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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第4章 青い竜の村
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78話 レーテの日常

 正直言って暇だ。

 待機用の椅子に座って周りを見ながらそう思う。

 十日くらい前にはほとんど裸に近い格好で、ずっと薬を飲まされ続けていた。

 私に薬を飲ませ続けた連中は、私の体に出た状態を見て、一喜一憂していた。

 今日は潰されたり引きちぎられたりだ。汚れてもいいような服を着させられてるとは言え、なかなか酷い見た目になっている。

 大抵の痛みは慣れてしまったから、やられることに対してはどうという感情はない。

 ただ、目新しいことが何もなくて、暇なのだ

「レーテさん、大丈夫……ではないですよね」

「おや、ダネルじゃないかね」

 おやおや、随分と暗い顔をしてどうしたのやら。

「まさかこんなに酷い扱いをされてたなんて……これじゃルクレツィア教授の保身に使われただけじゃないですか」

「それはダネルが気にすることじゃないさね。私が納得してやっている事だからね」

 ああ、そんな顔をするものじゃないのに。

 教導会の連中に追われるのが面倒なのは確かだけど、それ以上にあの子の、ゴーヴァンのそばにいられるという方が大きい。

 自分がこうなって何年立ったかもわからないというのに、こんな感情が枠だなんて思ってもいなかったから。

 子や孫を持ったことのない私でも、誰かを愛おしいなと思えるなんて。

「レーテさん、この後少しお時間はありますか?」

「ここの連中が昼には食事に行くからね。その間は暇をすると思うのだがね」

「ならその間、時間をいただけませんか」

「おや、ここから出ても良かったのかね?」

「ルクレツィア教授の指示ということにしておきます。あの人には多少以上の面倒をかけたところで文句を言わせません」

 暇つぶしができるならそれは嬉しいけれど、大丈夫なのかね。

 おや、ダネルが連中の方へ行った。あの感じは、やっぱり揉めてそうだ。でもダネルの方が優勢な感じか、連中の方が黙り始めた。

 ダネルが持って来た。

「話は付けました。行きましょう」

「何を言ったら、こうすんなり行ったんだね」

「ここの教授に次の教授会での提案に関してルクレツィア教授の票を入れるよう進言すると伝えました。発言権がないと本人はいってはいますが一票は一票ですから」

 おやおや、本当にルクレツィアを売るようなことをしたのか。

 しかし人を売るなんて、随分なことをやるものだ。

 まあでも、言葉には甘えさせてもらおう。

「このままで行く訳にも行かないだろうからね。ちょっと着替えてくるから、待っていてくれないかね」

 ルクレツィアの家を片付けた時に買った服。ゴーヴァンに褒めてもらった服だ。

 服を褒めてもらっただけなのに、こんな気持ちになれるとは思ってもいなかった。

 人の心というものは、死んだと思っても意外と死んでなどなくて、荒れ地に雨が降って草が生える用に、ふとしたことで蘇られるものなのかも知れない。

 今、私の胸の内にはこうしたいという望みが、確かにある。

 ルクレツィアにこの体の魂の話をされた時、魂がないのではと言われた。

 けれど魂など無くてもいいのではないのかと、今は思っている。

 今感じているこの感情は、この胸の温かさは今の私だけのものなのだ。病に倒れ、命を失ったあの頃の私のものではないのだ。

 だから少なくとも、私は心だけは私なのだと思っている。

「待たせたね。行こうか」

「ええ。食堂へ行きましょう」

 連中がこちらを見ているが、ダネルは何の気に留めることもなく私を連れ出していった。

「みんな随分気になっているようだけど、構わなくていいのかね」

「いいですよ放っておけば。レーテさんもあれこれ言って困らせてやればいいんです」

「別に痛いのも苦しいのも、慣れてしまったからね。どうということもないさね」

「慣れないでください。それを見聞きして辛く感じる者もいるんです」

 随分と優しい言葉だ。

 ダネルの表情を見る限り、本心の言葉なのだろう。

 ゴーヴァンもダネルも優しい子だけれど、育てた人が優しかったのか、それとも竜種そのものが優しいのか、どっちなのだろう。

 ゴーヴァンの村に行ったときは客として招かれたけれど、次行った時も同じように歓迎してくれるのだろうか。

 もし同じように招いてくれるのなら、私に居場所をくれるのだろうか。

 ああ、ダメだ。気持ちが蘇ってくると、我儘まで蘇ってきてしまう。

 多くを、いや、何かを望んだりしてはいけないのに、何かを望む気持ちが大きくなってくる。

「ああ、やっぱりいましたね」

 食堂に吐くと確かに、一際大きい体だから、ゴーヴァンはすぐに見つかった。

 本当に幸せそうに食事をしている。あれで太らないのだから、どういう体をしているのやら。

「久しぶりだね、皆」

「レーテ!」

 ああ、ああ、食べながら話すものじゃないのに。

 本当に仕方のない子だ。

「そうだ、ずっと聞きたいことがあったんだ。

 オメェ毒飲まされたりしてるって話、本当なのか?」

 おや、いきなりそれを聞くのか。

「そうだね、ここでの実験とやらに色々とつき合わされてるね」

「それ、やめること出来ねえのか?」

 そんな心配そうな顔をして、嬉しくなってしまうじゃないか。

「別に死なない体だからね。居る場所を作ってくれるだけで有り難いものさね」

「そう言う問題じゃねえだろ! オメェがイヤかどうかじゃねえのか?」

 どうしよう、心配されているというのに、どうしようもなく嬉しくてたまらない。

「変に思うかも知れないけどね、私は居られる場所があるというだけで満足してるのさね」

「居られればって、それじゃあオメェに会う前のオレと、何が違うんだ」

 それを言われると返す言葉もない。

「教授から聞いたんだけど、レーテ、ネエちゃんはさ、痛いとか苦しいがない場所が欲しくないの?」

 おや、カルロが私の名前を読んでくれるなんて。ちゃんと名前、覚えていてくれたのか。ありがとう。

「名前、ちゃんと覚えててくれたのだね。ありがとう、カルロ」

「それは、どうだっていいだろ。レーテ、ネエちゃんはさ、いつも一緒にいたいヤツとか、本当にいたい場所とかないのかよ」

 止めておくれ、それを言われると我儘を言いたくなってしまう。

 一緒に居たい相手は、いる。居たい場所も、ある。

 けどそれを言ったら、悪いことも、我儘も止めどなく出てしまうから言わせないで欲しい。

「オメェここしばらく血、飲んでねえみてえだけど、大丈夫なのか?」

 アズを気にしてだろう、ゴーヴァンが声を落として言う。

「それは薬でどうにかなってるね。ルクレツィアの言うとおりなら、私に必要なのは血そのものじゃなくて、血に溶け込んでいる魔力らしいからね。

 魔力そのものを取り込むことができれば、血を吸う必要はないらしいね」

 血を飲めないことは、それはそれで構わない。

 薬のあの無理やり体に何かが入ってくる感覚は好きにはなれないが、私の毒で狂う姿を見なくていいのは助かる。あれは本当に見るに耐えない。

「薬薬って、病人じゃねえんだぞ……いい、わかった。

 オメェ今日、うちに来い。どうせ夜はやることねえんだろ」

 突然、何のつもりなのだろうゴーヴァンは。

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