あの格好よかった王子は何処(いずこ)に
恋愛要素は薄いです。 それと後半に注意。
2年前の苦い思い出が嫌でも甦ってくる王都にある、荘厳な大教会を見上げた。
すると、わたしの腰にのびた一本の腕に気付く。
「テーケイオラ、何かがあったら言って欲しい」
「ええ、ズチーイノック。 ありがとう」
「テーケイオラにとって、2年ぶりになるこの王都。 あんな事があった場所だし、正直来たくなかったんだ」
わたしはテーケイオラ。 一応、次期公爵となる予定。
ですが実質はこの夫であるズチーイノックが、対外的には公爵として動く事になるでしょう。
「ふふふ。 わたしもよ」
気遣ってくれるズチーイノックに微笑みを返す。
普段は公爵家の領地にいるが、今日はどうしても外せない用事で、この王都へ両親を置いてふたりでやって来た。
なお、護衛もいるが数として勘定しないのが、この場での鉄則。
これから外せない、その用事が始まる大教会。
この教会は精神と時の神を祀っている。
神が信徒へ与える加護は、平民の平均的な魔力3~5人分が体に負担を感じない程度の魔力使用で、1分時間を戻せる奇跡。
奇跡を願った者だけ、戻った感覚を覚える。
これで不慮の事故を無かった事にできる場合がある。
ちなみに1分戻したら、戻った瞬間から2分間時を戻す奇跡は使用不可。
それと貴族達が重宝する精神への攻撃を無効化する能力。
基本的に悪意害意の有無で攻撃となるか判定されるが、悪意害意を持たずに攻撃する訓練を積んだものの攻撃や、善意で信者を害そうとする者も無効化されたりするので、そこは神が判断していると言われている。
物理的な毒は防げないが、洗脳や魅了などの受けてしまうと知らぬ間に致命的ならやかしをしてしまう事がなくなるのは、とてもありがたい加護だ。
~~~~~~
案内を受け、どうあっても断れない主役のふたりから送られてきた招待状に、書かれた通りに指定された席に夫婦で着く。
護衛は別室で待機。 これは今回みたいな場所なら、どこの貴族家でも常識。
そこは主役がよく見える特等席。 ……逆にわたし達も、見られてしまう特等席。
2年前の出来事を覚えているのだろう。 周囲のここに参列している貴族達から、奇異の目を送られている。
しかしそんな視線には負けない。 なにせ、わたしには愛し合う夫が居てくれて、こっそり手を繋いでくれているから。
こんなに心強いことは無いのだから。
だって彼はわたしの元護衛騎士。
小さい頃からずっと側に居て、一緒に育ち、今もわたしを護り続けてくれている、大切なひと。
そんな彼がいれば、こんな目に怯まされるなんて、絶対に無い。
そんな目に少し晒されていたが、今回の主役が登場すればそちらへ逸れる。
やって来たのは王太子と、元男爵令嬢で現侯爵令嬢。
男爵令嬢では地位という面で釣り合いがとれないからと、いちど侯爵家へと養子にむかえられた。
そのふたりの結婚式兼戴冠式が始まった。
着飾った姿は圧巻のひとこと。
これでもかと王家の威信を見せ付けるべく、どこまでも豪奢に、どこまでも清楚に仕立てられた婚礼衣装。
その出で立ちに、ため息を漏らす声がそこかしこから聞こえる。
しかしわたしには、そんな場面だって薄汚く見えてしまう。
それ以前にわたしの姿を確認したあのふたりが、嗜虐的な、それでいて見下す目付きをこちらにくれた時点で。
このふたりを素直に祝福できる日なんて、決して来ないのだろう。
素晴らしく見栄えの良い式は、滞りなく進む。
繋がった手に少し力が入ると、強く優しく握り返してくれるズチーイノックと、それを眺める。
しかし、どれだけわたしの心を落ち着けようとしても。
いえ、むしろ落ち着けようとするからこそ、戻ってくる忌わしい思い出。
主役の片方である、王太子と婚約していた時代の思い出。
貴族教育がきらいで、おてんばで、好奇心旺盛で、イタズラっ子で。 いつもお付きを困らせてばかりだった、小さい頃。
親のつきそいで来た王宮で王太子から見初められ、この大教会へ連れてこられ、神の前でプロポーズされた幼き日。
乙女ならいちどは憧れる王子様からのプロポーズで、恋に落ちないはずはなかった。
それから王太子の妻に相応しくあろうと決めて、努力した日々。
その努力するわたしの様子に感激して、支えてくれると言ってくれた王太子。
努力すれば努力するほど、王太子と会えなくなる日が増え、世の不条理に泣いたあの日。
久し振りにやっと会えたと舞い上がった結果、淑女らしからぬ喜び様で大恥をかいて王太子に笑われた日。
失敗をバネにと頑張り続け、王太子とほとんど会えず、会えても王太子と表面上の会話しかしなくなっていると気が付いてしまった日。
以降、確かに王太子を慕う気持ちは有るものの、幼いあの日にあった情熱は冷えて、国を背負って戦う戦友感覚とか義務とかそんな認識になってしまった。
それで貴族の義務として貴族学院へ通ってみれば、王太子は男爵の庶子の令嬢と良く会うようになる。
そしてあれよあれよと言う間に、王太子がその男爵令嬢と恋仲となっていた。
もしや洗脳や魅了の道具や薬や魔法にでもやられたか? と一瞬思ったものの、この国はみな同じ神の信徒で、そんなのはあり得ない。
となれば普通に、ただただ普通に横取りされたのだ。
わたしが王太子のため、国のためと努力を重ね、未来を見据えて歩んでいた時に。
学院での成績は、王家の威光で底上げされて何とか上位の王太子は、ロマンスなんぞに熱をあげて余所を見据えていたのだ。
令嬢に言葉を尽くして、正妃はおろか側妃にもなれず結ばれぬ恋だから諦めろと。
もし王太子との関係を続けたいなら、男爵令嬢ならば非公式な愛人の地位が限界なのだから、弁えろと。
何度説得しようにも成果はあがらず。
他の令嬢も手伝ってくれたが無理だった。
むしろ説得しようとすればするほど悪人あつかいされ、悪人あつかいを咎めれば今度は狭量な人間と呼ばれる。
最終手段である暗殺・謀殺を考えても現状で犯人はわたしだと直ぐにばれるから、危険で不可能。
公爵家のチカラを使って男爵家をつぶしたところで、庶子のあの子では痛手にはならないだろう。
下手をすればチャンスとばかりに、王太子が王宮へ囲い込むかもしれない。 そうしたら対処がやっかいだ。
結局は打つ手無しで、状況に流されるしかない弱気の一手だけ。
それでいつの間にか男爵令嬢を、公爵令嬢があの手この手でいじめていたと話が変わり、最後はひと目のある所で一方的に王太子から罪に問われ、断罪され婚約破棄された。
そんな、裁かれるような罪などしていないにも関わらず。
こちらがいくら身の潔白を訴えても、やっていない証明は予め用意していないと難しい。
王家やそれに近しい者へ配される、影の護衛はわたしには居ない。 「大切は人はぼくが守る」とか言って、幼かった頃の王太子が取り上げて以降そのままで、わたしの記録は王家に残っていない。
そして毎日のこまかい行動記録をのこすほどの筆まめではないわたしでは結局、主張は通せずに悪人とされて王都からの追放とされた。
それで公爵領の隅でほとぼりを冷ますべく、しずかにひっそりと生きていたらこれ。
わざわざ御大層に、一時的に追放解除したうえで、これ。
ああ……この2年間で飲み下せたと思っていた、理不尽に対する怒りが。
あの格好よかった王子は何処に!
こんな醜い顔をする奴ではなかった!
ひとの話はよく聴き、正しい判断をしようとする、心が清らかな王子だったのに!
どうしたら、どうなったら、こんなのになる!
王太子におもちゃとして弄ばれた半生が、王太子はそれ相応の報いを受けろと絶叫している。
無の表情のまま怒りを再燃させていたら、あの憎たらしい声が大教会に響いた。
「私はこの者と支え合い、生涯を共にすることを神に誓います」
そうそう、この言葉。 これをあの日に王太子から言われたのだ。
そしてそれは叶わず、自らに降りかかった理不尽に嘆いていた私の、いつも側で佇み、物言わぬ背中で励まし慰めてくれた護衛騎士と改めてその誓いを…………。
そう再び物思いに沈みそうになった時、同時にズチーイノックを感じたくてその手を強く握り直した時に、異変は起きた。
教会の内部で一番目立つ、精神と時の神の像の前で。
王太子が倒れた。
その直後に、直接頭の中に言葉が送られるような不思議な感覚が。
《不義理な形で神前の誓いを破り、厚かましくも対象を変え再び誓おうとした恥れ者に、心からの祝福を》
精神と時の神からの神罰でした。
どうやらあの声は教会内の全ての者に聞こえたらしく、場が騒然とした。
あわてて王太子を拾って連れ去る近衛騎士たちや、おろおろするだけの国王陛下夫妻や侯爵令嬢、混乱をおさめようとする神官達や城の大臣達。
好き放題にピーチクパーチクと囀り回る貴族達や、わたしを好奇の視線で突き刺してくる貴族達や、わたしを物言いたげに見ている貴族達。
こんな大混乱している場を見渡して、これからする事を決めた。
「帰りましょ、ズチーイノック」
本当に報いがやってきた事に満足して軽くなった心。
それにつられたのか、どこかで読んだ娯楽小説にあった、とあるセリフが思い浮かぶ。
「そうだね。 こんな所なんかに居られないからね、帰らせてもらおう」
そうそう、そんなセリフだった。
王太子と元男爵令嬢から、わざわざ一時的に追放令を取り消してまで、わたしを呼びつけたのだ。
そいつらの片方が倒れてしまっては、この式でわたしを相手に、思う存分暗い感情を満たしている場合ではなくなる。
それだけではなく、もしこのトラブルの原因と責任を押し付けられてしまったら、それこそ最悪な展開だ。
王都を追放された復讐を行ったなどと罪を捏造され、理不尽に罰されて、だれかの腹いせや憂さ晴らしの対象になどなりたくない。
あの女なら、自身の立場を守るためにそのくらいは当然やってくる。
神罰は捏造。 実際は……と。
王太子と女は神に祝福された、最高のカップルだと主張するためにも。
……そうだ。 せっかくの場面だし、これも言っておこう。
「言っておいてなんだけど、こんな時に帰っちゃって、大丈夫かしら」
イタズラっ子だった頃のわたしを今一度思い出して、ズチーイノックへ笑いかける。
わたしを見てあの頃を思い出したのか、少し困り顔になってから、わたしの真似をするような顔をしてくれた大切なひと。
「大丈夫だ、問題ない」
以心伝心、息はぴったり。
ズチーイノックとなら、気持ちを違える心配なんて必要ない。
お互いを支え合い、これからもずっと幸せに生きていけるだろう。
公爵領へ帰りついてしばらく経った。
わたしの睨み通り、わたし達が王太子へ呪いをかけた悪人だと糾弾されかけた。
それの返答はもちろん、意趣返しにも等しいアレ。
「こちらがやったと、証明できるのか?」
あちらから捏造された証拠を出されようとも、実際は神罰なのだ。
「その証拠は、神の前で誓って本物の証拠だと言えるのか?」
こう言ってしまえば、むこうは黙るしかない。
だって神罰を受けたばかりなのだ。 ウソを咎められて、また神罰を受けてしまうなんてなったら、恥もいいところ。
なので突っぱねていたら、時間とともに自然と糾弾の声は消えていった。
そして王太子がうけた神罰の詳細がこちらにも伝わってきた。
罰は精神の完全崩壊。 時々うめき声が聞こえるらしいが、自我は完全に残っていないそうだ。
そして時の流れからの永久追放……つまり死なない無敵の植物人間になる罰。
おまけにどこかへ仕舞っても、いつの間にか大教会に戻っている。
当人の意識が無いから生き地獄とならないだろうが、生きた肉人形を見た者はどうだろうか。
うめき続ける人の形をしたナニカ。
燃やそうとしても燃えずにうめく。 細かくして捨てようにも切れずにうめく。 埋めたり隠したりしても、そうされる前に時間が戻ってうめく。
ホラーでしかない。
あの格好よかった王子は、今はホラーの存在に。
~~~~~~
あれから20年。 今もその大教会に、神との誓いを軽くみて罰を受けた大罪人の見本として、大教会の一番良く見える部分にくくり付けられているそうだ。
気味悪がられていたのは、もう古い。
今では馴染んでしまって、王都の観光地のひとつになっているらしい。
あの格好よかった王子は、今は観光名所に。
人間はたくましい。
元男爵令嬢? もう噂にものぼらない。
だってあの後に直接の罪はないけど、王太子が神罰を受けるきっかけとなった毒婦とされて、王家との婚約は破棄。
同時に責任からにげるために、侯爵は元男爵令嬢との養子縁組をとりやめ、男爵家へ出戻り。
出戻ったはいいものの、今度は男爵じしんが神罰をこわがって男爵家からアレを放逐。
神罰の話は市井にもひろがっていて、神の敵として見られて、王都にいられなくなった後は行方不明。
これ以上の情報を追いかけるより、家族や領地の方を気にしたい。 大切にしたい。
「話をしましょうか、ズチーイノック」
「もちろんだとも、テーケイオラ」
名前に引っ張られて、エ○シャダイネタががががが((( ;゜Д゜)))
蛇足
精神と時の神
部屋は無い。
構想しか残っていない別作品のなごり。
「どうなっても君を愛し続けるよ」系の情熱的な告白に対し、本当に愛しているなら、立場が入れ替わっていても問題ないよな? 的な試練を課す設定だった。
過去にさかのぼって精神(記憶)をいじり、入れ替えられるなんてまさに神の所業。
本当は王女だけど試練として侯爵令嬢となった女性と、本当は侯爵子息だけど王子になった男性。
愛は貫けると思いきや、男爵令嬢ヒロインちゃんに男性が浮気して、女性を婚約破棄だーのシーンで神に記憶と立場を戻され逆に断罪される。
そんな展開だったけど、話がふくらまなくて削除したネタ。
そのネタで、神の力と断罪内容だけ取り出して、再利用したのが今回の話。
テーケイオラ
もじった元ネタがあったはずだが、記憶の彼方。
なんだったか、本当に思い出せない……。
ズチーイノック
一途。
それをもじった所、イー○ックに見えてしまったのが(作者の)運の尽き。
イタズラ心に負けて、つい雰囲気クラッシャー。
なお作者は反省していない。
王太子
浮気者とか外道とかクソヤロウとか。 その辺をもじって名前をつけようとしたのだが、なんか名付け忘れたまま進行しちゃって、面倒になってそのまま。
まあ主人公とその連れ合い以外は引き立て役だからーとか、令嬢からすれば憎く思いすぎて名前も呼びたくない相手だったとか。 そんな解釈をして頂けるとありがたい。
元男爵令嬢
元男爵令嬢。 「今はもっと上の爵位の令嬢だぜ!」と「平民に落ちた」意味、両方の“元”を体現した元男爵令嬢。
こっちも名付ける予定はあったが、お風呂に入ってスッキリしたら、一緒に記憶もスッキリしちゃった為になくなった。
まあ主人公とその連れ合い(以下略)




