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第六話 元没落令嬢は、テキトーすぎるトラウマの治し方を聞く

 いつものように礼拝堂でお祈りを終えて外に出ると、国王陛下が外庭の視察に来ていた。


 陛下の隣には、ハロルド様とオーウェン様が護衛としてついていて、二人とも凛々しく真剣でいつもの笑顔はない。


 警戒を巡らす切れ長の金色の瞳も、風が吹くたび揺れる青髪も、すっと伸びた背すじも、真剣な眼差しも、全てが研ぎ澄まされて洗練されているようで綺麗で。


 没落した貴族の娘である私とは、住む世界が違うのだと強く思い知らされた。



 その日の夕方、礼拝堂にハロルド様とオーウェン様の二人がほとんど同時に現れた。


「なぁんでオーウェンがここにいるわけぇ?」

 苛立ちを隠しきれないハロルド様に睨まれたオーウェン様は、くすくす笑って自身の左胸に手をあてた。


「僕ほど信心深い男はいませんから」


「嘘くせぇーっ! 信じらんねーだろ、どう考えたってさぁ」


「なんと、相棒に信じてもらえない!?」


 驚く演技までも嘘くさくて、ハロルド様はむっと口を曲げて「めんどくさっ」と、わざとらしくため息をついていた。


「ふふっ、本当に仲良しなんですね」

 あまりに仲がよさそうな二人が微笑ましくて、見ていて楽しくて、ついつい笑い声が漏れ出てしまう。

 

「エス、テル……?」

 ハロルド様はどこか驚いたように目を丸くして、オーウェン様は柔らかく口元を緩めた。


「やはり、そうやって笑う顔のほうが僕は何倍もステキだと思います」


「うんうん、俺もそー思う。初めて見たからびっくりしたわー」


「え……?」

 二人の言葉に困惑する。

 笑顔は、悲しいときも怒っているときも、私の感情とは関係なしに勝手に浮かんでいるはずなのだけど。

 いつもとは違う笑顔、ということ?


 もしかして私の中で、なにかが変わっているの……?

 




 その翌日、ハロルド様がまたひょっこりと私のところに現れた。


「ねーねー。オーウェンにお菓子、もうあげたぁ?」


 楽しげに問いかけられて、ふるふると首を横にふる。

 オーウェン様に下手なものを贈って、思い違いをさせてしまうわけにはいかないから、未だ何を贈ればいいか悩んでいるのだ。


 ふーん、とハロルド様は笑って、ベンチで教典を読む私の隣に腰掛けた。


「オーウェンのやつ、最近遅くまで調べ物してるよ。トラウマの治し方、調べてるっぽい」


「トラウマの治し方? もしかして……」


 私のために? とは、自意識過剰な気がして言えなかったけれど、ハロルド様には言わなくても伝わったようで、柔らかく目を細めていた。


「そ。俺よりもいいかげんで、必要ないこととか興味のないことは絶対にやらない、あの面倒くさがりのオーウェンが」


「そんな……でも……」

 申し訳ないけれど、あの発作は治らないと思う。

 十年以上ずっと悩まされていて、医者や友人、学者に司祭様、誰が何をしたって治らなかったから。


「うん。俺もさ、これは治すの無理なんじゃね、って思ってたんだけど、オーウェン見てたら、気ぃ変わっちゃってさぁ。なーんかいろいろ後押ししたくなっちゃって」


「後押し、ですか?」


「そーそー。トラウマってある意味呪いみたいなもんだろ? 呪いの解き方はわかるって、一個提案しといたから!」


 しししっと、いたずらっぽくハロルド様は笑い、その様子になんだか嫌な予感がする。

 忘れていたけれど、オーウェン様だけではなくハロルド様も、近衛兵でありながら問題騎士なのだ。



「呪いの解き方……。それで、なんとお伝えしたのですか……?」

 おそるおそる尋ねると、ハロルド様は楽しげに口角を上げて言い放つ。


「とりあえず、ちゅーしとけばいいんじゃね? って」


「ちゅーって、どういう……」

 まさか、キスのことではない、よね?


 違うと言ってほしい、なんてじっと見つめていると、ハロルド様は得意げに笑う。


「そんなのキスに決まってんじゃん。キ、ス! 子どもの頃から知ってたでしょ? お姫様の呪いはぜーんぶ、キスで解けるって」


 突拍子もない提案に、思わずベンチから転げ落ちそうになる。


 オーウェン様とキス?

 そんなの絶対に無理だ。向こうだって私なんかとしたいとは思っていないだろう。


 オーウェン様のお顔をふと思い浮かべてしまって鼓動が跳ねる。

 私には過激すぎる、と、幻をかき消すように慌てて左右に首を振った。

 


「ハロルド様。ロマンチックではありますが、おとぎ話と現実では違いますから」

 動揺を隠しながら、にこりと微笑む。


 もうこの話題は、やめてほしい。

 そろそろ次の話にうつってくれないかな、なんて思っていたのに、ハロルド様は「そりゃ現実は厳しいもんだけどさ」と口を開く。


「でも、童話って教訓が含まれてるって言うし、あながち間違ってないと思うんだよなー」


「あの、それで提案を聞いたオーウェン様は、なんと……」

 ハロルド様の荒唐無稽な思いつきを、ばかにするなと怒っただろうか。

 「わかった、わかった」なんて、いいかげんに流していたかもしれない。

 あのオーウェン様が、そんなおかしな案を受け付けるとはとても思えないし。


「んー? オーウェンは、ちょっと考えたあとに、アリかもな、って不気味に笑ってたねぇ。あれは、何か突破口を見つけた顔だった」


「ハロルド様……」

 なんてことを提案してくれて、しかもなんでそれを私に伝えてくるのとうなだれる。


 もうすぐ私は修道女になるのに、それまで平穏な日々は許されず、されるかもわからないキスに警戒して生きていかなければならない、ってこと……?


 小さくため息を吐き出して、視線を落とした。



「ねぇ。エステルさぁ、気づいてる?」

 柔らかな声に、ふと顔を上げる。

 ハロルド様は、いつもとは違うどこか穏やかな笑顔を浮かべていて、私は首をかしげた。


「気づくって何を、ですか?」


「自分の顔のことだよ。オーウェンと話してるときとか、オーウェンのことを話してるとき、いろんな表情がちょっとずつ出てきてる」


「え……」

 とても信じられなくて、声を失った。

 お母様の教育を受けて以来、怒っていても笑顔のままで、悲しいときにも泣けないでいたのに。


「びっくりするよね。笑ってないときもあるし、心から笑ってるってわかるときもあるよ。困った顔や照れた顔のときもある。さっきのちゅーの話だって『うげーマジかよ〜』って顔してた。いつもどんなときでも、ずっと同じ笑顔でニコニコしてたあのエステルが」


 ハロルド様は驚く私を見て、何かを思い出したような声をあげた。


「あ、そーだ。話変わるけど、エステルにオーウェンよりいい男紹介してやろって思ってたんだけどさ、だぁれも思いつかなかったんだ。ごめん」


「そんな、私は修道女になる身ですし、お気持ちだけで十分……」


 まだ混乱は続いているけれど、頭は働いてくれていたようで、定型文のような当たり障りのないお返事が口から出ていく。

 けれど、ハロルド様は全然聞いていないみたいで、両腕を組みながらうむむと唸るように話し始めた。


「オーウェンって、すげー頑固だし、めんどくさがりでさぁ。テキトーなくせに執念深くて、計算高いとこもある変人だから、マジで恋愛とか結婚には向かないっつーか」


「あの、ハロルド様?」


「アイツだけは絶対オススメできねーと思ってたんだけど……なんつーか、愛が深いっていうのかなぁ。浅く広くのエステルとは反対に、オーウェンはやたら狭くて、底なし沼みたいに深いんだよね」


「ええと、すみません。話のすじが見えないのですが……」


 内心おろおろとしながら尋ねたのだけれど、ハロルド様は詳しく教えるつもりはないようで、いつものようにへらっと笑った。


「んー? そのうち嫌でもわかるからダイジョーブ。執念深いオーウェンなら、誰にも解けなかった呪い、ホントに解いちゃうかもよ?」

明日、明後日の更新は厳しいかもしれません。

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