59話 次の旅へ
ダネルに連れられ、学院内の食事ができる場所に案内されると、レーテとカルロが食事をしているところだった。
周りからも食い物の匂いはしているが、正直今は何か食べたいという気は湧いてこなかった。
座ってからも、何を話せばいいのか分からずオレが黙っていると、ダネルが変わりに今までのことを話してくれた。
「それでゴーヴァンとダネルは故郷に帰らなければいけなくなった、ということだね」
「ええ。青の村までの行き方は僕でないとわかりませんからゴーヴァンと一緒に行くつもりです。
教授からしばらく休めるようにはしてもらいましたしね。折角の機会なので家族に顔を見せに帰ります」
「私はゴーヴァンについて行くつもりだったから予定は変わらないけど、カルロはどうするのだね?」
「え、おれ?」
そういやコイツ、仕事探すとか言ってたっけ。
「実はさおれ、ルクレツィア教授からここで働く気はないかって、言われてて」
「よかったじゃねえか、仕事見つかって」
「うん、よかったんだけど、他の街に来て違う場所も見たくなったっていうか、でも稼いで弟や妹達に金も送ってやりたいっていうか」
レーテとダネルがオレを見てる。
カルロも何かを言って欲しそうな目で、オレの目を覗き込んでいる。
いや、オレにどうしろってんだよ。仕事見つかりそうなんだろ? それ蹴ってついて来るか、とか言っていいのかよ。
違うか。コイツのことを面倒見てやろうって決めたのは、オレだ。
「カルロ、オメェ村までついて来るか?」
「いいの?」
「オメェ次第だ。言っとくが村まで途中に宿場なんてないし、近い場所でもねえんだぞ。
それでも来るか?」
「うん、行きたい。
おれ、オッサンと一緒にオッサンの村に行きたい」
はは、すっげぇいい顔で笑ってやがる。
義兄さんのことはどうしたって頭から話すことは出来ねえけど、コイツを放って置くなんてダメだもんな。
「ゴーヴァン、少し表情が変わったね」
「そうか?」
「ついさっきは明日死んでしまうような顔をしていたけど、少しだけど明るくなったからね」
そうなのか? ただ、腹は減ってきた。
「とりあえず飯だ、飯食うぞ」
「なら何でも食べたいものを食べていいぞ。ルクレツィア教授が後で払ってくれるからな」
「何だそりゃ、食い放題ってことか?」
「そうだ。どうせあの人と縁ができたんだ。困らせられるなら困らせられる時に困らせておけ」
よっしゃ、だったら食えるだけ食ってやらぁ!
「いいのかね、あんなこと言って。あれは相当食べるつもりだと思うのだがね」
「いいんですよ。どうせ教授持ちですから。第一、人一人が一食で食べられる量なんて多くてもたかが知れてるでしょう」
「じゃあさ、オッサンがどれだけ食べるかみんなで賭ける? オレはルクレツィア教授が声出すくらいの額食べると思う」
「それは面白そうだね。私はルクレツィアが金額を見直すくらい、かね」
「いや流石に食べ過ぎだ程度に言われて終わりでしょう。」
オメェらオレを何だと思ってるんだ?
「さて、これから村へ向かうのか」
オレが旅立つことが出来るようになったのは、傷を縫った糸を抜いた次の日だった。
オレがこの街に戻ってくるまで、義兄さんのことを頼むためにルクレツィアに会いに来ている。
本の山がいくつも出来てたルクレツィア部屋はデカブツに壊されたからか、自分用の机と椅子しかない狭い部屋だ。
「しかしどれだけ食べるんだ君は。毎回請求金額を見るたびに目を疑いたくなったぞ」
何故かレーテが勝ち誇った顔で、カルロとダネルを見ている。
そういやコイツら、オレがどれだけ食うか賭けてたんだっけか。
「君の義兄さんは、戻るまで私が責任を持って預かるよ。下手に手を出せば、剣一本で大型自動人形二体と戦って勝てる奴が大暴れするぞ、とでも脅してな」
「義兄さんのこと、よろしく頼む」
「ああ、良い返事を待ってるよ。あとカルロ君だったか、雑用の仕事考えておいてくれ」
いい返事ってのが何か引っかかるが、いま頼れるのはルクレツィアだけだ。
「教授、本当に僕の単位は大丈夫なんですよね」
「そのくらい何てことないさ。ダネルはユリウスの騒動の功労者、という扱いにしているからな。
今回の件で一時的に帰郷したがってる、と何人かに話をしたら首を縦に振ってくれたからな」
「裏で何かやり取りしましたよね。絶対」
「どいつもこいつも票集めに必死ってことだ。まあ、一学生が気にすることじゃないさ」
低く笑うルクレツィアからはイヤなものしか感じないが、ダネルもコイツ頼みだから仕方なしってところなんだろう。
チクショー、本当にコイツしか頼れるヤツいねえんだよな!
「私はゴーヴァンについて行った後は、この街に戻ればいいのだね」
「ああ、教導会を黙らせる代わりに、レーテにはこの街に居続けてもらう。私と君は分かる限り、世界で二人しか居ない吸血鬼だからな」
そういやルクレツィアもレーテと同じになったようなこと言ってたっけか。
「血に関してはルクレツィアに話した通りさね。人でなくても、家畜でも魔獣でも腹は満たせるからね」
「人に噛みつくのもコツがいるし、何より牙の毒の問題があるからな。適当に小型の家畜後でも飲んでおくさ」
オレの首筋を見ながら話をするな。
あー、思い出したくもないこと思いだした。
デカブツ共を全部倒したあと、レーテとルクレツィアの二人から血を吸われた。
しかもレーテの奴、どこに牙を突き立てればいいか丁寧にオレの首筋で説明しながらだ。
ルクレツィアもルクレツィアで何度も噛み直すせいで毒を何度も入れられたせいか、途中から頭の中を混ぜられたみたいに気持ち悪くなった。
「後は陽の光に触れないことだね。日が沈んでからの力加減は慣れていくしかないね」
「君が戻るまでは夜は大人しくしているさ。下手に暴れでもしたら、本当に禁書庫行きになりかねないからな」
そうは言いながらも、本人はどこか楽しげに見える。
レーテは少し呆れ顔だし、二人で一体どんな話をしたのやらだ。
まあいいや。ルクレツィアに義兄さんのことも頼んだし、村に戻って姉さんにこのことを伝えないとな。
オレとカルロ、ダネルはそれぞれの荷物を担ぐ。
「ネエちゃん、本当に手ぶらでいいのか? オッサンの村、遠いんだろ。服だって動きにくそうなヒラヒラした格好だし」
「私は寝る必要も食事を摂る必要もないからね。服も別に旅支度にする必要もないから、着慣れた格好でいれば大丈夫さね」
旅支度に身を包んだオレたちとは違って、レーテはヒラヒラした旅に向かない服を着ている。
デカブツを素手でぶっ壊したり、オレの血を吸ったり、普通の体じゃないことは分かっていても見ていて不安にはなるんだろう。
まあ身軽な分、何かあったら担いじまえばいいから、それでいいっちゃいい。
ルクレツィアに言いたいことは言ったし、これ以上ここにいる必要もねえな。
「じゃあ、行って来る」
さあ、村へ帰ろう。