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01

 階下で私を呼ぶ声がする。


「お姉ちゃん……」


「大丈夫だよ、律。ちょっと行ってくるね」


悲しそうな、辛そうな表情をする弟の律の頭を撫でて、物置のような部屋から出る。階段を降りる間に心を無にして、何があっても無反応でいられるように、落ち着かせ。


「なんでしょうか、叔母さん」


「言っておいたことができてないんだけど。誰のおかげで生きていられると思ってるわけ? そのくらい、できないとこの家から弟共々、追い出してもいいのよ」


「すみません」


「すみません? 謝り方が違うようね」


 16の時、両親を亡くした。弟はまだ6歳の時だった。大人の庇護が必要な私たちは、叔母さん一家に引き取られたけれど、そこは私たちにとっては優しくない場所だと、生活をして初めて知った。


「申し訳ございません、でしょ。なんでそんなのもわかんないわけ? さすが泥棒の姉さんの子どもだわ。教養がないし、何もかもなってない」


 叔母さんはどういうわけだか、私の母を嫌っていた。いつも母のことを泥棒と言い、母にそっくりな私のことも嫌いなようで、よく叩いてくる。何か気に食わないのだろう、本当に些細なことでも怒られる。


「ここまで言わないと、わからないわけ? 膝をついて額を床につけて、ほら、早くしなさいよ」


 私が本当に大嫌いな叔母さんは、従姉妹や叔父さんの前で嫌な笑みを浮かべて、私に土下座を要求する。それを誰も止めるどころか、同じように笑って見ている。ここに私たちの居場所はない。


「何よ! その目! 姉さんと同じ、人を見下して馬鹿にした目!」


 叔母さんを無言で見やれば、目が気に食わなかったらしい。バシッと音を立てて頬を張られた。痛みがすぐにやってきて、張られた頬が熱を持つ。


「申し訳、ございません」


 これ以上、痛い思いをしたくない私は、結局、叔母さんの言う通りに土下座をして謝罪をする。今日の怒られた原因は、従姉妹のお弁当箱を洗っていなかったからだ。そもそも、部屋に閉じ込められていたのだから、洗うも何もできやしない。


 これが、可笑しいことなのだと、わかっていた。弟を連れてこんな家から逃げようと思ったことも一度や二度ではない。


「この! 本当に生意気!」


下げたままの頭を思いきり踏みつけられて、額が痛みを訴える。叔母さんの気が済むまで、ずっとそうするのも、いつものこと。


 逃げたいと思っても、それができる環境じゃなかった。高校を出て就活を始めたけれど、どんなに企業に申し込んでも、県外に申し込んでも、絶対に落とされる。返ってくるのは不採用通知だけ。採用通知が来たこともあったけれど、数時間後には不採用になっていた。


 きっとそれなりに大きな会社の社長をしている叔父が何かしているのだろう、ということは想像に難くない。そうして妨害を受けた結果、どこにも就職することは叶わず、私は弟を自由にするためにパート勤務の生活を始めた。


 少しだけしかないお給料を弟のために貯金し、残ったお金は全て、この家で生活するための生活費として渡している。自分に仕えるお金なんて微々たるものだけれど、弟のためなら耐えられた。


「本当、役に立たない金食い虫よね。ああ、泥棒の姉さんの子どもだし、そういうところも似てしまったのね。他人様のお金を使いつくす、ある意味では姉さんよりも厄介な泥棒」


 嫌味をチクチクと言われはしたが、ようやく土下座から解放された私は、弟のいる部屋へ帰ってくることができた。でも、弟には頬が赤く腫れていることに対して、とても心配をさせてしまった。


「お姉ちゃん! ほっぺたが……」


「大丈夫よ、律。大したことない」


「でもっ」


「大丈夫」


大丈夫、と伝えることしかできない。ほかに言葉が見つからない。だって、大丈夫って思えなきゃ耐えられないから。



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