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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第2章 港湾都市
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27話 それは昔々のこと

「ほお、本当に血を吸われて平気で入るとは」

「どうだい、大したものだと思わないかね?」

 流し込む用に食事を平らげていくゴーヴァンを見て、私は少し得意げに言う。

「中毒性もかなり高かったはずだが、こうしているところを見るに、君にとっては悪い買い物ではなかったようだな」

「欲しくてこんな毒を持ったわけじゃないんだがね」

 本当に、どうしてこんな体になったのやら。

「すっげえこのパン、柔らかくて美味え! 肉も柔らけえし、何だこりゃ!」

 よく食べてる。私が飲んだ分の血なんて、すぐに回復できそうだね。いいことだ。

 レオナルドは、うん、口元が少し引きつっているかな。

「気にはしてないさ。一人で静かに食べるよりは、退屈はしないからな」

「まだ令嬢は帰って来ていなかったのかね?」

「こちらに戻るのは十六の誕生日が近くなってからだから、まだ半年以上も先だ」

「もう十六か。私がここに始めてきたときは、十にもなっていなかったのにね」

「君の感覚では時の流れなんて曖昧なものだろうが、ヒトの身には十年なんてあっという間さ」

 レオナルドの言うとおりだ。

 私にとっては時間なんで曖昧で、どうだっていいものだ。精々、今が昼か夜かが大事な程度。自分の年を数えることを止めてから、どれだけ経ったのかすら覚えていないのだものね。

「そう言やオレより年上だとか言ってたっけか?」

「年上どころか、記録上の通りなら彼女は300年以上生きているぞ」

「ぶふぉっ!」

 汚いな。何を吹き出しかけているんだ、ゴーヴァンは?

「教導会の記録で、三百年前に女吸血鬼を退治した記録がある。彼女から聞いた話と照らし合わせたが、内容にほぼ相違はなかった」

「そんな事もあったね。あれから三百年も経ってたのかい」

「只人ってのはそんなに生きるもんなのか?! 村の長老ですら百は行ってなかったぞ」

「長生き、と言うよりは年を取らないだけみたいでね」

「少なくとも僕にあっての十年、君の外見に変化は見られなかったな」

 ゴーヴァン、食べる手が止まってるよ。

 年のことなんて、そこまで驚くような話かね

「なんか、とんでもない話ししてないか?」

「別に大した話じゃないさね。昔々、病で村娘が一人死んだ。その村娘はどういう訳か生き返り、今日まで生き続けていると言うだけさね」

「大した話だろ、それ!」

「どうも人というものは長く生き続けると、感覚がおかしくなるらしい。君の大したこと無いと普通は、当てにならないんだよ」

「いや、実際大したことはないだろう。普通でない事と言ったら、生き返ったことが村の連中に知られて、両親共々殺されかけたところ二人に私だけ逃され、両親を殺された復讐で村人全員殺した事くらいさね」

 おやおや、ゴーヴァン神妙な顔になってどうしたっていうのかね。

 そういえば、あの街の住人を全員殺す、なんて約束したっけね。

「なあ、殺して、お前はどうだった」

「どうだった、というのは、どう感じた、でいいのかね? そりゃあ、晴れ晴れとしたものだったさね。両親は何をしたわけでもない、私を蘇らせただけだよ。それを気味悪く思っただけで殺されたんだ。そんな連中、殺したところで気分が晴れる以外の何ものもなかったさね」

「そうか」

「けれど、その後しばらくして、感情の行き場をなくしてたね。もう恨む相手もいないのに、その感情だけは残って、けれどそれを誰にもぶつけられなくて……案外、一人くらいは恨みをぶつける相手がいた方が、良かったのかもしれないね」

 ああ、ひょっとして自分の行動が正しかったのか悩んでいるのかね?

 ゴーヴァンは、この青年は優しすぎるのかもしれない。憎く思っても憎みきれず、恨もうにも恨みきれない。それは優しくて良いことでもあるけど、感情をぶつけきれないのは悪いことでもある。

 奴隷なんて碌な扱いもされなかったろうに、優しくいられたの本人の性格か、それとも誰かの影響か。

「私の話を続けるのは構わないけど、ゴーヴァンのことも聞かせてくれないかい。私はゴーヴァンがどう、今日までを過ごしてきたのかの方が興味があるね」

「オレぁ、バアさんほど生きちゃいねえんだ。大した話なんざねえよ」

「婆さんは止めとくれ、婆さんは。長く生きてはいてもね、殆どは人目に触れぬように生きてきたから、人生経験なんて無いんだ。ゴーヴァンの方が、よっぽど人生の先輩さね」

 ゴーヴァンは息を一つ吐くと、ゆっくりと話し始める。

 私は時折相槌を打つ以外、その言葉に耳を傾け続けた。




 少しだけ、ほんの少しだけ、気が軽かった。

 腹の奥に溜まっていた黒くて、ドロドロとしたものを少しだけ吐き出せたような、そんな気分だ。

 レーテは静かに聞いていた。義兄さんの話をしていたときは、泣いてもいねえのに背中を擦ってきた。

 レオナルドの野郎はオレがされたことをやたら聞いてきた。何度か殴ってやろうかと思った。

 散々食って、散々喋ったおかげか、部屋に戻されたときには少し、気分が良くなっていた。

「よくレオナルドを殴らないよう、我慢できたね」

「話ししてて腹立つっちゃ立つが、オメェが言ったとおりだな。アイツにいちいち腹立てんのはムダなことだ」

「そう言うことさね。いやしかし、ゴーヴァンは立派な人に育ててもらえたのだね」

 なんだよその、妙に優しい顔は。かえって気味悪いぞ。

 年を聞いたせいか、椅子に腰掛けて頷いている姿を見ると、どこか年寄りくさい気がしてしまう。

「今、私のことを年寄りくさいとか思わなかったかね?」

「あー、思ってねえ。思ってねえぞ、うん」

「まあ別にいいがね、実際ゴーヴァンから見れば、年寄りなのだろうからね」

 こちらに来いと言いたいのか、手招きをしている。

 レーテの向かい側に座り、何を言うのかと、目を合わせないよう顔を見る。

「長く生き過ぎるとね、忘れてしまうことも多いのだよ。両親のことを愛していたはずなのに、顔が思い出せなくなってしまってね」

 目を伏せ、髪を指で梳く。

「愛しいと思った相手も、憎いと思った相手も、時間が経てば経つほど感情が残るのに、姿は朧気になっていくのさね」

「どうしたんだよバアさん、昔が懐かしくなったか」

「そういう訳じゃないさね。ただ、辛いこともあっただろうけど、大切な人のことだけは忘れないでいてあげて欲しい、それだけのことさね。

後、婆さん呼びは止めとくれね」

 口を曲げるレーテを見ると、確かにバアさんにゃ見えねえ。

「義兄さんのことは忘れたりなんてするもんか。オレがいつか死ぬその瞬間まで、忘れたりなんかしねえよ」

「そうかい、それならいいのさね。これから長い間一緒にいてもらうんだ、互いのことを知っておくのは悪いことじゃないからね」

「オレはお前と一緒にいるなんて約束してねえぞ」

「けれど一緒にいてくれないと、私が血が飲みたくなったときに困るんだがね」

「人を食い物みたいに言うんじゃねえ!」

 クスクスと笑うレーテを、軽く睨みつける。

 人を食い物扱いとか、何考えてんだコイツは。

「食い物、だなんて思ってないさね。ゴーヴァンのことは、一人の人としてちゃんと見ているともさ」

「その言い方だと、他の奴らは食い物に見えてるみてえじゃねえか」

「そのとおりだよ。私にとって人というのは食べ物であって、こうしては何かを語り合うものじゃないからね」

 ただね、と一呼吸置いて言葉を続ける。

「ゴーヴァンの言葉を聞いて、ゴーヴァンの胸の内が少しだけ見えて、ああ、これが人と話すことなんだと。それが知れて、わかって、ああ、この男は人なんだと、そう感じたのさね」

「だったら血を吸うのは勘弁願いたいんだがな」

「本当はね、血を吸うのに噛む必要はないのさね」

「は?」

 なんだって?

「体に傷をつけて、そこから流れる血を舐め取るだけでも良くってね」

「じゃあ、どうしてオレに噛みつきやがった! 本っ当に気持ち悪いんだぞ、あれ!」

「おや、ゴーヴァンは不快だったのかい? 大抵は気持ちいいだの、もっと噛んで欲しいだのと言ってくるんだけどね」

「だったら次からは噛むんじゃねえ! 適当なとこ切りゃあ、それでいいんだろ」

「それでも構わないのだけれど、ゴーヴァンは竜種だろう。多少の傷はすぐ治ってしまうんじゃないかい」

 あ。

「私の記憶だと、竜種は余程の傷を負わせない限り、すぐに傷が塞がってしまうはずなのだけどね」

 そのとおりだ、多少の傷なんてオレみたいな竜種にとっちゃ、怪我のうちにも入らねえ。

「ある程度血を流そうとしたら、かなりの傷を負わせる必要があると思うのだけどね。違うかい?」

 違わねえよ、間違ってねえ。物によっちゃ跡こそ残るが、傷のたぐいはすぐに塞がる。

 コイツがどの程度血を飲んでるのかは知らねえが、ある程度の量の血を流すなら、ザックリやる必要がある。

 流石にそこまで自分でやるのは、気が引けるな。

「私の牙の毒は、ある種の中毒性があるらしいからね。耐えられないなら、いっそ一息で楽にしてやれるんだが、耐えられるなら大丈夫だろうさね」

「オメェ、本当は人のことただの食い物としか思ってねえだろう」

「少し前までは、ね。今はゴーヴァンのことは一人の人として見ているし、可能な限り噛まずに済む方法を考えようじゃないかね」

 正直言ってることが、どこまでが本気でどこからが冗談かわからねえ。

 噛まれてあんな感覚味わわずに済むなら、その方法を考えた方がいいのは確かだ。

 マジで。

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