４３話 迷子の迷子の
「オッサン、おかわり！」
「あいよ！」
カルロの突き出した皿を受け取り、大皿の料理を取り分けてやる。
「僕はそっちの魚と蒸し野菜をよそってくれ」
「はぁ？ なんでテメェの面倒見てやらなきゃならねえんだよ。第一なんで一緒に飯食ってんだ！」
「施術をしたのは僕だぞ。多少の労いはあっていいだろう」
その言葉を言われると、こっちは何も返せなくなる。
確かに胸の印を消してくれたのはダネルなんだけど、なんつうか、こう、な。
「ほらよ」
言われた料理を突き出された皿によそってやる。量を少し少なくしてやったのは、オレの抵抗ってやつだ。
クッソー、さっきから取り分けてやってばっかりで、オレがろくに飯食えてねえ。
「二人共、そろそろゴーヴァンに食事をさせてやっても、いいんじゃないかね」
パンを一口にちぎりながら食べていたレーテの言葉が、これ以上無いくらいありがたく感じた。
「取り分ける度に牙を向いて、そのうち二人のどちらかに噛み付いてきそうでね」
口元を隠して、オレの顔を見ながらクスクスと笑う。
コイツ、オレを見て笑いこらえてただけかよ！
「しょうがねえなあ。じゃあオッサン、食ってもいいよ」
「ぃよっしゃぁ！」
一番近くの魚の乗った大皿を近くに寄せ、一気にかぶりつく。
冷めてきてはいたが、口の中に香草の香りと魚の旨味が一気に広がる。
「うっめえ！ やっぱ飯ってのは食うもんだよな！」
スープの入った皿を手にとって、具も汁も一気に流し込む。
まだ塊のままの肉を手にとって、口に頬張れるだけ頬張る。目の前でお預けくらってた分、余計上手く感じる。
「まるで獣の食事だな」
「ウルセェ、腹減ってんだ。食えるもん好きに食って何が悪いんだ」
「オッサンが飯ガッツキすぎだからだろ」
ガッツキすぎ？ オレが？
「私は食べっぷりが気持ちいいから、気にしてはないかったけどね」
ほら、気にする必要はねえじゃねえか。
「ダメだぞネエちゃん、そうやって甘やかしちゃ。食事の仕方が汚いと品がないってバカにされるって、孤児院でオレ何度も言われたもんん」
「お前みたいなのと一緒にいると、一緒にいる側が恥をかくんだ。少しは考えろ」
我慢だ、オレ。飯食い終わるまでは我慢だ。
「ところで皆さん、この後はどうされるんですか？」
「おれは仕事探しかな」
「私は特に目的はないね。まあ、ゴーヴァンについて行って竜種の村にでも言ってみようかね。」
レーテの奴、まだついてくる気でいやがったのか。
「オレは故郷に帰る……前にだ。オイ、ダネル。オレはまだテメェから村に帰る道、聞いてねえぞ」
「地図屋に行って地図を買ってこい。そうすれば教えてやる……地図の見方わかるのか？」
わかんねえ。そもそも地図なんて見たこともない。
ヤベェ、オレ帰ろうにも帰れないってやつか？
「その顔、どうするかまるで考えてなかったな」
「う、ウルセェ！ テメェが村からここまで来れたんだ、オレだって出来らあ」
なんで三人共オレを優しそうな目で見てんだよ。
「ゴーヴァン、私が地図の見方と村までの行き方を教わるからね。安心のおしね」
「オッサン、近所の店に行くのと同じ感覚で物言ってないか？」
「言っておくが、獣道のようなところを通っていくから、知らずわからずでいくと本当に迷うぞ」
「オイ待てよ、じゃあダネルはどうやってこの街に来たんだ？」
考えなくたってわかる。オレの住んでた村がそんな分かりにくいような場所にあるなら、村から来たこいつはどうやって来たのかって話だ。
「僕は青の村に出入りしてた行商人についてこの街に来たんだ。来る時にどこを目印にして進めばいいか聞いたし、黒の氏族の村はこの街から山一つ越えた先の村と交流がある。その村を目指せばどちらの村へも行ける」
じゃあオレ、レーテが地図の見方を覚えるか、ダネルに連れて行ってもらわなきゃ、村に帰れねえってことか？
待て、村に来てた行商人がいるじゃねえか。
「じゃあ、その行商人に会えば済む話しじゃねえか。どこのどいつだ、そいつ」
「さあな。この辺りにある町や村を回っているって話しをしたが、今はどこにいるのやらだ」
オレ本当に帰れなくなってないか？
「本当に何も考えていなかったんだな。これだから青は何も考えていなくて嫌なんだ」
「小難しいこと並べて賢くなった気でいる黒が何行ってやがる」
「賢くなったじゃない、多くが僕のように学びに出て知恵を増やしていっているんだ！」
「考えてねえだ？ んなわけねえだろうが！ どうすりゃ相手を倒して自分が生き残れるか考えっぱなしだっつうの！」
「そのくせ交換条件で僕ら一家を欲しがったてことは、突進して怪我するしか無い馬鹿の集まりってことじゃないのか！」
「テメェ、青の氏族をバカ呼ばわりするなんざ言ってくれるじゃねえか！」
いつの間にか立ち上がって睨み合ってた。
いっそ放り投げて二、三発殴ってでもやろうか。
「しかしゴーヴァンとダネルはそんなに言い合うなら、いっそ決闘とやらでもしてみるかね？」
オレとダネルはレーテを見る。
レーテのやつ、突然何言い出しやがるんだ。
「ほら、こういう場合、昔話だと騎士と騎士が決闘したりするだろうさね。そう言うのは実際にはやらないのかね？」
決闘、じゃないがどちらが強い戦士かを決めるために、戦士同士が戦っていたのは見たことがある。他の戦士に戦いを挑まれ、義兄さんが相手を返り討ちするのを、尊敬の眼差しで見ていた。
「そりゃ村じゃどっちが強いか、ってのは決めてたけどよ」
ダネルを見る。
細い。剣なんて使わずに、全力で殴るだけで終わっちまいそうなくらい細くて弱く見える。
「一発殴れば終わりだとか思ってるだろう」
あ、バレてら。
「そりゃそうだろ。テメェみたいな細っこいのなんざ、剣も使わず殴って終わりだろうが」
「確かに力や剣の腕では敵わないがな。魔術の腕でならお前一人どうということもない」
「言ってくれんじゃねえか。ならオレとヤるか？」
「こんなところでやり合う訳がないだろう」
「チッ、口だけかよ」
「言っておくが、やらないとは言っていないぞ。場所を変えようじゃないか」
場所変えるだ？
「学院に魔術士用の決闘場がある。そこで白黒つけてやる！」
「おもしれえ、やッてやろうじゃねえか！」
いつの間にかオレもダネルも立ち上がって、睨み合っていた。
青の戦士がどれだけ強いか、しっかりかっちり教えてやる！
「なあなあ、オッサンとニイちゃんケンカすんのか？」
「ケンカというか、意地の張り合いのようにも見えるけどね。まあ怪我をしそうなら、その時は私が止めるさね」
