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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第2章 港湾都市
35/103

35話 強くなりたいと願い、強くなろうとし

 俺には義兄さんがいた。

 考えてみれば、オレが奴隷なんて立場に心を折られなかったのは、義兄さんがいたからだ。

 オレ一人だったら、ああ、きっと耐えられなかったろう。

「オレが強いわけじゃねえよ。オレは側にいてくれた人がいて、その人がオレを強くしてくれたから、今のオレがいるんだ」

「じゃあ、おれはどうしたら強くなれる? 弟や妹たちのこと守ってやれるようになれる?」

 すがるような目でオレを見上げるカルロ。

 オレがもし義兄さんだったら、もし義兄さんがここにいたら、どう言葉をかけるだろう。

「カルロ、オメェは本当に弱いのか?」

「弱いよ。力が弱いから、大した仕事もさせてもらえないし、スリなんてことだってやってる。盗むのが悪いことだってわかってるよ、でもさ、弟と妹たちに腹いっぱい食べさせてやるのに、他にどうしろってんだよ」

「その弟と妹たちのために何かしてやろうとして、やってんだ。それだけで十分強いだろ。本当に弱いなら、コイツラなんて見捨てて、一人でやってきゃいいんだ」

 カルロは何も言ってこない。

「だからってスリやっていいなんて言ってねえぞ。働けるんなら働きゃいいし、もっとデカくなりゃやれることだって増えるだろ」

「オッサンもおんなじこと言うんだな」

「じゃあオメェはどうしたいんだ?」

「わかんない。でも、強くなりたい……なあ、あのネエちゃん、この街の人間じゃないんだろ」

 空を見る。赤く染まった方角からは離れてると思うが、気は抜いちゃいけねえな。

 それに港が近づいてきてるのか、細い道を通っているのにすれ違う人の数が増えてきている。カルロとはぐれないよう、気を付けねえとな。

「あのネエちゃんとこで、働けないかな」

「あー、そりゃ無理じゃねえかな。アイツ、レオナルドの野郎のとこの居候みたいだし」

「レオナルドって、まさか市長の?」

「そうだよ、そのレオナルドだ」

 カルロの口から年不相応な乾いた笑いが出る。

「じゃあ無理だ。市長がケチなのなんて、俺らみたいなガキだって知ってら……オッサンはさ、無事に帰れたら市長のお屋敷に行くの?」

「レーテがどうかは知らねえけど、オレはこの街を出るつもりだ」

「どうしてだよ。市長のお屋敷にいたほうが、楽な暮らしができるんじゃないのかよ」

 話していいものか悩む。いや、カルロには話した方がいい、そんな気がする。

「学術都市ってとこで胸の印が消せるらしい。そこでコイツを消したら、故郷の村に帰るつもりだ」

「そっか、オッサンはこれ、消してもらえるんだ。帰る家もあるとか、結構幸せなんじゃん」

 お前も来るか、とは言えなかった。カルロは弟と妹たちを置いていくことは出来ないだろうし、オレ自身が子供4人も連れて旅ができる自信はない

 それに幸せか。義兄さんを殺して生きてるオレが幸せ呼びとは、知らないとは言えとんだ皮肉だ。それともコイツは、今あるものを捨てられれば幸せになれるのか?

「ならカルロ、オメェついて来るか?」

「え?」

「オレについて来るかって聞いてんだ。ただし何かあったときに、オレは子供4人も守れる自信はねえ。連れて行けるのはオメェだけだ」

 なに子供相手に意地の悪いコト言ってんだオレは。

「おにいちゃん、どこかいっちゃうの?」

 カルロが手を引いている子が、不安そうな声を出す。

「大丈夫だよ。家に帰るまではちゃんと一緒だ」

 手を引いたこの頭を撫でてやった後、カルロの視線がオレの目を捕らえる。その目はどこか強い、睨みつけるような視線だった。

「オッサン、いま言ったこと忘れんなよ」

「どういう意味だよ」

「意味もなにもそのまんまだよ。無事にこいつらを家に連れて帰ったら、オッサンとこに行く。」

 オイオイオイ、突然なに言い出してんだコイツは。

「そりゃ、本気で言ってんのか?」

「教導会の司祭様に皆のことはお願いする。この街の孤児院、あそこだけじゃないから、他の場所に入れてもらえるようお願いする。今日、あのネエちゃんに貰った金があれば、しばらくはやっていけるはずだから……目先のことだけ考えればいいおっさんと違って、おれは考えなきゃいけないことが多いんだよ」

「そうじゃねえ、オレについてくるって事は、この街を出るってことだぞ」

「わかってるよ、そのくらい」

 その声は随分と落ち着いていた。

「みんなを残すのは、不安だよ。けどこの印のせいで、何もなかったわけじゃないから。もしコレが無くなって、それで仕事ややれることが増えるなら、おれはその方がいい」

 牢に閉じ込められていたオレよりも、人の中で過ごしていた分、カルロの方が他の連中からつらい思いをさせられてはいたんだろう。

 同じ印を刻まれたのに、オレとカルロは似ているようで、全く違う生き方をしていたんだ。

「十分強えじゃねえかよ」

「んなわけねえよ。」

 コイツはオレにとっての義兄さんがいなかったのに、こうなれたんだ。ガキの頃のオレなんかより、イヤ今のオレよりも心根はずっと強い。

 いま手が使えたら、こいつの頭を撫でてやりたいところだ。まあ、そんなことしたら噛み付いてくるんだろうな。

「この辺から倉庫街だから、もう少し行けば港だよ」

 周りの建物の形が今までいた場所とは違うものに変わっていた。

「ここを越えれば港なんだな」

 カルロが頷く。

 すれ違う人の数はどんどんと増えていく。

「カルロ、オレから離れるな」

「オッサンみたいなうすらデカいの、見失ったりしねえよ」

 減らず口叩けるんなら大丈夫だな。

「ゴーヴァン、無事だったんだね」

 頭上から聞こえた声の方を見ると、建物の屋根の上にレーテがいた。

「おうよ! オメェも無事みてぇだな」

「なんとかね」

 そう言うと屋根の上から飛び降り、俺達の前にふわりと着地する。

「ネエちゃん、エレオノーラは?!」

「すまないが途中で巻いて来た。今どこにいるかは、わからないね。」

 カルロから顔を背けてそう言う。その言葉でエレオノーラがどうなったかは、おおよそ想像がついた。

 カルロ達の顔が曇るが、気にせずにレーテは言葉を続ける。

「サラマンダーはね、湿気の多い場所や水場を嫌うのさね。港なら海に面しているから、ここから逃げるのに猶予が持てるからね」

「逃げられる場所があるのか?」

「ここに来るまでに城門のある場所をいくつか見てきたけど、封鎖されてたね。だから、城壁を登る」

 登る? 城壁をだ?

 腕に中の子供を、カルロ達を見る。流石にこの数を抱えて壁登りなんざ、無理だ。

「ゴーヴァン、何を考えてるのかわかるけど、心配は不要さね」

 レーテがオレの背を叩く。火傷をしてるせいで声が出そうになるが、なんとかそれはこらえる。

「私が全員連れて行くのだからね」

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