77話 捨て犬の気持ち
「オッサン、アズ、お待たせ」
小綺麗と言うかキッチリしたというか、堅そうな雰囲気の服を来たカルロが部屋の扉を開けて入ってくる。
「教授に捕まりそうになったから、慌てて逃げてきたよ。どうせ昼前にやっておかなきゃいけないこと、言い忘れてたんだろうな」
「ルクレツィアのヤツ、そんなに人使い荒いのか?」
「人使いが荒いというか、急にものを頼んでくるというか、行動がいきなり過ぎるんだよ。
よくニイちゃん、学校で勉強しながらあの人の下で働けたな」
カルロ、それを人使いが荒いっていうんじゃねえのか?
そういやルクレツィアのヤツ、時々家に帰ってなにかしてるみたいだけど、姉さんこき使われてねえだろうな。
考えるとユリウスとは違う意味で不安になってくるな。
とりあえず飯だ、飯食って気分変える。
「しっかし、いつも思うんだけどここの飯、少なくねえか?」
「これだけ食べれば十分だろ。オッサンが食いすぎなんだって。
オッサンがバクバク食ってたら、オッサンとオッサンのネエちゃんの稼ぎなんてあっという間になくなるぞ」
ウルセェ、腹が減るんだからしょうがねえだろうが。
オッサンのネエちゃん、か。
「カルロ、スゲェ気になってることがあるんだけど、聞いていいか?」
魔砲の宝石を外しながら、カルロに気になっていたことを聞くことにする。
「何だよオッサン」
「オメェ、何で人のこと名前で呼ばねえんだ?
オレはオッサンだし、レーテはネエちゃんでダネルがニイちゃん。オレの姉さんなんてオッサンのネエちゃんとか、ややこしくねえか?」
カルロが少し冷めたような顔をする。
「おれさ、親がいないだろ。暮らしてた孤児院も貧乏だったからさ、今よりもチビの頃から日雇いの仕事とか結構してたんだ。
そうやって働いてるときって、誰もおれのこと名前で呼ばないんだ。ただチビとかガキとかしか呼ばれてなくって。
ああ、名前って別に覚える必要も言う必要もないんだって思ってさ、人の名前覚えるの止めたんだ」
「でもアズのことは名前で呼んでるだろうが」
「アズは、なんだろう。弟や妹たちのこと思い出すんだ。それでかな」
アズの顔を見て、口元が少し笑い顔になる。
「みんな元気にしててくれるといいんだけどさ。
教授の話だと、もうすぐ最初の給金が出るらしいんだ。そうしたら、オッサンのネエちゃんに世話賃払って、残りはみんなの所に送ろうと思ってるんだ」
「世話賃なんて払わなくたって、姉さんもルクレツィアもお前を追い出したりしねえだろ」
「それは……そうなんだろうけど、さ」
どこか歯切れが悪い。
カルロがアズを見ると、アズがカルロの手を引っ張っていた。
「おにいちゃん、どこか行っちゃうの?」
不安そうにカルロを見るアズの頭を撫でてやる。
「カルロはどこにも行かねえ。だって、アズのお兄ちゃんだろ」
アズはオレの顔を見ながら何度もうなずいて、カルロの顔を見上げる。
「アズ使うのはずりぃぞ、オッサン」
「ズルくなんかねえだろ。ほら、弟にちゃんと言ってやれよ」
カルロは困った顔を一瞬したが、すぐ笑顔になると、でもどこか泣きそうな顔でアズの頭を撫でる。
「大丈夫だぞ、アズ。おれはどこにも行ったりしないからな」
アズは顔を一気に笑顔に変え、カルロに抱きつく。
カルロもアズを抱きしめる。
「カルロ、オレのこと呼んでみろ」
「な、何だよ急に」
「いいから呼んでみろって」
何で目、そらすんだよ。耳、変に赤くなってるぞ。
「ゴーヴァン……のオッサン。ぁ……あああっ! 無理! なんか顔熱い! やっぱりオッサンはオッサン!」
「何だよ、ちゃんとオレの顔見て、もういっぺん言ってみろ」
「無理! むーりー! そんなことより飯食いに行くんだろ。早く行こうぜ」
何だコイツ、照れてんのか?
「ハハッ、オッサンでいいからもういっぺん呼んでみろよ」
「おしまい、この話はおしまい!
オッサン、魔砲ここに置いて行ったままにしたり、持っていって忘れたりするなよ」
コイツ可愛い反応しやがって。
「よぉし、じゃあもういっぺん呼ぶまで離してやんねえ。アズ、お前もカルロおさえちまえ」
オレがカルロを抱きおさえると、なにかの遊びだと思ってるんだろう、アズが飛び込んでくる。
オレがカルロの額に額をこすり合わせると、アズも額をこすり合わせ、三人で頭突きでもしあってるみたいになる。
「どうしたどうした。言わねえと止めねえぞ」
「オッサンもアズも止めろって、ああ、もう、いい加減にしろよ! ゴーヴァンのバカオッサン、ゴーヴァンゴーヴァンゴーヴァンゴーヴァンゴーヴァンゴーヴァン! これでいいんだろう!」
カルロとアズを二人一緒に抱きしめる。
頭の毛がクシャクシャになったカルロが呆れたような顔をしているが、怒った顔はしていなかった。
「姉さんや他のヤツらにも、同じこと言ってみろよ。きっと、喜んでくれるぞ」
「オッサンは名前呼ぶくらいで大げさなんだよ」
そのくらいって思うようなことが、スッゲェ嬉しいことだったりするんだ。