第十八話 元没落令嬢は、もらった贈り物にドン引きされる
朝のお祈りを終えて部屋に戻り、薔薇の本数を数える。
今回は六本……。
『お互いに敬い、愛し合いましょう』というメッセージだ。
愛を請い、結婚を匂わせる本数に、ぞわりと悪寒が走る。
続いて、紫色の小瓶に視線を送り、手に取った。
薔薇と手紙以外に贈り物があるのは初めてだ。
これは、なんなのだろう……。
中には液体が入っており、ラベルには『ラブポーション』と記載がされている。
ラブポーション、ってどういう意味?
私が恋を避けるから、それを治療するための薬を手に入れた、ってことなの?
お医者様は以前、トラウマを解消する薬はないと話していたように思うけれど……。
それとも恋愛成就のまじない……?
瓶の形状からすると香水のようだし匂いを嗅いでみようかとも思ったけれど、危険なものかもしれない。
あとでハロルド様かオーウェン様に聞いてみることに決めた。
手紙はやはり、一人で開ける勇気が出なくて、ポケットに押し込んで外へ出る。
休憩時間に外で確認しようと思っていたのだけれど、結局開くのが怖くて、夕方になってしまった。
「やほー、エステルーっ!」
遠くから明るい男性の声がする。ハロルド様の声だ。
面倒を見ていた最後の子どもが母親に引き取られるのと同時に、仕事を終えたハロルド様とオーウェン様が現れた。
「エステル、顔色が良くないですね……」
オーウェン様が私の頬に手を伸ばして、そっと撫でてくる。
骨ばった大きな手にさり気なく触られて、優しい手つきにどくんと鼓動が跳ねた。
「うわっ、ほんとだ。クマひどくなっちゃってんじゃん!」
ハロルド様も私の顔を覗き込んできて、目を丸くしている。
「あまり眠れなくて。でも見た目と違って元気なので、大丈夫ですよ」
にこりと微笑んで見せたけれど、近衛騎士様二人は変わらず心配そうな顔をしていた。
「……また、贈り物があったんですね」
誤魔化したかったけれど、オーウェン様にはお見通しだったようで、どこか棘のある声で問いかけられてしまう。
これは取り繕っても無駄だと悟り、こくりとうなずいた。
「今回の薔薇は六本。手紙と紫色の小瓶がありました。手紙のほうはまだ開けていません」
「小瓶? 中身はなんです?」
不安げな騎士様二人に詰め寄られ、おそるおそる口を開く。
「ラブポーション、と書いてありました。恋愛成就のまじないか何かでしょうか? 私、香水やまじないには疎くて……」
ラブポーションの単語を出したとたん、二人はぎょっと目を見開いて言葉をなくしていた。
朝、試しに匂いを嗅ごうとしなくてよかった。
なにかよくないものだったのかもしれない。
「んーと、恋愛成就のまじないといえば、まじないなのかもしれねーんだけどぉ……」
ぽつぽつとハロルド様がつぶやくように言う。
「あの、ハロルド様、オーウェン様。ラブポーションってなんなのですか?」
私の問いかけに、二人は無言のまま立ち尽くしていたけれど、ハロルド様が深い息を吐き出し、突然堰を切ったように話しだした。
「いやいやいや、女の子への贈り物がラブポーション⁉ え、なに、無理やりでも好きにさせる宣言? マジでありえねーし、死ぬほどキモいんだけど!! 見てよ、オーウェン、俺、すげー鳥肌立ってるわ」
ハロルド様は袖をまくって腕を見せつけてくる。
鍛え抜かれたたくましい腕には、本当にぞわぞわと鳥肌が立っていた。
「あの、そんなにおかしな香水なのでしょうか……?」
「まさかエステル、これ知らないの? おかしいもなにも、これはさぁ、びや……むぐぅ!」
ハロルド様の口をオーウェン様が乱暴に塞ぐ。
「ハロルド、デリカシーに欠けますよ。エステルを不安にさせるだけでしょう」
オーウェン様は穏やかな笑みを浮かべていたけれど、目元だけは鋭くて、どこか怒っているようにも見える。
「ありがと、オーウェン。たしかにそうかも」
ハロルド様は、たしなめられて勢いを失う。
もう、二人から瓶の中身を教えてもらえることはなさそうだ。
きっと、危険な薬だったのだろう。
「エステル、それで手紙はどこです? 僕が先に内容を確認します」
オーウェン様に静かに問われ、私はポケットから手紙を取り出して渡した。
オーウェン様は封筒から便箋を取り出し、ハロルド様が肩を組むようにして隣から覗き込む。
私は正面からそんな二人をじっと見つめていた。
「ふぅん、なるほどねぇ。もはや犯罪予告じゃん。勝手に盛り上がって、しびれ切らしちゃったっぽいね。はー、俺の大事な妹にいったい何してくれちゃってんのかな」
「これはこれは。あの贈り物とともにこの内容とは。不届きにもほどがあります。ちゃんとおしおきしないといけません」
にいっとオーウェン様は笑い、ハロルド様は苦いものでも食べたかのように顔を歪ませた。
「うわ、なにそのどす黒くてやる気満々な笑顔……。でもまー、俺も今回のは、かなりキてるよ。謝られたって許さねーわ」
お二人から返された手紙には、しばらく諸用があって来られないことと、次に会いに来たときはどんな手を使っても貴女と夫婦になるという、気味の悪い宣言が書かれていた。