79話 アズの気持ち
「オメェ今日、うちに来い。どうせ夜はやることねえんだろ」
レーテのヤツ、なに皿みてえな目してやがる。
「腹据えて話してえから、今日うちに来い。
いいな!」
「ゴーヴァンお前、いくら話があるからって突然女性を家に連れて行こうとするか?」
「夜しか時間ねえんだし、こんな所にいたんじゃ息もつまるだろ。
飯食うついでに家に連れて行くのがおかしいのか?」
レーテのことだから、本当に薬しか飲んじゃいないだろうからな。
まともな飯の一つも食わせてやらないと、気がおかしくなるってもんだろ。
「それにユリウスのやつがどこに居るかも分からねえんだ。誰かと一緒にいた方がいいだろ」
カルロは働くようになって、ルクレツィアと一緒に出かけ、ルクレツィアと一緒に帰るようになった。
ダネルは学校があるから一人でいることが多いが、ルクレツィアがあれこれとやっている、らしい。
アズはオレと一緒にいるし、姉さんは一人にならないように家の仕事がない時は人の多い場所に行くようにさせている。ダネルからは知らない人について行くなって、散々言われてた。
後はレーテだ。
いくら夜は馬鹿みたいに強くなるからって、ユリウスだって弱いわけじゃない。
一人で居るより、誰かといた方がやりやすいことだってあるはずだ。
「私なら襲われても死にはしないし、腕の一本でも折ってくれれば本物がどうかはすぐ分かるから、何の問題もないさね」
「いや、あるだろ。本物かどうか確かめるたびに、腕折るとかおかしいだろ!」
会うたびにケガさせるとか、まともな関係じゃねえだろ。
「とにかくだ。今日の夕方、義兄さんのとこにいるから来い。
場所、知ってんだろ」
レーテが頷く。
よし、これで決まりだな。
「アズ、今日はレーテと一緒に家に帰るぞ」
「わかった。レーテおねえちゃんといっしょ」
「やれやれ、これじゃ断れないじゃないね」
アズの顔を見て、レーテがため息とも何とも言えない息を吐く。
「じゃあ今日やることが終わったら、ゴーヴァンのお義兄さんの所へ行くからね。
遅くなっても待ってておくれね」
「おう、待ってるからちゃんと来いよ」
この後は五人で飯を食いながら、最近のことを話し合った。
あれこれ話しを聞いてよかったのは、まだ誰もユリウスには会っていないってことだ。
ただ、どう出てくるかわからないっていう不安はまだ消えていない、
飯を食った後は魔砲を撃つ訓練と分解と組み立て方の訓練、アズの剣の稽古と特に変わったこともなく、時間が過ぎていった。
しかしアズは本当に言うことをよく聞くっていうか、手間がかからないっていうか、物わかりがいい。
オレが言ったことはダメだって言ったことはやらないし、言ったことはちゃんとやる。
オレもアズくらいの頃はこんな言うことを聞いたかと思うと、そんな頃のことはぼんやりとしか覚えてないし、義兄さんや姉さんには結構ワガママ言ってた気がする。
「なあ、アズ。やりたいこととかねえのか?」
「おじさんと剣の稽古したい! ぼくもね、つよい戦士になるの!」
美味いもの食いたいとか、どこかに行きたいとかそういうのじゃねえのな。
色んなこと教えるのに、帰りに菓子の一つでも買ってやった方がいいのか?
そんな事を考えながら魔砲を撃ち、休憩がてらアズの剣の稽古をしてやっていると、時間になったのかカルロが部屋にやってきた。
「オッサン、おつかれ。今日はこれで終わりにしていいってさ」
「お、もうそんな時間か。
アズ、父さんのトコ行くぞ」
魔砲を分解して中の宝石を取り出して袋にしまい、カルロに渡す。
「今日もルクレツィアと残るのか? あとオッサンじゃなくて名前で呼べって言っただろ」
「オッサンはオッサンだからいいの。
仕事の方は返さなきゃいけない手紙山のようにため込んでたから、それの返し書かせたら終わりかな」
よくわかんねえ理由だな。
しかしルクレツィアの下で働いて、忙しさで倒れたりすんじゃねえぞ。
「カルロ、無理とか無茶とかすんじゃねえぞ。ヤベえと思ったら、ルクレツィアなんか放って置いて逃げちまえ」
「大丈夫だって、本当にヤバそうなら適当に逃げるからさ。じゃあ、仕事終わったら家で」
荷物を担いでカルロが出ていく。
オレとアズも部屋から出て、義兄さんのいる場所へ向かう。
いつもどおり義兄さんの所へ行き、今日あったことを話す。
義兄さんは胸を静かに上下させるだけで、瞬き一つする気配もない。
「ねえ、おじさん」
「なんだアズ?」
「どうしておとうさん起きないのに、おはなしするの?」
アズの言葉に胸が苦しくなる。
「どうして、か。義兄さんが、アズの父さんが聞いててくれてるかも知れねえだろ。
何も話さないでいたら、寂しくなるだろ」
アズは納得が行ってるのか行ってないのか、オレの顔と義兄さんの顔を交互に見ている。
「おじさんがおとうさんだったら、よかったのに」
「アズ?」
「おじさんがおとうさんだったら、今みたいにいつでもいっしょにいてくれたのに。
村にいたときだって、さみしくなかったのに」
「アズっ!」
思わず声を荒らげていた。
驚いたような怯えたような顔で、アズがオレを見ている。
「そんなこと、言っちゃダメだ。
アズの父さんは、眠っていたくて寝てるんじゃないんだ。
きっと、きっと起きてくれるから。一緒に待ってあげよう、な」
頼むアズ、そんな泣きそうな顔しないでくれ。
お前は悪くないんだ、全部オレのせいなんだ。
オレだって、義兄さんとはちゃんと話をしたいんだ。本当はずっと、村で当たり前に暮らしていたかったんだ。
胸の中のあの頃のオレは、今だって泣きたくて、叫びたくって仕方ないんだ。
「ゴメンな、アズ。急に怒鳴って。
でもな、そんなことは言っちゃダメだ。
お前の父さんは目の前のこの人、一人だけなんだ」
義兄さんがしてくれたように、アズの目を手で隠すとアズの小さな手がオレの手に重なる。
「おじ、さ……おこ、てる?」
「怒ってねえ。少し、悲しくなっただけだ。
でもな、アズ。さっきみたいなことは、もう言っちゃダメだ。
約束してくれるか?」
アズは小さく何度も頷く。
トビラが何度か叩かれ、レーテが部屋の中に入ってきた。
「待たせたかね? ……少し、待ったほうがいいかね」
「気にすんな、義兄さんと話ししてただけだからな
じゃあアズ、帰るぞ」
アズを抱き上げると、オレの服を引っ張り顔を隠してしまう。
なあ、義兄さん。アズのために早く起きてくれよ。