第三話 元没落令嬢は、遠回しに告白される
「さあ、行きましょうか」
オーウェン様は、大量の野菜が入った箱を軽々と抱えて外に出る。
それにしても、なぜこの方はいつも私に声をかけてくるのだろう。
好意を向けてくれているのかと一瞬思うも、すぐに気のせいだという考えに至る。
だって、好かれるような行動をとったときの反応が、他の方たちと違って薄いから。
それに、思い返してみれば、とりとめのない話をしているときのほうが、嬉しそうな顔をしている気がしてならないし。
というか、むしろ私が『対応に失敗した』と思うときほど、オーウェン様は生き生きしているような……。
もしかして私、この方の退屈しのぎのおもちゃになっていたりする……?
隣を歩きながら視線を送ってみるけれど、オーウェン様は微笑みを浮かべるばかりで、その心は少しも読めない。
令嬢の告白を雑に流す人という噂もあるし『いい性格をしている』なんて思ったところで、人のことを言えないじゃない、と、あきれ返った。
私はまるで、小説に登場する『悪の令嬢』
一見可愛らしいけれど打算的な性格をした令嬢は、庇護欲をくすぐり、無垢なふりをして男性たちの好意を得る。
けれど、当然ながら表面的な愛は長続きせずに、簡単に壊れてしまい……
最後には、登場人物と読者から蛇蝎のように嫌われながら、断罪されるのだ。
小説とは違って、私は地位や男性からの愛が欲しいわけでも、優越感に浸りたいわけでもないけれど、不誠実な行動をしているのは同じ。
……一日でも早く、修道女になってしまいたい。
そうすれば強制的に恋愛対象から外されるし『大勢から好かれるように。けれど、本気の恋はされないように』という無茶で脅迫じみた教えからも解放されるだろうから。
無言のまま二人で聖職者の館に向かって歩いていると、そういえば、と、なにかを思い出したようにオーウェン様が話し出した。
「エステルは、お菓子作りが得意なのですか?」
お菓子作り……?
たしかに趣味のようなものだけれど、なぜそんなことを聞いてくるの?
唐突な問いかけに首を傾げていると、オーウェン様はにこりと笑った。
「エステルからまたクッキーをもらいたい、なんて相棒のハロルドが話していたもので」
「ああ。そういうことでしたか」とうなずく。
以前、外庭で遊ぶ子どもたちにクッキーの入った袋を配っていたら、もう一人の近衛騎士であるハロルド様が「俺にもちょーだい」なんて言いながら、もらいに来たのだ。
クッキーを渡したいきさつを話すと、オーウェン様は、アイツらしいですねと穏やかに微笑み、私も同じように笑った。
「ハロルド様は相変わらず食べるのが速く、あっという間になくなってしまうようで。また週末に作ろうと思っているので、もしよければオーウェン様もクッキーいかがですか?」
喜んでくれるかなと思ってした提案なのに、オーウェン様は眉を落とし、寂しげに目を伏せた。
「あの、オーウェン様?」
「エステルは……ハロルドのことをどう思っていますか? 好き、なんですか……?」
謎の質問を言いにくそうに飛ばしてくるオーウェン様が、よくわからない。
いえ、前言撤回。オーウェン様のことは、出会った頃からずっと、よくわからなかった。
「ええと、ハロルド様ですか? 好きですよ。マイペースでユニークな方ですけど、近衛騎士のお仕事にはとても誠実ですよね。いつも私を妹のように扱ってくださる、明るくてお優しい方です」
素直に思ったことを伝えたのだけれど、望んだ答えではなかったのだろう。
オーウェン様は少し難しい顔をして、また口を開いた。
「もしかして、先ほどのマテオさんも好きだったり?」
「ええ。嫌いになる理由がありませんよね? 畑に対しての情熱がはっきりと伝わってきますもの。動物がお好きなようで、面倒見がとてもいい方で。ネコのお世話をしてらっしゃるところをよくお見かけします」
真剣に返すと、なぜかオーウェン様は楽しそうに噴き出した。
さらには、ぷるぷると細かく肩を震わせており、笑いが止まらなくなってしまったみたいで、私はあっけにとられてしまう。
人をくったような笑みはよく見るけれど、こんなふうに笑っている姿は初めてだ。
「え、ええと……オーウェン様?」
「ああ、失礼いたしました。いまのは、僕の聞き方が悪かったです。貴女は本当に不思議で面白くて、お優しい方ですね」
「どういうことです?」
不思議なつもりはないし、面白くしているつもりもない。
それに『優しい』なんて、私には一番当てはまらない言葉だ。
なぜそう思ったのか理由を尋ねたかったのに、オーウェン様は笑いすぎたせいで浮かんだ涙を指で拭って、くすりと笑った。
「そうそう。先ほどのお菓子の件ですが、ぜひ僕もいただきたいですね。甘いものは大の好物ですので」
いけない、完全にオーウェン様のペースに巻き込まれている。
どうにか主導権を取り戻さなければ、と作り笑顔を浮かべて話し出す。
「甘いものがお好きということなら、近いうちに……」
クッキーを作ってきますね、と言いたかったのに、話し途中で「ですが」と遮られてしまった。
「せっかくいただけるなら、クッキーではないものがいいですね。たとえば、マカロン。それにマドレーヌなんかも美味しいですよね。あとは……」
オーウェン様は小さく息を吸って、一拍置いたあと妖しく笑い、口を開いた。
「キャンディ、なんかも」
一瞬ドキリとしてしまい、思わず一歩後ずさる。
お菓子のプレゼントには最近流行りの花言葉のように、裏の意味がこめられている場合もある。
表立って思いを伝えられない、奥ゆかしい貴族の女性が好むやり方だ。
クッキーは『友だちでいましょう』の意味。
マカロンは『特別な人』
マドレーヌは『あなたのことを知りたい』
そして、キャンディは……『あなたが好きです』という意味を含んでいたように思う。
けれど、どう考えても本気で言っているとは思えないし、きっとこの方は私をからかって遊んでいるだけだ。
だって、にこにことしたうさんくさい笑みを崩さないんだもの。
深く考えたら向こうの思うつぼで、過剰に反応なんかしたら、また面白がられるだけだ。
そもそも、オーウェン様は騎士として生きてきた人で、宮廷のマナーに熟知していても、貴族たちの恋愛の駆け引きについてまで詳しいわけがない。
花言葉ならともかく、菓子言葉なんてマイナーだし、挙げてきたお菓子は定番のものでもあるから、たまたまマカロンやキャンディが案として出てきたということも考えられる。
「わかりました、どのお菓子にするか考えてみますね!」
いつものように満面の笑みを作って言うと、オーウェン様は「楽しみにしていますね」と笑った。