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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第2章 港湾都市
31/103

31話 穏やかな昼下がり

 昼になった。空の高い場所で光る太陽が、いつもより明るく感じる。

 これで自由だ。本当の意味で自由だ。そう考えると朝飯は特段美味かった。

 人のことを物扱いしてきたクソッタレな印ともこれでおさらばだ。

「よぉし、さっさと行ってさっさと消してもらおうぜ」

 建物の中に入り、おそろいの裾の長い服を着た一人にレーテが声をかけ、何かを説明する。レーテがどこかへ案内されるので、後をついていくと椅子と低いテーブルのある小さな部屋に通された。

 部屋に通され椅子に座って少し待つと、フードを深く被った奴が部屋に入ってきて向かい側の椅子に座る。

「服を脱いで、胸の印を見せていただけますか」

 言われたとおりに服を脱ぎ、胸の印を見せる。やっぱり目につくといい気分はしねえな、コイツは。

「奴隷印を消す方法を説明させていただきます」

 オレの胸に手をかざし、レーテを見る。

「この印は心臓に刻印されたものが胸に浮き上がっています。ですので心臓へ直接解呪を行うのですが、ここの施設で出来る施術では負担が大きいです」

「負担が大きいというのは?」

「心臓へ直接術をかけますので、最悪心臓が停止します」

 は?

「それは……死んでしまうのではないかね?」

「はい、そのとおりです。ですので、その危険性を加味した上で施術をご検討ください」

「ちょっと待て! それじゃあ死ぬか消せるかのどっちかしかねえじゃねえか!」

「消せはします。生命の保証ができないだけです」

「死ぬんじゃ意味ねえだろうが!」

 思わず牙を剥く。

 目の前の奴が椅子に座ったまま後ずさる。

「ゴーヴァン、この人にそれを言っても意味はないだろう。すまないが、安全に消す方法はないのかね?」

「学術都市であれば解呪専用の設備もあると思いますが、今からここで用意しようとすると時間も費用もかかるかと」

 ここに来たのが無駄だったってことか?

「じゃあ、どうしろっていうんだよ」

「当初の予定通り、レオナルドに紹介状を書いてもらって、学術都市に向かうのが手っ取り早そうだね」

「どこで施術を行うかはそちらにお任せいたします。ご依頼いただければすぐにでも」

「死ぬか生きるかしかねえならやらねえっつうの」

 そういうのは生きるか生きるの時にだけ言えよ。死ぬかもしれねえってのに誰がやるか。

 思わずため息が出る。

「そうですか、では失礼いたします」

 フードを被ったやつが部屋から出ていく。

「チクショー、やっとこれとおさらば出来ると思ったのによ」

「消す方法がないわけでないし、そこまで落胆しなくても良いだろうさね」

「ハッ、オレぁコイツをさっさと消して故郷に帰るんだ。そうすりゃ、オメェともさよならだ」

「おや悲しいね。私はずっと、一緒にいてもらうつもりなんだがね」

「人の血を吸いたがる奴と一緒にいるなんざ、ゴメンだ。いっぺんあの感覚を味わってみろってんだ」

 あー思い出すだけでもイヤだイヤだ。

「そこまで嫌がらなくても良いと思うんだがね。ああ、でもそうだ。ゴーヴァンが故郷に帰るのなら、それに着いていくのもいいね」

「は?」

 脱いだ服を着ながら、変な声がでる。

「ゴーヴァンの故郷なら、同じかそれより強い勇士の一人や二人くらいいるだろう。それならゴーヴァンの血だけに拘る必要はなくなるからね」

「来んな。絶対に来んな」

 こんな毒持ちの血を吸う化け物なんか連れて帰ったら、村の皆に迷惑以外の何物でもねえだろ。

 もういい、飯だ。飯食いに行く。

「そんな無体なことを言わないでおくれね。長いこと一人だった老人がようやく楽しみを見つけってのに、酷いものだね」

「こういう時だけ年寄りヅラすんじゃねえ」

 だいたい楽しみってなんだ楽しみって。まさか血を飲むことか?

「冗談さね。年取らない化け物だもの、一つ所に居られないことくらいわかってるさ」

 立ち上がり、フードを直す。

「それでもね、まだ短い間だけれどゴーヴァンといて、誰かと一緒にいるのは良いものだと、そう思いだしたのさね」

 オレも立ち上がる。そばで並ぶと、相変わらず小さい体だと思った。

「オレの故郷についてくるって話、考えといてやるよ」

「おや、いいのかね?」

「考えとくだけだ。もしも来るにしたって、絶対に、村の奴らに噛みつくんじゃねえぞ」

 絶対に、のところを特に強く言っておく。イヤ、そんな良い笑顔されたって信用はしねえからな。

 日の光ってのは気持ち次第で鬱陶しくなるんだな。

 建物の外に出た時、ふとそんなことを思った。

「で、何が食べたいのだね?」

 そう言われると、何を食おうか迷う。

「まだゴーヴァンの食べたことのないものがあるから、それを食べに行こうかね」

「お、なんか美味いものでもあるのか?」

「菓子の類いはまだ食べたことはなかったろう? 広場の方に露天があったはずだから、行ってみようかね」

 なんだなんだ、そんなに美味いものでもあるのか?

 広場を目指してレーテの横を歩いていると、人の脇腹を突然触ってきた。

「ひひゃ! な、何すんだ突然!」

「本当に食べることが好きなんだね。あまり食べすぎて、太ったりしなければいいのだけどね」

「オレが太ったら何かあんのか」

「太った人間の血は脂こくて喉に絡まる感じがするんのさね。ゴーヴァンには今の血の味でいてほしいから、極端に体型を変えるようなことはして欲しくなくてね」

「血の話かよ!」

 いっそ太ってやる……のはオレが一番イヤだな。太った戦士なんて、そもそもまともに戦える気がしねえ。

 かと言って腹が減るのは、どうしようもねえしな。食える時にちゃんとくっときたいが、コイツに血を吸われるって考えると、なあ。

「私にとっては大事な食事だからね。前に話したけど、噛みつかずに血を飲む方法があるなら私はそうするよ」

 傷をつけると血の出やすい場所ってのは確かにあるし、深い傷を負っても大丈夫な場所だってある。

 が、問題はその場所だった。

「腿とケツなんだよな」

 腿は傷の大きさの割に血が多く出る。ケツは肉が厚いから傷を負ってもまあ、どうにかなるだろう。

 問題は血を吸われてるときの見た目がイヤすぎる。

 下だけ脱いでコイツ跪かせて腿舐めさせるとか変態じみてて嫌だし、ケツ舐めさせるのはイヤとかどうとか以前の問題すぎる。

「私は血を飲ませてくれるなら、体の部位はどこでも構わないのだけどね」

「オレが構うんだよ。そもそも血を飲まないっていうのはねえのか」

「それは難しい注文だね。血を飲まずに居続けると、飲みたくて仕方ないという衝動にかられてね。最悪、手近な何かに襲いかかりかねないのさね」

 コイツがあの馬鹿力で襲いかかってくるのを想像する。そりゃ確かにゾッとしない話だ。

「手近なってのは誰彼お構いなしってことか」

「そのとおりさね。人でも獣でも魔獣でも、手近にいる血のある相手ならね」

 人でも獣でも魔獣でも、か……ん、獣でも魔獣でも?

「オメェ獣や魔獣の血も飲めるのか?」

「私は血なら何でも大丈夫さね。毒を飲んでも死なないからね、有毒の血だって」

「よっし、なら解決だ。オレの血はもう飲むな」

「いきなり何を言い出すのだね」

 何の血でもいいってんなら、オレじゃなくてもいいってことだよな。こいつの言ったことは。

「何の血だっていいんだろ? ならオレが獣でも魔獣でも狩ってやるから、その血を飲め」

「確かに何の血でも食事には出来るけどね、獣や魔獣の類いは毛や羽が生えてるだろう。あれ、口に入ると気持ち悪いのだよ。それにね、生き血かそうでないかで味が全然の違うのだがね」

「毛や羽くらい口でもゆすいでガマンしろ。オレが血ぃ吸われてあんな思いするくらいなら、狩りに行く方が万倍ましだ。むしろ喜んで行く」

 狩りなんざガキの頃、義兄さんと一緒に行って以来だが、感覚と教えてくれたことは覚えてる。血を吸われるあの不快感が比べりゃ、喜んで行きたいくらいだ。

 レーテはあーだこーだと文句を言ってるが、知ったこっちゃねえ。

 どのくらい血を飲むかわからねえが、これで血に関しちゃ解決だ。

「噛み付いてやる」

「あん?」

「ゴーヴァンが寝てる時に噛み付いてやるさね」

「変な夢見そうだから絶対に止めろ」

 思わず首元を抑える。

「じゃあ、少しは私の意見を聞いてくれても良いのじゃないかね?」

「オメェの意見なんざ聞いたら、結局オレが血ぃ吸われるじゃねえか。つうかなんでオレなんだよ、他のやつじゃ駄目なのか?」

 レーテがため息をつく。

「私の牙の毒は、耐えられる者が少ないようでね。大概は噛み付いた後は、見ていられない程になってしまうのさね」

 牙の生えている当たりだろう場所を唇の上から撫でる。

「最初にゴーヴァンに噛み付いたときも、そうなってしまったら楽にしてやるつもりで噛んだからね。気絶する方法を取るなんて、思いもよらなかったし、目を覚ましてからも平気なようで良かったさね」

 危ねえ。オレ、コイツに殺されてたかも知れねえのかよ。

「傷をつけて血をある程度出させようにも、少し間違えたらそれで命を奪いかねないからね。噛み付いて血を飲めるゴーヴァンは、私にとっては本当に貴重な存在なのさね」

「褒めてんだろうが、全然褒められた気がしねえな」

 結局あーだこーだ言い合ったもののいい方法なんかは出てこず、気づけば広場についてしまっていた。

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