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その口吻は毒より甘く  作者: 門音日月
第2章 港湾都市
25/103

25話 スリと修導女

 ゴーヴァンから家族の話を聞いた。

 時折、泣き出しそうな声になるのがわかった。

 本当は顔を見てやるべきなのに、見上げる空には太陽があって、私はその太陽に焼かれてしまう身で、ただ背中を撫でてやるくらいしか出来なかった。

 もう消えかけてしまっている思い出の中の両親が、そうしてくれたように。見上げるほどの巨漢であるこの男が、時折抱きかかえるほど小さな子供が泣いているように思えて、背中を撫でてやることしか出来なかった。

 一緒にいるほどに、話をするほどに、人の目を見れない目を、太陽に焼かれる自分の身を呪わしく思う。

 どれだけ話を聞いただろう。何度同じ場所を回った気もするし、人の多い場所少ない場所を行ったり来たりもした。

 気がつけば、人通りの多い目抜き通りを散策していたが、相変わらずの人の多さだ。

 人混みも、太陽の光も辛い身には辛いことこの上ない。時折、自分が食料庫の中でも歩いてるような感覚になってしまう。

 ゴーヴァンが沈んだ表情をしていたときは何事かと思ったけど、今は、大丈夫なようだね。

 けどやっぱり、人と話すのは楽しいものなのだと、心など壊死したようなものだと思っていたけれど、こうしていると私もまだ人であるのだと感じられる。

 話をして横を歩く青年が、口は悪いけれど心根は健やかなのだと思わされる度、ゴーヴァンをこうやって育てた彼の家族には感謝しかなかった。

 会えるのなら、会ってみたいものだね。

「おっと」

 私の体に誰かぶつかる。やれやれ、こういうこともあるから、人混みは苦手だ。

「オイ! 待てテメエ!」

 ゴーヴァンが走り出し、私の後方で揉め始める。

 犬種の子供の腕を掴んでるけど、何があったのやらね。

「このガキ、今なにしてやがった」

「うっせえ、何もしてねえよ!」

「レーテ、テメエ何かされてねえか?」

 何かされたか? いや、別に特に何も……あれ、妙に軽いような。

 腰に下げた小袋の中を見る。ああ、そういうことかね。

「財布が、無くなってるね」

「コイツ、金盗りやがったか。取ったもんさっさと返せ!」

 顔は怒ってるけど、殴りはしないんだね。

「盗ってねえよ! 話せよ、オッサン!」

 周りの人々が何事かとこちらを見ている。

 まあ、あんな大男が子供捕まえてたら何事かと思われるね。

 衆目を集めてる二人はと言えば、盗った盗ってないの繰り返しか。はてさて、どうしたものかね。金を盗られたくらいならレオナルドの小言で済むと思うのだけれど、それはそれで、面倒だね。

 どうしたものかと考えていると、人の群れの中から一人が飛び出し、ゴーヴァンの前に膝を付き、深く頭を下げた。

「申し訳ありません。どうか、どうかその子をお許しください」

 教導会の修導女の服をまとった女だった。頭を地につかんばかりに低く下げている。

「な、何だよいきなりテメエは」

「カルロ、あなたもこの方に謝罪を」

「でもシスター、おれは」

 修導女は犬種の子の頬を優しく撫でる。

「大丈夫、この方だって、あなたが本当に何もしていないなら許してくださるわ。もしカルロが過ちを犯してしまったのなら、私も一緒に謝るわ」

 修導女がゴーヴァンを仰ぎ見る。

 どんな顔をしているのだか、ゴーヴァン、ものすごく居心地の悪い顔をしてないかい?

「お、オレぁ盗った金かえしてくれりゃあ、それで」

 犬種の少年が、渋々と言った感じで懐から何かを取り出す。

「あ、私の財布だ」

「やっぱり盗ってやがったんじゃねえか、このガキ!」

 ゴーヴァンが牙を剥く。

 修導女は胸に下げた聖印を握りしめ、ゴーヴァンの足にすがりつくように体を近づける。

「どうか、どうかこの子をお許しください! この子が罪に手を染めたのは、私の不徳の致すところ。どうか、どうか罰をお与えになるのなら、この子ではなく私にお与えください!」

 ゴーヴァンのあの顔、引いてるね。

 まあ財布が返ってきたのだし、もういいさね。

「ゴーヴァン、いいよ。財布は戻ってきたのだろう。それなら、もういいさね」

「けどよ……あー」

 言いたいことはあるんだろうが、これ以上は関わらない方が良い。

「ああ、許してくださるのですね。そのお心に感謝いたします。カルロ、あなたも」

「ごめん、なさい」

 修導女に言われ、渋々と言った体で犬種の少年は謝罪を口にする。

「行こう、ゴーヴァン」

 その愛に神のご加護を、と言葉を投げかけられるが、無視をして通りを進んでいく。

「何なんだよ、あの変な女は」

「教導会の修導女さね。神は天の主たる存在ただ一人で万民に平等に愛と恵みを与える、とそんな宗旨の宗教だよ」

 ため息を一つ吐く。

「色々な意味で面倒な連中、くらいに覚えておいておくれ」

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