レッドゴブリン
この町の名称は大きく4つに分かれる。
町で一番栄えていて人や店の多く、町の中心にある「中町」
中心地をドーナツのように囲う「外町」
漁港のある「猟師町」
中町の外れにある「中華街」
これから向かうゲームセンター「レッドゴブリン」は中町の中華街寄りにある、ちょっと大人なゲームセンターだ。
どのくらい大人かと云うと、黒塗りの乗用車が店の前に横付けに止まって中から木刀や鉄パイプを持ったお兄さん方が店内の別のお兄さんグループを襲ったり、店内でトルエンや当時の合法ドラッグ、非合法ドラッグまでやり取りがあるとか無いとか。
看板の電飾は年中切れていて「レッ ゴ リン」とかなってるし、店内の「景品交換所(?)」は格子状にガードされていて中は一切見えない。そんな店。
そんな店に出入りする自分は所謂「ヤンキー」や「不良」と呼ばれる存在なのか?
否。断じて否。どこからどう見ても中学生な童顔で学生服も髪も標準そのものな自分がヤンキーや不良である訳がない。
嫌いな言葉は「暴力」で好きな言葉は「鳩」と「二丁拳銃」だ。
単に店員に中学の先輩がいて守ってくれる事と、やべー人が集まる場所だけにちょっとした事ではお互いに干渉しない事で実は普通のゲーセンより自分にとっては安全だからだ。
いつも反応の鈍い自動ドアが左右に動いて店内のタバコのにおいがちょっとのアルコール臭とともに流れてくる。
このにおいが気にならなくなる日が来るとは到底思えないのだけれど、店員になった先輩は「一か月で慣れた」との事。人間の適応能力には感心させられる。
ドバンッ!と店に入ってすぐのパンチングマシーンが大きな音を立て、自分では到底出せないような数値が画面にはデカデカと表示されている。
店に入ってすぐこのマシーンを配置するワイルドさにはいつも頭が下がる。奥にカウンターがあってミルクを頼んだら笑われそうな雰囲気だ。
ワイワイと騒ぎながら土木作業員が履いているようなぶっとい学生ズボンを身に纏った4人組のビーバップハイスクールがこちらを見て動きを止める。
店員の先輩曰く
「あまりにもザコ過ぎてカツアゲをしたことがないヤツでもついうっかりカツアゲしちゃいそう」
といわれる自分を見て条件反射の様に動き出そうとしているのかもしれない。
けれど止まったのは一瞬で、まるでこちらが見えていないかのように会話が再開された。
これも店員の先輩曰く
「だからこそ怪しい。こんな所にいるはずがない。それか強力なバックが居そう」
なのだそうだ。それで結局誰も手を出して来ないし、一年前から通っているが危ない目にはあったことがない。
しかも最近は店のケツモチ?がこの町を統一?したそうで、基本的に店内での「おイタ」はご法度らしい。こわーいお兄さんが解決に来る、と聞いてあまり深くは聞かないことにした。
とりあえず店に入ったらアルバイトをしている先輩を探す。
最近は高校に慣れるのに精いっぱいであまり顔をだして居なかったし、中卒で働き出した先輩に高校の学生服を見せてドヤってやりたかったのだ。
ちなみに自分の学校ではレッドゴブリンや中華街に夕方以降立ち入ると普通に停学処分になる。見つかればだが。
乱雑に配置されたゲームを右や左に避けながら店の奥を目指す。
レッドゴブリンの店員が常駐しているカウンターと景品交換所(?)は店の最奥にある。
その最奥の隅にはいかにも拾ってきたかいらなくなったので寄付という建前で捨てて行かれたであろうまったく統一感の無いアウトドアチェアーやベンチがこれまた乱雑に置かれていて、銀色でベコベコになったおそらくテーブルであろうものと一緒に置かれている。
自分は一番きれいに見える椅子に腰かけ、テーブルの上に置かれている銀の灰皿に視線を落とす。
何故か人の歯が灰皿の中にあった。
世紀末はもう少し先だけれども、先取りでもしているのかこれが通常営業なのか。
視界に入らないように灰皿を遠ざけつつ店内の見回して先輩を探す。
見当たらない。
1995年当時はポケベルが最盛期だったけれど、自分は持っていなかったし先輩も持っていなかった。
彼女が居たので持っていたかもしれないけど、少なくとも自分は知らなかったしベルの打ち方もよく知らなかった。
カッチカチのヤンキーが公衆電話で高速ダイヤルしている姿は2021年の今思い出してもちょっと笑えるけど、さみしくもある。ツッパリハイスクールロッケンロールはもう死んだし、1995年でももう割と死んでいた。
店内に浮遊する紫煙が天井の蛍光灯を反射したように鈍く光って目を眇めると少し離れた所から
「やめないか!嫌がってるだろう!」
という大声が聞こえてきた。
「やらないか!」でも「やんのかてめぇ!」でもなく「やめないか!」である。
ビックリした。マンガか何かでも今日日あんまり見聞きしない。
どこかの先生でも来たかと(警察は来ない。何故か、この店には来ないそうだ)身構えたが声が若い。
とても通る声だが少年っぽさが残っている。
先輩も見当たらないし、面倒事は嫌だし巻き込まれたくないのでトイレの窓から逃げ出す算段だけつけて声のする方にゆっくりと向かった。