第十二話 元没落令嬢は、翻弄される
まさか、オーウェン様は発作を引き起こし、私に克服させるためにわざと告白を……?
ゆっくりと立ち上がり、おそるおそる顔を上げて様子をうかがう。
やがて、金の瞳と視線が重なってしまい、照れから慌てて顔をそらした。
「念のため言いますけど、告白は本気ですから。それに、こんなことは貴女にしかしません。僕、キスはあまり好まないので」
好まない、と話しているわりに、ぐいぐい迫ってきた気がするけれど……。
まだ感触が残っている気がして、唇に触れる。
思い出してまた恥ずかしくなって視線をそらすと、オーウェン様はくすりと笑った。
「おや、疑われているような? ですが、本当に苦手だったんですよ。あれのなにがいいのかさっぱりで。だから、はじめはトラウマ克服作戦の一つのつもりでしましたが、だんだん抑えが効かないほどに求めてしまって……。いまも、もう一度したいくらいです」
最後の一言と、妖しく甘く細められた金眼に身体が跳ねて、じりじりと後ずさる。
あんなのをもう一度されてしまったら、今度こそキャパオーバーで失神してしまう。
「残念。警戒されてしまいましたね」
くすくす笑うオーウェン様が謎めきすぎていて、全然わからない。
ハロルド様も変わった人だと思っていたけれど、そのハロルド様がオーウェン様を『奇人変人』と称するのもわかる気がした。
「あ、そうそう。賭けの件ですが」
オーウェン様が楽しそうに話しているのを見て、頭のてっぺんからさあっと血の気がひいていくのがわかる。
たしか『賭けに負けたら、一週間なんでも言うことを聞く』という約束だった。
相手は陛下の御身をお守りする近衛騎士様で、負けるとわかっている勝負を仕掛けるわけがない。
どうしてそんな単純なことに気付けなかったのかと、今更後悔が止まらない。
どんな命令をされるのかと内心怯えていたら、オーウェン様は噴き出すように笑った。
「そんなに怯えないでください。笑顔が引きつってます」
感情が顔に出ているらしいことに驚いて、自分の頬に触れる。
鏡もないから確かめようがないけれど、失ったはずの表情が戻りつつあるみたいだ。
「大丈夫、エステルの尊厳を傷つけるようなことは決していたしません。ただ、少し準備が必要ですので、三日後にまた内容をお伝えします」
「……わかりました。あの、告白のお返事は……?」
約束を反故にするわけにもいかず、渋々うなずく。
そして、このままだと勝手にお付き合いをすることになっているのではないかと不安になり、ついでを装って尋ねた。
告白だけではなくキスまでされて、頭が混乱しっぱなしなせいだろうか。
それとも、一度発作を乗り越えたという小さな自信からか。
いまは告白について考えても不安になる程度で、ひどい発作に進む様子はなかった。
「告白の返事ですか? いまはいいです。どうせ断るか保留にするかでしょう?」
図星を突かれて、何も言えないまま冷たい汗が垂れていく。
「とはいえ、いつまでもお返事をいただけないのも困りものですね……。では、こうしましょう。貴女が僕に抱かれてもいいと思ったときにください。僕は『イエス』以外の返事を聞く気などありませんので」
しばし悩む様子を見せたあと、オーウェン様はにっこりと笑顔を向けて言う。
「だっ……抱かれ……⁉」
衝撃的な単語に、思わず声が裏返る。
オーウェン様のお顔はいつものうさんくささのある微笑みで、この方の真意がさっぱりわからない。
からかわれているだけ?
それとも本気?
もしかして、これもトラウマ克服の作戦の一つなの?
「さすがに本気ではないはず……」
気づいたら心の声が口から漏れ出ていて、慌てて口を押さえた。
「さて、冗談か本気か。どちらでしょうね?」
「……ッ!」
オーウェン様が大きく一歩踏み出し、指先でそっと私の頬を撫でる。
不思議なくすぐったさと、熱っぽい瞳にぞくりと身体が甘く震えた。
「エステル。どうか、たくさんたくさん考えてください。貴女の心も頭の中も、僕でいっぱいになるくらいに。さ、そろそろ帰りましょうか」
オーウェン様は私に手を差し伸べてきて、私は反射のようにその手をとってしまう。
温かくて骨張った手にまた鼓動が跳ねて、オーウェン様のお顔をまともに見られなくなってしまった。