第八十三話:八百屋台
八百屋台と云う四字熟語は存在しませんので御注意を。所謂造語とか云う奴です。
読み方はやおやたいでもやおおくだいでもお好きにどうぞ。所詮造語なので……。
僕等は博物館みたいな其処から出て来て屋台街を彷徨いて居た。
さっき依りもぶんぶんと揚げ物やら煮物やらの香りが漂って来る。もう口内は涎で一杯だ。
「あー、ダメダメ!! お金払わ無いと駄目!!」
屋台の屋根から垂れ下がって居る果物に手を伸ばそうとする彼に僕は腕を掴んで制止する。
彼は僕を見て首を傾げて居る。何が何だか分から無いと云う顔だ。
「……えー、此れも駄目なのか?」
「駄目。」
常識が全く無いのだからしょうがないのだろうけれども僕は語気を強めて否定した。
「こんなん此処に置いて居る方がわりぃだろ……。」
「ルールだから、ね? 好きなの選んで良いからさ、僕がお金出すから、」
頭をぽりぽりと掻いて居る彼ににかっと笑みを作って彼の腕を膝にぴたっと合わせた。
「うぐるぅぅ……。」
喉の奥で獣みたいに唸って顔に皺を寄せて居る。
やっぱり理解は出来て居無いみたいだ。
そりゃそうだ、きっと魔物の世界何ぞ食うて食われて殺し殺されの世界だ。理解出来無いのも理解出来る。
「……此れ、多分欲しいよね?」
「うん。」
「すいませーん! 此れ一つー!」
僕は其の果実を指しながら店主に話し掛けた。
彼の腕を掴んで又屋台街を彷徨き始めた。
彼は黄色い果実を齧りながらキョロキョロと屋台を見回して居る。何だか少し楽しそうに感じた。
と、僕は屋台を見ながら面白い物を見付けた。他の人が買って居るのを見掛けたのだが。
無論、美味しそうなのは美味しそうなのだけれども其れは如何やら鳥肉を素揚げして其の上にツンとする様な刺激臭の有る調味料か何かを掛けて居るみたいだった。
あまり嗅いだ事の無い匂いだ。
……何だろうか、絶対にジャンキーな食べ物なのだろうけれど。
「すいません……。」
店主の顔色を伺って少し弱い声でおずおずと話し掛ける。
「……はいちゃ。」
ヅィー族の男性がゆっくりと此方を振り向いて来た。
「ごめんなさいお忙しい所……此れって、何処の料理何ですか?」
頭の後ろに手を置き会社員みたいにぺこっと御辞儀をすると彼の眼を見て尋ねた。
「あぁ、そりゃドンベードといっち俺らん故郷ゴルベバ国ん郷土料理や。」
やや……いや結構訛りの有るエカルパル語で其う言った。
確かゴルベバ国は人間国の近くに在る小国だった筈だ。
へぇ、此んな所に其んな料理が有ったのか。
彼は油とかでやや汚れた紙を差し出して来た。
一セット六個らしい。
「……じゃあ其れ、一つお願いします。」
「んじゃ俺も。」
彼は何故か手を挙げて居る。
「ヴォグベ味とヂュデン味が有るけどどげぇする?」
平べったいお皿を棚から出したかと思うと僕等の方をくるっと向いて少し野性的な笑みを浮かべて尋ねて来た。
「……何んな味なんですか?」
僕は少し困った。何方も聞いた事の無い味だったからだ。
此う云う時は変に決めずに素直に尋ねた方が良いだろう。
「ヺ̇グベ味がちっと辛味の有る味や。」
「ヂュデン味はもおっと辛味の強い味や、美味いんやど?」
彼は僕にずいずいと顔を近付けて指で鼻を押して来る。
其の指からは思わず顔を顰めて了う様な強烈でスパイシーな香りがした。
「……なら、ヺ̇グベ味で。」
僕は一歩距離を取り人差し指を立てて其う言った。
何だか気まずく成って了う。
「おまえは?」
「リングと同じので。」
「分かった。百六十ベリルになるど。」
店主は右手を差し出して来たので僕は其の掌に硬貨を乗せた。
彼は銀色の硬貨を不思議そうに眺めて居た。
其の後は、各々好きな物を買って来た。
其れとポテトみたいな物も。ボーグと云うのだが。
映画館のポップコーンみたいな紙製のバケットに入って居る。
今は彼が持ってくれて居る。御盆も持ち其れも持って居るから一体何んなバランス感覚をして居るのだか。
「ヴァルトー、ガルー、買って来たよー。」
僕はお皿の乗ったお盆を持って彼等の座って居る席へとやって来た。
すっと置いたつもりだったのだがカコンと云う金属の音を立てた。
けれど、ガルジェが居無かった。
「ガルジェは?」
「今買いに行ってるみたい。」
木製の丸い机に膝を突いて僕等を見上げる様に見て来る。
「おーいおーい!! んへへぇ、買って来たぜー!!」
彼の御盆に此れでもかと料理が山状に連なって居た。
料理の山、とか云うけれども、本当に再現して了う奴が現れるとは。
「……え、何其の料理の山は。」
驚き、と云う依りも困惑して僕は其れを指して言った。
「いやあ腹減ってたかんなー、屋台巡ってたらついつい……へへ。」
自分の耳をぐるぐると抓りながらお茶らけたみたいに舌を出す。
そうとう腹が減って居たのだろうか。
「……皆も揃った事だし、じゃあ。」
ヴァルトが祈る様なポーズをしたのを見て僕達も同じポーズを取る。
彼はファルダの方を向いた。
「こうするんだって……え?」
「?」
けれど、彼はしっかりと祈る様なポーズをして居た。
ヴァルトが目を見開いて驚いて居る。
彼は其れを見て首を傾げて居た。
「「「「日々の糧に感謝して、そして生き物に感謝し、神様がくれた食物を頂きます。」」」
「……お前って……意外と其う云う所は知ってるんだな。」
ヴァルトがパスタみたな麺を巻きながら彼を見る。
「ん? こんぐらいは他の魔物も知ってんじゃねぇか?」
「そうなのか?」
「多分な。」
彼は骨付き肉を奥歯でワイルドに噛み千切った。
「あこれうめぇ〜〜〜!!!」
海老に白いソースを掛けた物をフォークで突き刺しながらくっちゃべって居る。
食べ物が見えて居る。あのさ。
ファルダは食べ方さえ豪華だけれども骨に肉のカス一つ残って居無かった。
もうちょっと、彼は綺麗に食べてくれないだろうか。
育ちは同じ筈なのに不思議だ。憖前世の記憶が有るが故に其う思って了うのだろうか。
「なぁ。」
僕がビョーマェㇻ̇を掬って食べて居ると急にファルダが話し掛けて来た。
「如何したの?」
何か神妙な顔持ちをして居るので、僕はスプーンを置いて彼の話に注目した。
ヴァルトも彼の方を見たが、ガルジェは食事に夢中に成って居るみたいだった。
「……食事の時に言ってる『神様』って何だ?」
「あー……。」
僕は彼から少し目線を逸らし頭を掻いた。
そうか、其の様な概念も理解出来無いのか。
何の様に説明したら良いのだろうか。
「ヷンド教では此の世界を作って管理して居る存在とされて居るな。」
彼はスープを飲んで居る。
「ほんとに居んのか? 其んなの。」
ファルダが眉根を寄せると見下す様な表情に成る。
「……知らねぇや。」
ガルが途んでも無い事を言った。
吐き捨てるみたいに揚げ物を噛み千切った。
「宗教を信じてんのに?」
「だって俺会った事ねぇし。存在だって怪しいじゃないか。」
ガルが思った依り現実的な事言った。彼は意外と此う云う事を言う。
「まぁ、そりゃあ其うだが……。」
ヷルトが苦言を呈する。
麺を一気に巻くと其れを飲み込む様に食べた。
まるで言葉も一緒に飲む込むみたいに。
もしかして、案外熱心な宗教家なのだろうか、彼は。
「けどぶっちゃけ言うと其んなもんだぜ? 皆、宗教信じてんのなんて周りに白い目で見られたくねぇからだ。本当に信じてん奴なんて二割三割じゃねぇんか?」
「まぁ……。」
ヷルトは何処か思い当たる所が有るのか苦笑して居る。
「……ふーん?」
ファルダは水を飲んだ。
「お前は如何なんだ? 何か信じてる宗教有るのか?」
ヷルトが不意に質問して来た。何故か、楽しげに。
「えー、無いなぁ。」
「……無神論者なのか。」
少し残念がるみたいに麺をくるくるとさせて顔を下げた。
「そ! 兄貴は信じてねぇんだぜな!」
「いや?」
確かに、僕は宗教に入って無い。只、無宗教者ってだけで、無神論者の其れとは違う。
「へ?」
「は?」
二人が此方を向いて顔を顰めて居る。
其処迄おかしいか?
「別に、居無いとは思って無いよ?」
「有る可能性は無くは無いし。何て言うかな……。」
僕はゆっくりと話し出した。彼等が驚きつつも耳を此方に向けて食べる手を止めて居る。
口が乾くのでコップを持ち上げて喉に流し込んだ。
けれど、其処迄言って言葉に躓いた。
よく謂われる全ての物に神が宿って居る……とはやや違う。
此う言うと中二病とか言われそうで恥ずかしいのだけれども、居無い訳でも無いと思う。有る、と断言出来る訳では無いが有っても良いと思うのだ。
何と言えば良いのだろうか。
「うーん……あぁ、けど……一人じゃ無いと思うな。色々居てもおかしく無いでしょ?」
「いや……其んなポンポンと居たら駄目じゃ無いか?
一体、誰が世界を創造した、って話だし。」
ヷルトがサラダをフォークで突き刺した。
成る程、其の物言いだと一神教でも信じて居るのだろうか。
「皆で役割分担したんじゃない? 別に、誰か一人が創った、て訳も無いんじゃ無い?」
もし、誰か一人が創ったと言われたら其う信じるとは思うのだけれども、今の所は沢山居たとて別に何かが起きる訳では無いと思う。
「う〜ん……?」
ヷルトは納得して居無い様だった。
「……面白いな。」
ファルダがにやにやと笑って肉を齧って居た。
一体如何して。
日本では八百万の神、と言った物が有ります。神道の考え方なのですが、日本の神道には経典とか有るべき道筋を教える物は存在しないみたいです。自然発生的に産まれた物みたいです。
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モチベに成りますので、宜しければ。




