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ジャックダニエルと小テスト

 雨が淡々と地面を黒く変えていくのを窓越しに見ながら、喫茶店で珈琲を飲んでいた。

「あぁ、降ってきたね。」

 近頃あまり雨が降らず、店先の花壇の心配をしていた店主が表情を和らげる。

 これは独り言の類で自分の返事はいらないヤツだな、とアタリをつけて視線を外に戻した。

 外は雨。


 1995年6月。

 2021年の今思えばとんでもない年だった。

 阪神大震災。地下鉄サリン事件。

 それでも当時15歳の高校一年生だった自分はそれらにちょっとした非現実感を感じて、何か映画の中の様な気がしていた。と云うよりはちょっとついていけてなかった。大人でもそんな人は居たと思う。

 だって、一晩で人がいっぱい亡くなったのだ。電車に乗っていたら毒ガスが撒かれたのだ。

 正直ついていけない。いけてなかった。

 だからといって「非現実より現実が大事」なんて事も思っていなかったけれど。


 地方都市の片田舎。

 大きく弧を描いたような湾沿いにしがみつくようにしてある町。

 町の中心を一本の産業道路が貫いていて、いかにも「通り道ですよ」と言わんばかりの町。

 詩的な人は「弓張り月のような」とかなんとか例えるそうだけれど、自分には「コップの縁にこびり付いたような」と思ってしまう。

 賢い人は町を出て、あまり賢くない人も町を出た。

 賢明な人は町に残り、何も考えていない人も町に残った。

 町で人気の職業は男の子なら漁師。女の子なら漁師の奥さん。

 だけれどその多くは中学高校で何かに毒され(又は蒙を開かれ)実家を継いだり町の電気屋に就職したり家事手伝いなる謎の職に就いたり、髪をプリンみたいな色にして年若く結婚し、後ろ髪の長い子供を連れて軽の自動車か無理して買った大型車に乗り週末は回転ずしに並んだりモール型ショッピングセンターで過ごすようになる。

 又は何もしない人になる。

 結構な割合で上記のような感じになる。15年程見てきたのであながち間違いではないと思う。自信は無いが。

 勘違いしないでもらいたいのだけれど、自分はそんな町が嫌いではなかった。

 前者はちょっと肌に合わないので、後者の何もしない人でも目指そうか。

 15歳で家のお金事情をちょっとは知っていた自分は割と真面目にそんな事を考え、大学への進学は14歳であきらめていた。

「なぁ、今日オレの家に集まるけどつづりはどうする?」

 校舎の外、濡れた葉っぱを見ながらあまり輝かしいとはいえそうもない将来を漠然と考えていると、前の席から声をかけられた。

「ビールは本数でバレるからダメだけど飲みもしないブランデーやらなんやらいっぱいあるんだ。お中元?とかでさ、倉庫に積んでる。他に3人来るからさ、みんなで試そうぜ。」

 前の席、オオハシ ユウキはまだ子供みたいな顔で未成年飲酒を誘ってくる。

「そうだなぁ・・・」

 部活動にも入っていない、別段真面目でもない自分は家に帰っても特にやる事はない。

 高校に入って2か月。夏休み前にしっかりした友達グループに属しておいた方が良いのかもしれない。

 それにユウキは未成年飲酒は褒められないけれど、所謂悪人ではなかった。髪はちょっと茶色いし、ピアスもしていたけれど、暴力を振りまいたり人を害するような事もなく、第一に地味な自分に親しくしてくれた。

「じゃあ、オレも・・・」

 行くよ、と言いかけた時。

「カモイ。あぁ居たな。悪いけどこの間お前が休みの間にやった小テストを放課後に受けてもらうぞ。」

 廊下から顔だけを教室に覗かせて担任の船越先生が大きめの声で告げる。

「あちゃー。まぁ、しょうがないか。ジャックダニエルちゃんの味はまた明日にでも教えてやるよ。」

 テストがんばれよ、と気の毒そうに肩を叩いてユウキは教室から出て行った。

 ちょっと残念だけどまぁ休日に呼び出されるよりはマシなので大人しく職員室に向かう。

 終わる頃には雨があがっていると助かるけど。


 結論から言うと小テストは全然大丈夫だった。というかまぁ大丈夫でなくても進学しない自分にはあまり関係がないし、そもそもこの高校自体が進学しないとりあえず高卒が取れたら良い程度の学校なのだ。

 未来にはあまり続かない場所。

 予定外だったのは先生が

「ちょっと待ってろ、採点してすぐ返すから」

 と言い出して、案の定ちょっとで返ってこずに18時を迎えようとしている事。

 早く終わるなら終わったで帰してくれれば良いのに。いや確かに家に帰ってもやる事は特にないのだけれど、それでも学校にいるよりは幾分かはマシ・・・でもなかった。

 複雑な家庭事情があるのだ。話せば長い。外伝が出せてしまう程に。

 それをできるだけ省略していうと

「親と仲が悪い」

 とものすごく短くなってしまう訳ですが。子供っぽいし。バカっぽいなぁ。

 ポケットには300円。

「うーん」

 新たな友人との誼も結べず、小テスト片手に家路はさみしいと云うか惨めな気がする。

 結局そのまま家には帰らずに中町のゲームセンターに寄って200円のホットドッグを買い食いしようと決めた。



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