第八十六話:厭々とする様に
其の後、僕はサービスは要ら無いと断ったのだが、如何しても、店のお客が迷惑を掛けたのだから、と引き下がってくれ無かった。
さっきのモㇻ̇ガニレ̇を食べて居る。エスカルゴの様な物をアヒージョみたいにした物らしい。
僕はビールを喉に流し込んだ。ジョッキの中には何も無く成った。
美味しいは美味しいのだけれど……何処か、味がしない。
心が上手く味を認知出来無いとでも言えば良いのだろうか。
料理の問題……と云う依り、自分のメンタル的な問題だ。
「てか、あんなブチ切れる何て珍しくね? どして?」
ガルジェがビールのジョッキを持ちながら訊く。
「……そりゃ……命の恩人が其んな事を言われて、言われっぱなしで放置出来るかよ。」
彼はパンを其れに漬けて食べた。淡々、と言った。
そりゃあ、其うかも知れない。……其の行為は余り嬉しくは無い。
けれど、其う思ってくれて居る事は嬉しい。
少し、僕は口角を上げた。
「命の恩人?」
セニョールがジョッキをゆっくりと置いてヷルトに尋ねる。
「まぁな……窮地に陥ってた時に助けてくれたとでも言えば良いんだろうかな。」
「強いのか、其れ位。」
ほー、と感心するみたいに頷いてお酒を呑み始めた。
「……まぁ……其うだな。」
彼は眼を瞑り小難しい顔をして首に手を当てた。
音楽がぴたりと止まった。
がやがやとした声がよく聞こえる。
少し待って居ると次の音楽へと変わった。
ゆったりとした、蕩けて了いそうな御洒落な曲に成った。
ワインでも呑みたいかな。僕は手を上げて大将を呼んだ。
「……すいません。」
「はい。」
「紫のヂューダドをお願いします。」
僕は小指で一を表すポーズを取って店主に頼んだ。
「……はい。」
大将はジョッキを取ると裏に行った。
お酒でも呑んで、此の嫌な気分を忘れて了おう。
「お前、見た目に反して案外ガツガツとお酒呑む方なんだな。」
ビョマェッツを食べながら僕に言って来る。
「……其うですかね?」
僕は苦笑いをして首を傾げた。
正直実感は沸かない。
前世の、其れも特に酷かった時に比べると、一応此れでも控えて居る方だ。
「兄貴は結構嗜む方じゃねぇ?」
「……なのかな。」
僕は何となくグラスを回した、濃厚な香りが漂って来る。
そしてワインを呑んだ。香りと裏腹にやや渋みを感じる。今の心境とぴったりだ。
料理の味は分から無いのに、酒の味は本当に分かる。何でだろう。
「ところで、其の眼、紅目か?」
当然、セニョールが僕の眼を指して言って来る。
僕は少し笑いながら此う言った。
「あぁ、其う其う、其う何ですよ。」
そしてワインを呑んだ。
何か思う壺が有るのだろうか、彼は下を向いて考え込んで居るみたいだった。
「如何したんだ?」
ガルジェがジョッキをそっと置いた。
「……いやな、俺の兄も其うなんだよ。」
彼は頬杖を突いて僕等を流し目で見る。
意外だった。勿論、人間でも紅目が居るのは知って居る。
けれど、まさか此んな所に居る何て。
「けど、親は教えてくれ無くてさ。」
「後から訊いたら、子供の時は魔力が不安定で死ぬ可能性も有った! って。」
「いやもう、親に向かって怒り付けたなぁ。」
或る程度喋ると手を口に当てて薄く笑った。
「へー、俺は兄貴が其うだって知ってたけどなー。」
「……え? けど……。」
彼は僕等の見た目を指して交互に見て居る。
あぁ、其うか、明らかに動物としての種族が違うもんな。
「うーんと……養子、とでも言えば良いんですかね……?
元々捨て子で、育ての親に拾われた、みたいな感じです。」
「何で捨てられたんだ?」
「……うーん、ガルジェは親の家庭が貧困だったからみたいだけど……。」
ガルジェは其うらしい。師匠は何時も周辺の森をパトロールして居るのだが、其処に居たらしい。
丁寧に手紙が近くに置いて有ったみたいだ。
如何やら、元々其の森は子供が捨てられ易いのだとか。
僕は捨てられた、と云う記憶は有る。けれど、其れ以上は何も知ら無い。
と云うか、何故か師匠は教えてくれ無かったのだ。何か、大きな理由でも有るのだろうか。
「え、貧困?」
「でしょ?」
僕はモㇻ̇ガニレ̇をばくばくと食べて居る彼を見た。
僕の目線に気付くとフォークをゆっくりと置いて僕の方へと目線を向けて来た。
「ん? あぁ、小さい時に路上に捨てられてたのを保護したんだってさ。」
少しどぎまきとして視線を彼の方へと向けると手を机に乗っけて言った。
「へぇ……。」
彼は僕等から一旦目線を逸らし虚ろに何処かを眺めて居る。
妖怪にも取り憑かれたみたいだ。
「あんたは何で?」
其の恰好の儘ぼうっとして訊いて来た。
「さぁ。けど、紅目だからかなぁ、って。
紅目、って一部じゃ悪魔と同じだと思われてるらしいですし。」
「……え。」
彼は知ら無かったのか、ゴト、と椅子を音を立て背中を伸ばして驚く。
僕の眼を凝視して居た。
「其れって……差別……。」
少し声を弱め背中を丸め僕の眼を覗き込む様に見て来た。
「けど、まぁ、しょうがないですよ。
幾ら言っても、彼等は分から無いんです。」
「そもそも、嫌ってる本人に言われて納得出来る訳、無いですよね。」
僕はワインを又呑んだ。少し酔って来たかも知れない。
「………………。」
彼は俯き加減でだんまりして居る。
「多分偏見とか差別って其う云う物だと思うんです。」
「良く分から無い因縁付けられて、訳も分から無い理由でわーわーと言われて。」
僕は少し怒って居た。理由は分から無い。
鬱憤が溜まって居たのだろう。
「けど、彼等にとって其れは大事な事何でしょう。
理由迄、分から無いですけど。」
何故其んな事に拘るのか全く分かりはし無いけれども其れでも何か彼等にとって有るのだろう。重要な、何かが。
トラウマかも知れないし、恐怖かも知れない、怒りかも知れない、プライドかも知れない。
けれど、僕達は知る由も無い。言われ無いからそりゃそうだ。
「いや、良いのかよ!? 言われっぱなしでさ!!」
ヷルトがジョッキをガンと置いて怒る。
大将は静かに、彼の空に成ったジョッキを回収した。
「あ、あぁ、ありがと……。」
彼はちょっと恥ずかしそうに、まるで新人サラリーマンみたいにへこへこした。
「言っても分から無いんだもの。しょうがないよ。
だからって差別すると彼等と同等の立場に立つから僕はやりたく無い。」
「出来る事と言えば……社会的に立派な地位を築く、とか。
何か偉大な事を成し遂げて見返す、とかしか無いかなぁ、って。」
「其の為にも、頑張らないとなぁ、って。成果を残さないと、と思う。」
何時の間にかグラスの中身は無く成って居た。
僕は大将をすいませんと話し掛けた。
「……お、何だ、案外前向きに考えてんじゃんか。」
セニョールが安心した様に笑って
「ですね、はは。」
僕はもう一度モㇻ̇ガニレ̇を啄んでみた。
今度はしっかりと味がした。
此れは此処で差別事情をわっと出そうかなと思ってやりました。
本当は、もう少し別の事が書きたかったのですが。
余りに此のテの話題は宜しくは無いです。出し渋って居た物で。
此の作品が面白いと思ったら評価をお願いします。
モチベに成りますので、宜しければ。




