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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第3章 学術都市
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40話 胸の印

 昨日の夜は、眠ったんだか眠れなかったんだか、自分でもよくわからなかった。

 竜種二人が狭い部屋で寝てるもんだから、尾が当たったの当ててないだのの言い合いで、朝まで過ごしてた気がする。

「ところで、昼までは何をしていればいいのかね?」

 朝飯を食いながら、レーテが黒に話しかける。

 そういや、昼までは何してりゃいいんだ。

「特に指示は受けていませんので、行きたい場所や見たいものがあればご案内します」

「何か、珍しいものとかあるのか?」

「そう言われるとありませんね。この街は商いを生業としているもの以外は、大抵は魔術士や研究者です。街の施設も市場や店舗、住宅を除けば、研究施設や魔導具の工房ばかりなので」

 つまりは暇ってことか。

「教授だっけか? そいつにもっと早く会えねえのか?」

「無理に決まってるだろ、今日の午前中は講義二本で潰れてる。午後は魔導工学の研究会に出席されるから、下手をすれば夜まで会えないんだ。昼しか予定が空いてない時点で、少しは考えろ」

 コイツ、オレに対してだけ扱い悪いな。

「なら時間はあるのだよね? それならゴーヴァンを洗って欲しいのだけど、いいかね」

「洗って欲しい? その辺の池か川にでも沈めればいいですか?」

「テメェこの野郎、ケンカ売ってんのか」

「オッサンもニイちゃんも、飯食ってる時に止めろよ」

 一番年下のカルロに言われるとは。

 とりあえず口にもの詰めといて、コイツと口きかねえようにしとこう。

「それで体が綺麗になるならいいんだけどね。そう言うのじゃなくて公衆浴場みたいな、大きな風呂はないのかね?」

「ありますよ。ここからそう遠くない場所になります」

「じゃあそこに連れて行ってくれないかね。ダネルには申し訳ないんだけど、ゴーヴァンに付き合ってくれないかね」

 おお、露骨に嫌な顔しやがる。

「なあネエちゃん、オレも行っていいか?」

「ああ、いいとも。ダネルに連れて行って貰いなね」

「ま、待ってくださいレーテさん。その子はともかく、コイツもですか?」

「オレだってコイツと風呂なんざイヤだぞ」

 風呂に入るのはいい、あれは気持ちよかった。でもコイツと一緒にってのはゴメンだ、せっかくの気分が台無しになりそうだ。

「とは言ってもね。胸の印、人にはあまり見せない方がいいんだろう」

 レーテがカルロを見る。

 カルロは自分の胸に触れ、目をわずかに伏せる。

「これは人に見せるなって、よく言われた」

「すいません、どういうことなんですか胸の印って?」

 三人でそれぞれの顔を見回す。

 カルロは、本人が見せないなら見させないほうがいいよな。しょうがねえ。

「ホラ、見ろよ」

 服を捲り上げ、胸を見せてやる。

 胸の印を見て黒が何かを察した顔をする。

「ひょっとして、この街に来たのはコレを消すため、ですか」

「そうだね。二人の胸の印を消すために、紹介状を書いて貰って来たのさね」

「それは正しい方法ですね。普通に解呪依頼を出すだけだと、予約空き待ちか当分待たされるかのどちらかです。学院関係者なら一般用とは別の施設が使えますから、解呪の出来る者さえ確保できればすぐにでも消せるでしょうね」

 てこは、本当に消せるのか?

「待った。コイツを消すのに死ぬとかないだろうな」

「奴隷印は心臓に直接書き込まれたものだから、何の設備もなしにやればその可能性はあるが、設備の整った場所でやるんだ、そんな事があるわけ無いだろう」

 よっし。

 思わず小さく拳を握りしめる。

 カルロも自分の胸に触れ、どこか安心したような顔をしていた。

「この街に来た理由はわかりましたが、なんでこんな午前から風呂に入るんですか?」

「ああ、それはね」

 レーテがオレの方を見る。

「そろそろ必要な頃でね。今夜にでもお願いしようと思ったんだけど、ダネルがいつまでいてくれるかわからないからね。案内を頼める内に、風呂に入って体を綺麗にしてほしかったのさね。」

「必要? 今夜?」

 げっ、血ぃ吸うつもりか。

 思わず首筋を手で抑えてしまう。

 黒は何を思ったのか、察した顔でレーテを見た後に、オレの顔を汚いものを見るような目で見てきた。

「必要って、ネエちゃんとオッサン、何かするのかよ」

「ああ、その為にゴーヴァンを買ったようなものだからね。たまに相手をして貰っているのさね」

「あ、ああ。まあ人の趣味なんて、それぞれ、ですからね」

「コラそこの黒、変なこと想像してんじゃねえぞ! レーテ、オメェも勘違いされるような言い方すんじゃねえ!」

 完全に、オレのこと変態野郎だと思われたぞ。

「仕方ないだろう、こればっかりはゴーヴァンにお願いするしか無いのだからね」

「なあ、オッサンにしか出来ないって何してんだよ」

「カルロ、お前は聞くな。」

 レーテのせいで、この後は飯を食い終わるまでカルロの質問攻めと、黒の視線が違う意味で辛かった。なんでオレ、こんな目にあってるんだ?

 ようやく朝飯を食い終わった後、黒について街をしばらく歩き、風呂屋の入り口でレーテが立ち止まった。

「じゃあ、私はここで待ってるからね」

「オメェは入らねえのかよ」

「この服ね、一人だと脱ぎ着するのが大変なのさね。今朝だって、カルロが手伝ってくれたのだからね」

「だったらもっと楽な服に着替えろよ」

「レオナルドのところで来てた服が、こういうのばかりだったからね。この格好の方が落ち着くのさね」

 そんな理由でヒラヒラした格好してたかよ。

 服なんて動きやすけりゃ、それでいいと思うんだけどな。

「金は何かあったときのために、カルロに預けておくからね」

「無駄遣いしないで、ちゃんと預かっておくからな」

 コイツなら一人でも、万が一のことはないと思うが、本当に大丈夫か?

「そんな心配そうな顔をしないでおくれね。流石に、こんな明るいうち、人通りのある場所で馬鹿なことをやる輩もいないだろうさね」

「この街の治安の良さは保証しますよ。けど、本当に一人で待っているんですか?」

「待つのはそこまで苦じゃないのでね。気にせず行っておくれね」

 レーテに見送られ、男三人で風呂屋に入る。

 黒が店番と話をし、カルロが財布から金を支払う。

「二人の事情は理解してますから、僕と一緒にいてください」

 カルロに話した後、店の奥へ入っていくので後をついていく。

「しっかし細っこい体だな、テメェは」

「お前が幅がありすぎるだけだ」

「おれから見たら二人共でっかいけどな」

 まだ子供のカルロはともかく、コイツはこの背丈で横幅なさすぎだろ。

 服を脱いで体を直に見ると、やけに細く感じた。

「カルロはこれから、いくらでも背なんざ伸びるだろ」

「でもオッサンくらい大きくなると、着る服困りそうだよな」

「そうそう、何事も程々が一番ということです」

 この野郎、本当にケンカ売ってんじゃねえだろうな。

「ウルセェ、戦士がヒョロヒョロの体でやってけるかってんだ」

「僕は戦士としてやっていくつもりはない。技師として、この街の技術を村に持ち帰るんだ。ああ、現金は向こうに鍵のかかる戸棚がありますから、そこに入れて鍵をかけてください」

 カルロが金を仕舞いに行くと、黒がオレの胸の印をじっと見てくる。

「本当に奴隷印を入れられてるんだな」

「ハッ、無様っだて笑いてえのか」

「逆だ。その印を入れられて性格を、変えられていないことに驚いてる。普通はその印を刻まれると、他者の命令に従いやすくなったり、性格的にも従順になりやすくなる。あの子もレーテさんに対しては随分と大人しいだろう」

 鍵相手に苦戦しているカルロを見る。

 確かにオレに対してはあれこれ言うが、レーテに対しては大人しい気がする。

「あの印は、刻印されたものかどうかを無意識に認識できるんだ。だから印を入れた者同士では、本来の性格で接しられるんだ。もっとも、矯正すれば印を入れた者同士でも大人しくなるらしいがな」

 黒が息を一つ吐く。

「お前みたいに、それだけの傷を受けても性格が矯正されないやつは稀なんだ。精神に対する魔術に耐性が強いか、生来の精神力の強さか。お前の話を教授が聞いたら、変な興味を持ちそうだ」

「オレが強いわけじゃねえよ、義兄さんが強くしてくれたんだ。」

「お前と攫われた青か。そういえば二人攫われたはずなのに、なんでお前しかいない? もう一人は買われなかったのか? それとも他の誰かに買われたのか?」

 言葉に詰まる。義兄さんがいないのは、オレが殺したからだ。

 それをコイツに話す必要があるのか? 話したら、オレを攻めるようなことをいうんだろうか。それとも義兄さんを貶すようなことを言うんだろうか。

 オレは何を言われたって構わない。それは本当のことだし、コイツ相手なら何かしら言い返せる気はする。けど、義兄さんの貶すようなことを言われたら? ああ、その時はどうしてしまうか、自分でもわからない。

「お待たせ。なんか鍵が固くて時間かかっちまった」

 カルロの声を聞いて、考えが途中で止まる。

「何だよオッサン、暗い顔して」

「何でもねえよ。オメェが遅いから、いつ戻るのか待ってただけだ」

 カルロの顔を見て、暗い感情が少しだけ流されたような気がした。

 答える必要なんざねえし、無駄なこと考えるのは止めだ、止め!

 風呂入って、頭の中もスッキリしちまえばいいんだ。

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