22話 無駄な買い物
「レーテ、僕は相当額を君に渡しはしたが、なんでこんなに減ってるんだ? 何に使った?」
「ゴーヴァンの購入と、ここまでの旅支度と道中の旅費」
「だとしても使いすぎだ。たかだか奴隷一人買うのにどれだけ使ったんだ、君は!」
たかだかだ?
「私の条件に合うのがこの、ゴーヴァンしかいなかったんだ。仕方ないだろう」
「仕方ないわけあるか! この出費額、相場の十倍以上は払ってるぞ。金銭感覚がないのは分かってはいたが、酷すぎる! どう見ても、その男にそれだけの価値などないだろうが」
価値がないだ?
「オイ、テメエ。人のこと物みたいに言ってんじゃねえぞ」
「奴隷は商品だ物だ。大体なんだ、口答えのようなことを口にして。奴隷印の効果が薄いのか? だとしたら、あの街で雇っている魔術師の程度が知れるというものだな。ただでさえ品質不良の奴隷なんて商材を扱っておきながら、こんな不良品を相場の十倍? 商売を舐めてるのか」
「オレぁ物じゃねえ! ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
「止めておきな、ゴーヴァン。レオナルドは口が悪いんだ、腹を立てていたら気が持たないさね」
立ち上がりそうになったオレに、レーテの手が塞ぐ。
「レオナルド、分かっているだろう。私の条件に合うヒトを探すのは難しいんだ」
「ならレーテ、君も僕が無駄な出費と買い物が嫌いなのは知っているだろう」
「ああ、そのせいで親戚中に敵を作ってることもね」
オレが甘くしすぎた薬湯をレーテが一口飲む。
「レオナルドに仕える騎士たちの中には、条件に合うものもいるかも知れない。けれど」
「吸血鬼の食事になれ、だなどと言えたものではないからな。変に話が広がれば教導会が五月蝿そうだ」
「教導会とは過去に問題を起こしたことがあるからね。また面倒になるのは避けたいのさね」
男が大きなため息を一つ吐く。
「だからって相場の十倍は……そいつを一体どこでどういう経緯で買ったんだ」
「反抗的で良いから強い者を、ということで闘技場で戦っていたゴーヴァンを紹介されたんだよ」
「闘技場? 剣闘奴で青い鱗の竜種……まさか、噂に聞いた狂竜を買ったのか?」
二人の視線がオレに集まる。
「知らねえよ、何だその狂竜ってのは?」
「そう言えば、ゴーヴァンのことをそう呼んだ輩がいたような」
「はは、あーはっはっはっは! そうかそうか、連中やっぱり失敗していたか。いい気味だ!」
何だコイツ、急に笑いだして。
「いいじゃないかレーテ、これは相場の十倍の価値はある。だから僕は常々言ってたんだ、鞭だけで縛ることなんて無理だと。飴も与えなければ意味がないってね」
「なあコイツ大丈夫か」
「レオナルドはいつもこうだから、気にすることはないさね。しかし、そんなに面白い話をした気はないんだがね」
男は大きく首を横に振ると、オレを指差すし、低い笑いを漏らしながら口を開く。
「連中が鞭だけで仕上げようとした結果がコレだ。隷属印で隷属意識を高めるにも限度がある。なら飴で縛り付けて鞭で修正すれば良いものを、あの街の連中、鞭を振るうしか能がない。それで自分達が噛みつかれてたんだ、これ以上に笑えることはないとも」
「そう言えば、あの街とこの街は仲違いしているんだったけね」
「仲違いと言うより、僕が、商品を独占されていることが我慢できないんだよ。しかしレーテの今回の買い物のお陰で、次の定例商会議で僕の案を通しやすくなった」
「レオナルドが納得してくれたのなら、それで良かったさね」
「ああ、無駄な買い物じゃなかった。それが分かったから十分だ」
「オレのことを物みたいに言うんじゃねえ」
なんなんだコイツは本当に! オレのことを物か何かだとでも思ってんのか。
オレのことを買った奴らみたいに、殴ってでもやったほうが良いやつかコレ?
「ゴーヴァン、レオナルドは口が悪いと言っただろう。腹を立てるだけ損というものさね」
「しばらくこの街にいるのだろう。いつものように僕の屋敷に来ると良い、連絡はしておく」
男は一呼吸つくと、レーテを見る。
「で、他に僕に知らせることはあるのかい?」
「ゴーヴァンの胸の印を消せる魔術師を消化して欲しいんだがね」
「魔術師を紹介、か」
猫種の男のヒゲが何回か動く。
「隷属印の解呪なんてしてどうする。奴隷を買ったんだ、その印はあって然るべきだと思うが」
「そういう約束、でね。ゴーヴァンを自由にするのが、私の当面のやることなのさね」
お、ちゃんと覚えてんのなコイツ。
男の方はふうんと、特に関心なさげな返事を返す。
「君がそうしたいならそうすれば良い。まあ学術都市へ行く前に、この街の魔術協会に依頼を出しておく。それでいいかな」
「おお! さっさと消せるんなら消してくれ!」
「おや、この街で済むのかね」
「僕は魔術師の技云々はわからないから、やれるかどうかはわからんがね。まあ駄目だったら駄目で、学術都市の知人宛の紹介状を書くさ」
男が立ち上がり、机の方へ戻っていく。
「さて僕は仕事に戻るとしよう。四方山話は夕食のときにでもお願いするよ」