46話 ルクレツィア教授からの依頼−1
ダネルが村の位置を地図に書き込み、レーテがそれについてあれこれ聞いている。
オレは字が読めないから何を書いているのかわからなかったが、どうも村までの道を詳しく書き込んでくれている、らしい。
「しかし本当に妙だな。黒の氏族だけじゃない、緑の村まで詳しく書き込まれてる。他の村や町へはおおよその情報しかないのに、何で竜種の村だけ……」
「竜種か行商人が使ってたんだろ、だから竜種の村だけあれこれ書いてあるんじゃねえのか?」
「だとしても詳細すぎて気になると言うか」
「そこまで気にすることでもねえだろ。」
何をそんなに気にすることがあるってんだ?
「ダネル、ここにいたのかい」
猫種の女が部屋の中に入ってくる。名前なんつったっけか?
「ルクレツィア教授、医務室に来るなんて珍しいですね」
「君を探していたんだが、学生たちが君が決闘をして負けて運び込まれた、と聞いたんでね。具合はどうかな?」
負けた、という言葉に顔を引き攣らせて反応するダネル。
学生って、見てた連中だよな。オレが勝って見えたってことか? ぃよっし!
思わず拳を握りしめてしまう。
「負けてません、引き分けでした。教授こそ僕に用って何かあったんですか?」
「体調が問題ないなら、資料整理を手伝ってもらおうと思ったんだが、取り込み中かな?」
オレたちを見てルクレツィアが首を傾げる。
「彼ら、ここの学生じゃないよな?」
「教授、昼に解呪の依頼できた人達です。ほら、紹介状を持ってこられた」
「レオナルドからの紹介状で来た連中か。そういえば、彼女が検体だったな。それがこんな所で何をしてるんだ」
「彼の故郷への行き方を地図に書きこんでいたんです」
ルクレツィアがオレたちに近づき、地図を覗き込む。
「……なあ、この地図、私に売ってくれないかな?」
「やなこった。オレが帰るのに必要なんだ。誰が売るかよ」
「言い値で買ってもいいし、これと同じ地域の地図の最新版も付ける。それでもダメかい?」
「地図はカルロが安く買ってくれたし、その最新版に青の氏族の村への行き方が書いてあるのか?」
狭い額に手を当て、ルクレツィアが頭を振る。
「ダネル。彼を説得してくれ」
「教授こそ、どうしてこの地図をそんなに欲しがるんです」
「言わなきゃダメなのか、それ」
ダメだろ。意味もなく大事な物、誰が渡すかっつうの。
「ダネルは学生だしな。彼らは学外の人間だし……いや、むしろ噂にでもした方がいいのか。言うなって言われてないし」
「帰ろう。嫌な予感がする」
ダネルがベッドから降り、オレに地図を渡す。
「そんな嫌そうな顔するな、ダネル。話しをするだけだろう」
「教授が話しを持ってくる時は碌でもない時じゃないですか。お願いだから面倒なことに巻き込まないでください」
「面倒も何も、君みたいな竜種に関わることかも知れないんだぞ」
竜種に? どういうこった?
「竜種の人身売買と人体実験。それについての調査が学院長から、全教職員に調査通達が出ている。彼の持っている地図、それに関係するかもしれないから譲って欲しいんだ」
人身売買? 人体実験? 何を言ってやがるんだコイツ?
「オイ、ダネル。コイツ何言ってるんだ?」
「教授それは何の冗談ですか? 奴隷も含めた人身売買も人体実験もこの街の法で、学院の規則で禁止されているじゃないですか! あり得る訳がない」
「それがあり得たから、学院内で問題にされてるんだ。彼も竜種だし、検体の彼女とも話をしたい。私の研究室で話しをしようじゃないか」
ルクレツィアの研究室とかいう部屋にオレ、レーテ、カルロ、ダネルが通される。
部屋の中は壁に床に本とやらが積まれ、山になっていた。体の小さいレーテやカルロはまだいいが、オレには窮屈だし体や尾が周りに触れて、積まれた本を崩しそうで落ち着かない。
部屋の主のルクレツィアは、そんな本の山に埋もれた椅子に腰掛け、オレたちを見る。
「一月程前、丁度、学生が長期休暇に入った頃か。学院の研究棟で胸に奴隷印を刻印された竜種の男が見つかったんだがな」
ルクレツィアは声を潜めるように、低い声で続きを語る。
「いや、恐ろしいものだよ。両目と喉を潰されて、内蔵もいくつか抜かれてた。何をしようとしていたのかは知らないが、見つかった彼はまともな生活には戻れないだろうな」
恐らくその竜種を見たんだろう、ルクレツィアは肩を抱いて体を震わせる。
「教授、その、見つかった竜種の鱗は何色でした?」
「鱗の色? 確か緑だったな」
ダネルが息を漏らす。自分の氏族じゃなくて安心したんだろう。
それはオレも同じだ。自分の見知ったやつがそんな目にあったなんてわかったら、やったヤツをタダでおくつもりはない。
「君等竜種は鱗の色にやたら拘るな。それでだ、その見つかった竜種の男、耳は潰されていなかったからあれこれ話しを聞いてもらって、可能な限りの質問に答えて貰ったんだが、なにかの実験を受けてたみたいなんだ」
「なあ、何で喋れねえのに話なんか聞けたんだ?」
「治療術を専門にしている者、人体の研究を専門にしている者、他にもいくつかの専門家が集まって体の傷から何をされたか予想して、ハイかイイエで答えてもらったんだ。ハイなら手を一回叩く、イイエなら2回叩く、ってね」
なるほどな。耳が聞こえるならそうすりゃ答えられるな。
「それで分かったのが、なにかの実験体にさせられていたということ、音を頼りに外へ逃げたこと。その二つだ。」
「学院内でそんな事が可能なんですか? 全ての研究室は管理部門に管理されているから、入退室があれば記録が残るじゃありませんか?」
「そう思うだろう? そこでこの学院最大の問題点が出てくる。何ものも拒まず、何ものも追わず、それがこの学院の信条だ。学外の者が学院内にいても大きく咎めないのは、そのせいだ。でなければ、ダネル以外がここにいる時点で人を呼ぶなり呼ばれるなりしていることろだ」
オレたちを指差し、息を一つ吐く。
「ごくごく普通の、ありきたりな格好さえしていれば、この学内は思っているより自由に出入りできるんだ。学内の出入りを制限した所で生徒数が多すぎて、学生服でも着て来られたら学生なのかそうじゃないのかなんて、見分けも出来やしない」
学生服ってのは、ダネルが来てる服みたいなやつか。そういやここのやつ、みんな似たような格好ばっかりだったな。
同じ服着てりゃ怪しく思われねえんなら、胸に印があろうがなかろうが、どこの誰とも知らないやつだろうが簡単に出入りできるってことか。
「だから釘を刺す意味もあるんだろう、全教職員に調査の通達という訳だ。まあ、やり方については言われてないから、私はダネルにお願いしようかなと思ったんだ」
全員の視線がダネルに集まる。
「ぼ、僕が? 教授の専攻の生徒でもないのに?!」
「そう言うなって。普段からあれこれ手伝ってくれてるんだ、私の生徒の一人みたいなものだろう? それにほら、今回は危険があった時のために手伝いも付けるから、いいだろ」
そう言って、俺を指さした。
今度は俺がみんなの視線を集める番だった。
俺がダネルの手伝いだ?