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主人

 真っ白い獣が突然飛びかかってきた。


「会いたかったです、ごしゅじんっ!」


 なぜか人語を介して俺のことをご主人と呼ぶこの獣は、自らの顔を俺の胸にグリグリと押し当てている。


「あー……あぁーーー!あのとき井戸に落ちた少女のペットか、お前。なんか見ないうちに大きくなってんな」


 小動物ほどの大きさだったあの頃に比べたら、もう抱きかかえることなんてできなさそうだ。たった数年で三倍ほどの大きさに成長するのは、やはり聖魔獣だからなのだろう。


「お前喋ることもできたんだな」


「はいっ、少し前になんか話す事ができるようになりました。ごしゅじんごしゅじん、」


「そのご主人っていう呼び方やめてくれ。お前は俺のペットじゃねえだろ?」


 あの少女にどんな目で見られるか分かったものではない。


 ゴミを見るような目で蔑まれ、睨まれ続ける未来しか見えない。


「……私の主はごしゅじんです。弱い人間如きに飼われる筋合いはないのです」


「………それは聖魔獣の本能というやつか?」


「本能っていうか、私はごしゅじんに一生ついて行くと、あの時から決めていたのです」


 俺から全く離れる素振りもなく、モフモフとした毛並みがただただずっと顔を撫でてくる。


 何事かと村のみんなが周囲に集まり出した。


「やっと再会が叶いましたな」


 集まる群衆の中にいる長老が優しい表情でそう言った。


「……知っていたのか?」


「はて……何をでしょうか」


 しらを切った。


 何故こうなったのか、面倒なものに懐かれてしまった。


「お前……あの少女はどうするんだよ」


 コイツの飼い主はあの少女だ。いくらコイツが飼われたくないなんて言っても、彼女は手放したくないはずだ。


「あの者とはすでに話がついています。お互い利害が一致しています。あの少女にもお仕えしたい主がいるのでしょう」


 主………もしかしてヘルトのことか?


「それで、お前は俺に仕えたい、と……?」


「はいっ」


 何の迷いもなく即答した。


「……れて。先輩から……はなれて………ッ!」


 さきほどペットに言葉を遮られた挙句、踏み潰されて地面に叩きつけられていた後輩がのそりと起き上がった。


 こちらを睨む目は尋常じゃなく恐ろしい。


「………哀れな姿だこと、そんな汚い女をごしゅじんに近づけさせるわけには行きません」


 醜悪な笑みを浮かべて後輩を明らかに見下すような目で見ている。


「クソッ………!ぶっ殺してやる──」


 俺の完全な拘束によって動けるはずもない後輩だが、全身の力を振り絞ったのか瞬間的に俺の魔法に抵抗して見せた。


「……っ!?」


 手首を縛る拘束を力業でぶち壊し、操る魔法など意に介さず、後輩はその場から地面を蹴ってこちらへと──ペットを睨みながら──突っ込んできた。


 しかし、後輩が接近してくるよりも早く仕掛けていたのは、俺のすぐそばにいるペットの方だった。


 展開した魔法陣から放たれた大量の雨粒は、重力を無視して地面に平行する向きで後輩へ降り注いだ。


「ウブッ」


 強烈な勢いで立て続けに放たれる大粒の雨を前に、勢いを失い溺れている後輩。


 魔法が使える魔獣など聞いたことないが、聖魔獣ともなればやはり規格外な力を持っているということか。


「──ごしゅじんに仕える身でありながら、血の気が多く穢らわしい女など、まるで相応しくありません」


「ごほっ……ごほっ、私は……っ、先輩の後輩です。あんたのように、後ろで仕えるだなんて気持ち悪いし吐き気がするわ。私は、常に先輩の隣にいたい。そうあれる存在になるためにこれまで頑張ってきたんです」


 ずぶ濡れの状態で牙を見せながら、ペットに向かってそう言い張った後輩。


 でも確かに、ヘルトたちと勇者パーティが結成されるその以前は、ほとんどの時間は彼女と一緒にいた。


 大したことのない偶然による出会いから、いつしか俺のことを先輩と呼ぶようになってから、俺と彼女との間で先輩後輩の仲になった。


 そこから少し経って、ヘルトたちと勇者パーティを組んでからは後輩と会う機会が極端に減った。


 それこそ、90から1まで一気に下がった。


 そうなったときから後輩が急激にイカれた後輩へとチェンジしてしまった。


 と、まあ俺にとっては妹のような存在であり、大切な後輩なのだ。


「主に仕えることが不愉快というのでしたら、ごしゅじんと共にいる資格もありませんね」


 再び魔法陣を展開したペット。


 しかし今度は後輩のいる真上に魔法陣を描いている。


 先ほどとは異なりたった一つの魔法陣ではなく、何重にも重ねて展開している。


 次は容赦しない、そういうことだろう。


 目と鼻の先で俺に密着しながら、ペットからひしひしと殺意の念が滲み出てきている。


 どうやら本気で後輩を殺そうとしている。


 俺はペットのピンと立った両耳を突然モフモフ揉み始めた。


「ひゃうぅ…!」


 手のひらから感じるペットの魔力へ俺の魔力を流し込み、融合させていく。


 そうすることで、何重にも重ねがけされた魔法陣を自発的に破壊させ、結果的に後輩に降り注ぐ脅威を無くすことに成功した。


 というか、耳の揉み心地というか、モフモフ感が格別だ。


 一度でいいからこういう毛並みのある魔獣の大きな耳をモフモフしてみたかったが、今その夢が叶った。


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