表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

第十一話 元没落令嬢は、過激な告白に混乱する

 この機を逃すつもりは、ない……?


 理知的な金色の瞳が熱に浮かされているようで、直視できない。


 気をそらして話を変えたいと思うけれど、ここは路地裏だ。

 人が来る気配もなく、気をそらせるようなものも何もなくて、焦りばかりが募った。


「エステル」

 甘みを含んだ声で名を呼ばれ、鼓動が強く跳ねる。


 いつもは告白の空気を感じ取ると血の気が引いていくのだけれど、今回は違っていた。


 火が着いたかと思うほどに顔が熱くなり、胸が高鳴っているのが自分でもわかる。


 普段との違いを疑問に思うけれど、そんな時間は長くは続かない。

 次第に呼吸が荒くなって、強い不安感に襲われた。



 「はい」と小さく返事をしながら、拒絶を示すように一歩後ろに下がる。


 やがて、オーウェン様は小さく息を吸い込み、私は不安と期待から身をすくめた。



「僕は、貴女を愛しています」

 真剣な表情で告げられた言葉に、ひゅっと喉の奥が鳴る。


 それと同時に、頭の中でお母様の声がうるさいほどに響き出した。


 貴族とみなされない『騎士爵』のオーウェン様からの告白など、お母様は絶対に許してくださらない。

 いつもより幻聴の声が大きく、言葉になっていないほどにヒステリックだ。


 それなのに、オーウェン様から愛を告げていただけたことを嬉しいと思ってしまう自分は、きっとおかしい。


 このまま、発作が起こらなければいいのに。

 そんな淡い願いは、脆くも崩れ去る。


 『エステル』とお母様が私を呼ぶ声が、はっきり聞こえたのだ。


 びくんと身体が震えて、自分自身を抱きしめる。

 いつもの発作が、始まった……。



 ――エステル! なぜ、わたくしの言うとおりにできないの?

 優しくしてやっているから、いけないのかしらね。

 ……そこのお前、乗馬鞭を持ってきなさい!



 幻聴だとわかっているのに、震えが止まらない。


 これは……私が初めて折檻せっかんを受けた日のことだ。


 ――エステル、わたくしがこんなにしてやっているのに!

 早く、あいつらを見返して家を取り戻さないといけないのに、なんであなたは上級貴族の息子と縁を作ってこないの!? 娘なんか生むんじゃなかった! 



 怒りに溢れた声は次第に大きくなり、肌が切れて血が滲むまで叩かれたあの日のことを思い出す。


 お母様、ごめんなさい。

 ごめんなさい、ごめんなさい、許して……。


 さらに呼吸が荒くなり、過去にとらわれそうになったところで、柔らかな声がした。


「エステル、僕を見て」


 意識が引き戻されたときに見えたのは、はちみつのように甘い金色の瞳。



 夢か現か判断できないうちに、横髪に差し入れるように指が入ってきて、私の顔を押さえてくる。


 オーウェン様はまっすぐに私を見つめていて、顔が近づく。

 息をかすめる距離にまぶたを閉じると、すぐに唇に柔らかなものが触れた。


 もしかして、キスをされているの………⁉


 オーウェン様の予想外な行動に、呼吸が止まり身体がこわばる。

 キスをするなんて初めてだし、いまの状況もよくわからなくて混乱が止まらない。


 けれど、重ねるだけのキスは優しくて、温かく、不思議と心地よかった。



 ただ……告白をされただけではなく、唇まで奪われてしまったなんて知られたら、お母様はなんと言うだろう。


 嫁ぐ日まで清い身を保つのは、貴族の娘にとって一番大切なこと。

 キスをされたというだけでも、また叩かれるかもしれない。

 食事だって、何回抜かれてしまうかわからない。


 過去と現実の狭間で揺れながら怯えていると、静かに唇が離された。



「エステル、いま何を考えていましたか? ずいぶんと余裕がおありのようですね」

 オーウェン様は、にいと妖しく笑い、私はまた現実に引き戻される。


 顔の横に添えられた手が、するりと奥へ動き、今度は首の後ろにまわった。



「余裕なんてすぐに、なくしてあげます」

 金の瞳が柔らかく妖しく細められて、オーウェン様はまた、キスをする体勢をとるように首を傾ける。


「んっ……」

 半ば無理やりのように、手で強く頭を固定されながら唇を奪われ、心臓が強く甘く痛む。


 血が熱く煮えるようで、鼓動は高鳴り、頭の中がぐらぐらと揺れる。


 何度も何度も続く食むようなキスに、思考が奪われていくのが自分でもわかった。


「エステル、愛しています」

 耳元で囁かれ、頭の中でぐるぐると甘い声が巡る。


 頭の後ろには手が添えられたままで、オーウェン様はまだまだ離してくれそうにない。


 告白の返事もしていないのに、どうして私はこんなことをされているの?

 オーウェン様はいったい、どういうつもりでこんなことを……?



「ほら、余計なことは考えないで、僕だけを見て。僕の声だけ聞いて、僕のことだけ感じてください。それができなければ、次は舌を入れます」


 至近距離で告げられて、恥ずかしさのあまり縮こまって、ぎゅっと目をつぶると、すぐにまた唇を重ねられた。


「エステル、力を抜いて。大丈夫、貴女の許しがなければキスより先へは進みませんから。僕に身を預けて、そう。それから、ゆっくり息を吐き出して」


 言われるがまま、オーウェン様の胸にもたれかかって、ゆっくりと息を吐き出す。

 すると、あれほど苦しかった呼吸も落ち着いて、どこか冷静になってしまい、いまされたことと硬い胸板とに動揺が止まらなくなった。


「いいこ」

 オーウェン様は優しく微笑みながら私の頭を撫でて、最後にそっと、ひたいに口づけを落とした。


 キスの雨が止んだとわかると同時に力が抜けて、崩れるようにその場に座り込む。



「ごちそうさまです。発作、防ぎましたからね」


 自身の唇に指先をあててくすりと笑うオーウェン様があまりに妖艶で……。

 いますぐ失神してしまいそうなほど、くらくらと頭がのぼせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 発作を起こらなくする方法……!!( *´艸`) ナイスオーウェン♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ