ポエーン君のことを監視していたらしい。
そして、ジェイド君が何か怪しい行動をした時は自分(謎の男)に知らせるようにと、言われていた。
で、今日。ジェイド君が珍しく人と接触しており、怪しんだ彼らは私のことを尾行した。
「そ、それ以上のことは知らねぇんだ!お前らなら分かるだろ?
依頼人が自分の秘密をペラペラと喋るわけがねえって!!」
男はそう言うと、力尽くで高速を解いて腰に仕舞っていたナイフで私のことを刺そうとする・・・。
が、鳩尾に爺の蹴り技。顔にクレイの渾身の一撃(拳)を受けることになった。
男は目見も止まらぬ速さで壁に激突し、泡を吐いてそのまま動かなくなってしまった。
よく見てみると、顔が少し凹んでいて鼻は完全に折れている。鼻血も大量に出てるし(汗)。
・・・!?死んでないよな?流石に他国で人殺しなんて洒落にならないぞ?
国際問題に発展するぞ!?
「カルムス様。事情は理解いたしました。私共はこの者共を衛兵に突き出した後、
ジェイド様の叔父殿について情報を集めようと思います。
ですので、魔導通信水晶をお持ちいただけるでしょうか?」
爺はどこからともなく魔導通信水晶を取り出し、私に差し出してきた。
いや、それよりこのチンピラ死んでないよね?と思いつつ、私は魔導水晶を受け取った。
この魔導通信水晶、便利なんだけど通信時間・通信距離によって魔力消費量が変わるから、
あんまり好きじゃないんだよな。まあ、理論上どこにいても話が出来るっていうのは凄いけど・・・。
でも、今のところ理論上でしかないんだよな。でも、もっと魔法陣学が発展したら、
この魔導通信水晶の使い勝手もよくなるんだろうな。その頃に私が生きているかは分からないが。
でもまあ・・・今日は急いで泊まる宿を探さないとな。
~カルムスと二人が分かれた少し後:クレイシアと・オスコー(爺)~
「なあ、クレイ。カルムス様のことは好きか?」
私のその問いに、娘は満面の笑みで「うん!大大大好きっ!」と答える。
私は続けて「カルムス様と・・・家族になりたいと思うか?」と自分でも予想外の言葉を零してしまう。
娘は「ん~?もう家族みたいなものじゃないの?」と不思議そうにこちらを見つめて来た。
・・・娘の頭の方は、私ではなく母親に似てしまったようだな。
娘は、カルムス様を愛しているのだろうか?それとも、単に人として好きなだけなのだろうか。
カルムス様は素晴らしいお方だ。文武両道・知勇兼備・人徳もある。
そして、栄光あるドルチェアーノ家に産まれ、御父上と同等以上の魔法の才を有しておられる。
一使用人である私の娘にも、気さくに接してくださった。ある意味、恩人でもある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
はぁ。父としての気持ちと使用人としての立場。私はどちらを選ぶべきなのだろうか。
否。お家を出られたカルムス様は、今は一般人として生活しておられる。
娘との結婚も、今なら可能なのではないか?そう考えてしまっている時点で私は使用人失格だな。
・・・まだ、時間は残されている。そしてなにより、当人達の気持ちが最も大切だ。
私は暫く、様子見に徹底するとしよう。・・・どうかお許しを。ご主人様。奥様。