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19:公募落ち『館内散歩』
夫の定年退職を機に、夫が以前に単身赴任をしていた岡山県倉敷市に移住した。
晴れの国との謳い文句のとおり、雨は少ない。
中古マンションで夫と二人暮らし。
平日は毎日、伝統的建造物が残る観光地、美観地区を散歩している。
時間がある日は市立図書館に入り、夫婦それぞれ思い思いに読書を楽しむ。
夫は大原美術館に関する図書を多く閲覧し、散歩の道中、美術館の歴史や所蔵絵画について説明してくれるようになった。さながら美術館の音声ガイドだ。
せっかく倉敷に越したのだからと、夫婦で大原美術館の後援会に入会した。
都度入館料を支払わなくて済むので、散歩の際はほぼ毎回美術館に立ち寄る。
すたすた館内を歩くだけの日もあれば、椅子に腰掛けじっくり絵画を眺める日も。
夫が亡くなった。
拍子抜けするくらい、いつも通りの元気な様子から、ぽっくり逝ってしまった。
娘には同居を誘われているが、今はまだ、ついちょっと前と同じルーティーンで、倉敷で生活している。
二人が一人になっただけ。
今日もまた、この大原美術館で絵画を眺め歩きながら、夫の音声ガイドを再生する。




