第1章:砂漠の国 第1話:プロローグ
「いやぁ~。暑い暑い。」
私はあまりの暑さに、額に流れる汗をハンカチで拭きながら言葉を漏らしてしまう。
流石、砂漠とだけはある。私の住んでいた国の何倍も暑い。
これでも、魔導馬車のお陰で熱が大分和らげられているのと言うのだから、
砂漠の暑さは恐ろしいね。まあ、こんな土地柄だからこそ魔導も発展したのだろうけど。
「お客さん。砂漠に来るなら魔導冷却装置代くらい持ってこないと」
御者の方は、皮の水筒の水を飲んだ後、半ば説教じみた口調で注意してくる。
「いや。本当に申し訳ない」私は後頭部に手を回し頭を下げる。
御者の方は大きな溜息をつき、前方に向き直る。
はぁ。『砂漠の気候による魔導の発展』という書物で、砂漠の移動には大金が掛かることは
知っていたんだが・・・。ここに来る前にいた街で希少な魔導書と歴史書を見つけてしまって。
まあ、これは言い訳にはならないけど。
本来なら、砂上走行用魔導蹄鉄と車輪、断熱布、魔導冷却装置。
を全て使って移動するものなんだけれど、今回所持金の都合で魔導冷却装置が使えない。
そのせいで御者の方に迷惑を掛けてしまった。でも不幸中の幸い。私以外の乗客はいないから
他の乗客に迷惑を掛けることはなかった。
「お客さん。見えて来たよ」
体中の汗を拭きながら砂漠の暑さに耐えていると、御者が前方を指差した。
私は外が見える位置まで移動して、御者が指す方向を見やった。
そこには、巨大な防砂壁がそびえ立っていた。
防砂壁。砂漠の民の知恵の集大成とも言われるそれは、何千年も前から
砂漠の国、サビエラの首都リャリャードを守って来たとされる。
その構造や建築技法は未だに解明されておらず、風化によって防砂の役割が徐々に
衰えつつある。サビエラが今直面している中で最も深刻な問題とされている。
勿論、多くの建築家や学者が立ち上がって防砂壁の復旧を行おうと奮闘しているが
・・・目ぼしい結果は今のところ出ていない。
しかし、その巨大さと歴史を感じさせる見た目には、未だに力強さが残っていた。
「いや~。話には聞いていましたが、やはり凄いですね」
私の言葉に対して御者の方は「ああ」と短く返事を返すだけだった。
不思議には思ったけど。初対面の人に対してあれこれと聞き過ぎるのは良くないと思ったから、
防砂壁を暫く眺めた後、私は自分の席に戻った。
そうして、もう暫く馬車に揺られているといつの間にかリャリャードの入り口に到着していた。
ここからは馬車を降りて歩くことになる。「ありがとう」そう告げた私は馬車をゆっくりと降りた。
御者はまたしても「ああ」と短く返事を返して、この場を去って行ってしまった。
単に無愛想なのか、私が何か気に障ることをしてしまったのかは分からないが・・・。
まあ、二度と会うこともないだろうし。気にするだけ無駄かもしれない。
それに、せっかく歴史ある都市に来たんだ。今は全力で観光を楽しまないと。
と言いたいところだけど、関税を払ったら。一日分の宿代と食事代しか残らなかった。
はぁ。本当は嫌だけど、久しぶりに冒険者協会に寄ることにするか。
リャリャードと言えば、リィド通りが有名だ。露店に貴族や豪商、王族なども通う様々な店がある。
勿論。冒険者協会のサビエラ本部もある。
砂漠特有の石造りの建築に、布が掛けられただけの入り口。
中は暑さを軽減するための耐熱魔導構造や通気魔導機構が組み込まれている。
うん。その地特有の建築も見ていて楽しいところがある。
それに、この冒険者協会特有の賑わい。これも個人的に好きな雰囲気だ。
よし!今回は、雑用とかでもいいから建築関係の依頼を受けることにしてみよう。
掲示板に掲載されてる依頼でもいいけど・・・その中から建築関係のものだけを探し出すのは
苦労しそうだし、窓口に行って推薦してもらうやり方でいこうかな。
「冒険者協会サビエラ本部へようこそ」
窓口に着くと、受付嬢が丁寧なお辞儀をする。
余談になるけど、このお辞儀の仕方は冒険者協会の創設者の故郷の作法で統一しているらしい。
それはさて措き、早速建築関係の依頼を受けたい旨を伝えるとするか。
「依頼の推薦をして頂きたいのですが?」
「かしこまりました。念のため冒険者手帳を見せて頂けますでしょうか?」
私は差し出された手の上に、魔導収納から取り出した冒険者手帳を置いた。
すると受付嬢は水晶玉(魔導記録認証水晶)に冒険者手帳を乗せる。
暫くすると、水晶玉は青緑色に輝き・・・彼女の表情が一瞬強張る。
うん。まあいつものことだし、こればっかりは仕方がないんだけど。
彼女の表情が強張った理由。それは私が元々『フォン』の称号を持っていたからだ。
いや。それもあるが、一番大きいのは父の名が『ロルド』であることだろう。
本来なら、他人に名前のことを明かすのは良くないんだけど。
冒険者協会は『絶対中立』を掲げていて、国絡みのいざこざは絶対に避けているし、
冒険者協会に入会した人の個人情報とかは絶対に守ってくれる。
その証拠に、彼女は気まずそうな顔をしながらも、何も言わずに冒険者手帳を返してくれた。
「それで。えっと。どのような依頼?をご所望です、か?」
強張りつつも、極力笑顔を作ろうと努力している彼女に申し訳なくなったが。
私も今はお金に困っているんだ。許してくれ。受付嬢さん。
と思いつつ、最高難度の建築関係の依頼を受けたい旨を伝えた。
彼女は「承りました。少々お待ちください」と言う声と共に、受付の奥の方へと向かう。
暫くして、彼女は3枚程の羊皮紙を抱えて帰って来た。
「こちらの依頼が、当協会に残っている建築系最高難度の依頼になります」
その言葉と共に私の目の前に差し出された依頼は。
依頼①『建築の仕上げに魔力伝導効率の調査を行いたいが、給魔装置が壊れていて困っている。
毎時1万MPを出せる奴がいるなら、是非手伝いに来て欲しい。』
{以下、依頼差出人の住所や報酬の条件などが書かれている}。
依頼②『魔導建築物理学を習った奴が逃げ出しちまって、作業に支障が出ている。
魔導建築物理学を知ってる奴は今すぐ来て欲しい。勿論、報酬は弾むぞ。』
{以下省略}。
依頼③『防砂壁の知識。魔導学。魔法陣学。を最低でも修めている人材が欲しい。
そこに魔導建築学と魔道具知識。そして砂漠の歴史を修めていたら追加報酬を渡す。』
{以下省略}。
うん。①と②は分かりやすいね。でも①は却下かな。
毎時1万MP。1~2時間程度なら出来るけど、魔力伝導率の調査は最低でも4時間は掛かる。
英雄と言われる人物か。それこそ父さんでもない限り不可能だ。
②もちょっと無理かな。魔導建築物理学なんて、建築関係の学校を出てないと絶対に習わないし。
となると③だな。防砂壁の知識。魔導学。魔法陣学。
・・・防砂壁の知識はかじった程度だけど、基礎的な情報とちょっとした歴史くらいなら分かる。
魔導学。魔法陣学。魔道具知識。歴史。は私の得意分野だ。
魔導建築学は。防砂壁の知識と同じくらいの知識量かな。
でもまあ、これ以外に受けれそうな依頼はないし、この依頼を受けることにしよう。
「じゃあ、この3つ目の依頼を受けることにします」
「承りました。」
彼女はテキパキと処理を済ませて、私は無事に依頼を受けることが出来た。
早速、依頼人の下に向かうべきか。明日、向かうべきか。
・・・明日だな。高難度の依頼は報酬も高いが、その分時間も掛かる。
今日の内に幾つか依頼をクリアして、滞在費を稼がないといけない。と思う。
う~ん。ついでだし、手軽な依頼もこの人に推薦してもらうか。