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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第3章 学術都市
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41話 物でなく人であり

「おおっ、広え!」

 オレでも足が伸ばせそうなくらい広い風呂だ。

 明り取り用の窓から日が入り、湯気で煙っている広い部屋の中を明るく照らしている。

「あまりはしゃぐな、周りの迷惑だ」

「他に客なんざ、ほとんどいねえだろうが。大声出さなきゃ大丈夫だろ」

「はしゃいで走り回りそうだから言ってるんだ」

「オッサン、おれたちが恥ずかしいからはしゃいだりすんなよ」

 そう言うカルロも興奮しているのか、尾を大きく振っていた。

 て言うか、テメェらオレのことを何だと思ってんだ。

「ガキじゃねえんだ、そんなはしゃいで騒ぎ回らねえっつうの」

「ならいいんだがな。じゃあ、こっちに来い」

 黒に手招きされ、後をついていく。

 低いすが並んだ場所に行くと、その一つに黒が腰掛ける。

「ここをこうするとお湯が出るから」

 壁から伸びている曲がった鉄筒をいじって、桶にお湯を貯め、オレの方へお湯の入った桶と布を突き出す。

「よし、じゃあ僕の背中を洗って流せ」

「あ゛? ぶん殴れってことか」

「多少はそれらしく振る舞っていないと不自然だろう。その子にどうこうさせるつもりはないが、お前は子供じゃないんだ、少しはそれらしく振る舞ってもらわないとな」

 何が言いたいかは理解した。けど、それをヤッてやる必要なねえよな。

「はっはっは、テメェ、ケンカ売ってんな」

「そんな訳無いだろう。周りから見て自然に見えるよう振る舞えと言ってるだけだ」

 オレ達以外の客は少ないが、たまにオレやカルロのことを見ている奴はいる。

 目立とうが気にはしないが、人のことを自分より下に見ている腹の立つ視線だ。

 カルロを見る。オレは自分のことは自分でどうにかするが、コイツを巻き込むのは良くはないか。

「はいはい、ご主人さま。これでようございますかね」

 背中をこする際、思いっきり爪を立ててやる。

「いっづぁぁあっ! お前、わざと爪を立てたな!」

「いやいや申し訳ありませんね、爪が伸びてきてるもんで。じゃあ、これならどうだっ」

「わひゃっ! や、やめ、あひゃ、そこはっ、ひひゃ」

 爪を立てちゃだめなら、脇腹掴んでやるのはいいよな?

 脇の肉を軽く掴んでやる度に、黒の口から間の抜けた声が飛び出す。

 しっかし全然固くねえ体だな。ちゃんと鍛えてんのか?

「オッサン、結局騒いでんじゃん。二人で遊ぶなら、おれも混ぜろよ」

 カルロも面白がって黒に飛びつく。

「こ、コラっ、ひゃっ、そこをさわるん、ひゃひぃ」

 時折お湯をかけながら、脇や脇腹をオレとカルロの二人で軽く掴んだり、くすぐったりしてやる。

 黒は体を捩らせて逃げようとするが、オレの力から逃げることは出来ず、オレたち二人にいいように遊ばれていた。

 あー、楽しい。

「もういいっ、いいから」

「どうした、ご主人さま? 体中ピッカピカになるまで擦ってやるぜ。なあ、カルロ」

「おう。ニイちゃんの体、おれとオッサンできれいにしてやるよ」

「だから、もういいっ! 二人共体を洗え。大人しくしろ」

 カルロと二人、笑いながら湯をかぶり体をこする。

 面白いしさっぱりするし、風呂ってのはやっぱいいもんだな。

 そういやカルロは犬種だから、体こする時どうするんだ? 手伝ってやった方が良かったりするのか。

「カルロ、お前体こするの手伝っ……てお前細っ! そんな細かったのか?!」

 俺の知ってるカルロと別のカルロが隣りに座っていた。

 服を脱いだ時はわからなかったが、濡れて毛が体に張り付くと飯をちゃんと食ってるのか心配になるほど、腕や足が細かった。

「犬種や猫種なんて、濡れたら皆こうだぞ」

「それにしたって細すぎるだろう」

「おれはオッサンみたいに飯がっついたりしねえの。これくらいで普通なんだろ」

「むしろお前はどうしてそんなに体つきがいいのかが、僕は疑問だ。どういう生活をしていたんだ」

「そういやオッサン体デカいよな。何食ったらそんなになるんだよ」

 黒の言葉に反応し、カルロが俺の腹や背中を軽く叩いてくる。

「オレぁ、あれだ、魔獣相手に戦わされてたんだ。つっても飯なんざたいしたもん食わせちゃもらえなかったから、倒した魔獣食ってた」

 何だお前ら、その信じられないような顔は。

「食った? 魔獣をか?!」

「他に食うもんねえんだから、そうするしかねえだろうが」

「肉や血に毒を持つ種類だっているんだぞ? 食べたら死ぬとか考えなかったのか」

「んなこと言ったって、ちょっと塩といただけの具なしのスープよかマシだろ」

 なに魚みたいに口動かしてんだ? 言いたいことあるなら言えよ。

「おれも魔獣食えば、オッサンみたいにデカくなれるのかな」

「自殺するようなものです、止めてください」

 おい、なんでそんな呆れた顔でオレのこと見てんだ! 本当に食うもの無いから食ってただけじゃねえか。

「ここで話をしていても仕方ないし、湯に浸かりましょう。外にいるレーテさんをあまり長く待たせるもの申し訳ないですから」

 黒が立ち上がって手招きする。

 カルロがその後に続いて立ち上がり、後をついていく。

 オレも行くかと立ち上がろうとした時、カルロが側にいたやつにぶつかった。いや違う、向こうからぶつかって来た。

「大丈夫か、カルロ!」

 カルロが倒れるより早く体を支える。

 カルロは何がおきたのか、わかっていないような顔で目の前の男を見ていた。

「チッ、奴隷がこんな所に来てんじゃねえぞ」

「あ゛ぁ? テメェ突き飛ばしといて何」

 オレが相手に掴みかかってやろうとしたら、黒がオレと相手の間に入ってきた。

「失礼ですが、先にその子を突き飛ばしたのはあなたでしょう。どうしてやったかは問いませんが、ここは謝罪をするのが礼儀というものではないですか」

「このガキの持ち主かよ。奴隷なんぞを風呂に入れてやるなんざ、いいご身分だな」

 こいつ、カルロのこと物扱いしてやがるのか。ふざけんなよ。

「店が許可したことです。あなたにどうこう言われる筋合いはありません」

「店云々じゃねえだろう、薄汚え物持ち込むなってこっちは言ってんだ」

「オイっ! 誰が薄汚え物だ? もういっぺん言ってみろ」

 男の首に掴みかかっていた。

「ふずけんなよ、コイツは物なんかじゃねえ。人だ。ふざけたこと言ってみろ、この首へし折るぞ」

「う……っげ……」

 男が俺の首を叩き続けているが、こんな程度じゃ別に何とも感じやしない。

 手の力を強くする。男がオレを叩く力が段々と弱くなっていく。

「お、オッサン、おれ大丈夫だから。だから止めろって」

「もう止めろ殺すつもりか!」

 カルロと黒の声で掴んでいた男を落ち着いてみる。白目をむきかけ、両手をだらりと力なく垂らしていた。

 ああ、少しやりすぎてたのか。

 手を離すと男はその場にへたり込み、大きく咳き込む。

「こいつはこの通り、少しばかり気が短いんです。あまり何か言われるようなら、次はどうなっても僕は止められませんよ」

 男は捨て台詞も残さず、そそくさと去っていく。

 少ないながらも周りにいた客の視線がオレたちに集まっている。

「何見てやがる! 見世もんじゃねえぞ!」

「もう黙ってろ。帰って目立つ」

 黒に腕を引っ張られ、半分無理やり風呂に入れられる。

 ……はあ、気持ちいい。しかもここ、広いから尾まで伸ばせるじゃねえか。

 間にカルロを挟んで三人並んで風呂に浸かる。

 そうだ、こいつに言うことは言っておかねえとな。

「ゴーヴァンだ」

「何がだ」

「俺の名前だよ。お前だのコイツだの呼ぶんじゃねえっつうんだ」

「なら僕の名前も覚えろ、ダネルだ」

 ダネル、ね。

「さっきはカルロのこと、ありがとな」

 カルロの頭を軽く撫でてやる。

「礼を言われるほどのことじゃない。子供がああ言う目に合うのが、我慢できなかっただけだ。なにより」

 ダネルの視線が俺の方へ向く。

「ゴーヴァン、お前がいなければ止められなかった。結局の所、力に物を言わせた方がいい時はある。嫌味でも何でもなくな」

 お互いに黙る。沈黙が重い。

 何を喋ったらいいのかわからないし、この後どうしたらいいのかもわからず、黒、いやダネルも一緒なんだろう、黙って湯に浸かっているだけだった

「うひゃっ!」

「わひゃっ!」

 突然脇腹を突かれ、二人揃って間の抜けた声を出す。

「カルロ! オメェ何しやがる!」

「何二人共暗い顔してんだよ。おれはさ、あんなの気にしてないって」

 笑顔を作るカルロ。

「たしかに最初は驚いたけど、ああ言うのもさ、胸のこれが消えればなくなるんだろ? だったら今だけ、ちょっとガマンすればいいだけじゃん」

 オレの胸の印を軽く叩くカルロ。

「そうしたら、またこここようぜオッサン。今度はおれがオッサンの体洗ってやるよ」

「それはいい。その時は僕も手伝いますよ」

「やらなくていいぞ。特にダネル、テメェやられたことやり返すつもりだろ」

「当たり前だ。やられたままでいられると思うか?」

 うわ、嫌な笑い方しやがる。

「おいダネル、テメェのほっそい腕でオレがどうこうできると思ってんじゃねえぞ」

「僕一人じゃなければどうこうできるだろ。 ねえカルロ君」

「おれとニイちゃん二人がかりじゃ、オッサンも逃げられねえだろ」

「ズリい、いきなり二人がかりかよ」

 笑いながら話すカルロを見て、安心する。というか、気持ちが安らぐ。

 コイツの笑顔が、少し前までの煮え立ちそうだったオレの心を落ち着けてくれた。

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