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第七十六話:悪魔の囁きと天使の救い

 僕等は其の後、サラダ、ロ̇ロベンゲ、デザートと来て最後に珈琲を飲んで居る。

 割と苦い其れを飲んで居るとお酒の那の妙な興奮が段々と薄れて来る様な其んな気がする。


「……美味しかったな。」

 彼がコップをそっと置き、

 頬杖を突いてトロンとした眼で感情を募らせる。


「だね。」

 僕等は窓をぼうっと眺める。

 雪が窓を殴る様に本降りに成って来て居た。


 もう歩いて居る人は人っ子一人居無い。


 其んな光景を眺めて居ると珈琲の暖かさで(とろ)けて了いそうだ。


 * * *


「……お休み。」


「だな、お休み。」

 其の後戻って来てさっさと寝間着に着替えた僕等は布団に潜り込んで居た。

 因みにお風呂は併設されて居無い。


 一応、銭湯みたいな物は此の街には在るけれども、

 今日は雪も降って居るし精々濡らしたタオルで体を拭く程度にして置いた。


 瞼を閉じると今回は太陽みたいな光が(はし)った。

 中央が白くて周りにオレンジ色みたいに成って居てもわもわとなだらかに揺れて居た。




 ……寝れない。

 珈琲のカフェインの所為なのだろうか。


 パチッと眼を開けた。

 暗い木の梁が良く見える。

 前世の話だけれども、昔は此う云う時にもしかしたら何処かに幽霊が居るんじゃないか。柱からぬっと怪物が出て来るんじゃないか、と妄想した事だ。


 何だろう、何となく懐かしい気持ちに成る。


 僕は其んな事をボケーっと考えて居ると何時の間にか寝て了って居た。


 * * *


「……何か、久々だよね。

 母さんと此うやって旅行するの。」

 旅館の部屋で鯛の刺身を身長そうに食べて居る。


「其うねぇ、最近行けて無かったものねぇ。」

 母さんは日本酒をかなり豪快に(あお)って居る。

 ……其んなに飲んで、大丈夫なのだろうか。


 ややほっぺたが赤く成って居る。


「ぼ……俺は一度も行った覚えが無いよ?」

 俺は少し言葉を詰まらせて記憶を辿ってみる。

 もう中学生だし、僕とか幼稚な一人称は使いたく無いのだ。


「あぁ、確か昔に一度行ったっきりよね。」


「其れも小さい頃に。箱根だったわね。」

 母さんはお酒を呑むのを止めて煮物をゆっくり、まるで小鳥みたいに上品に食べて居る。

 さっきの豪酒っぷりとは大違いだ。


「へー……。」

 と言われても、全く実感が湧かない。

 多分本当に、本当に小さい頃だったんだろうな。

 父親の姿を少しでも見てみたかった。


 お母さんは又お酒を楽しそうに飲み始める。


「……お母さんさ、お酒……平気なの?」

 箸を一旦置いて目がトロンとして酔って居るみたいな母さんに話し掛ける。

 其んなに呑んで平気なのか不安だ。


「ん〜〜、最近は控えて居るけれど、

 割と呑むのよ。お母さん。」

 彼女は一時的に呑むのを止めて何が面白いのかふふふと笑う。


「飲むかしら?」

 徳利を俺の手前迄押し付けて来る。

 かなりキツいアルコールの匂いがする。

 此れを嗅いで居るだけでも酔って了いそうだ。


「……未だ未成年だから止めて。」

 俺はゆっくりを徳利を押し返して言う。

 おまけに他所だぞ。家でも無いんだぞ。


 * * *


 僕は朝から憂鬱な気持ちで目覚めた。

 ヷルトは未だ起きて無い。


 額を押さえて唇を痛みを伴う位に噛む。


 あぁ、最悪な悪夢を見て了った。

 楽しい夢だ、楽しい夢だけれども、

 其れだからこそ最悪なのだ。


 此の記憶を思い出して了ったら又那の時に戻りたいと思うじゃないか。

 憎しみは力に出来る、悲しみは糧に出来る、怒りは自戒に出来る。


 けれど、楽しさ、嬉しさは──

 如何足掻いたって其うは成らない。


 時には此うやって、自分自身を傷付ける事に成るのだ。

 だから、思い出したく無かった。もう、二度と思い出したく無いな。


 僕は此の世界で生きると決めたのに、

 其の記憶に溺れて了うじゃないか。


 あぁ、忘れろ忘れろ。

 忘れるんだ!


 頭を思いっ切り叩いて掌を見る。


 ……ほらな。


 取り敢えず僕は窓をガッと開けて外の様子を確認する。

 もう雪は降って居無い様だった。


「ヷルトー、起きてー。」

 彼を揺さぶって起こそうとするものの、


「うぅん……肉が襲って来る……。」

 とかなんとか言って寝ぼけて居る。

 一体、彼は何んな夢を見て居るのだろうか。


 僕は部屋の中のドアを開けた。

 其処には手押しポンプのハンドルみたいな物が二つ壁から生えて居た。

 目の前には何かの石で出来た洗面台みたいが在り、

 此れ又石で出来た蛇口の先みたいな物が在った。


 此れ、水道が通って居るのか思ったら其うでは無い。

 魔石を使って水を発生させて居るみたいだった。


 其等の左に在る方を押す。


 するとドボボボと水の湧き上がる音がした。

 右に在る扉を開けて外に出ると、木製のお風呂が在った。

 檜みたいな、木材の良い香りがする。


 もう一回、彼を呼びに行く。

 彼を又揺さぶってみるとうぅ……と声を上げながらのっそりと起き上がった。


「おはよう。」

「あ、おはよ。」


「……お風呂入れたから、入ろ?」


「え、あ、うん……分かった……。」

 ほわあぁと大きく欠伸をするとゆっくりと体を動かした。




「気持ち良い……。」

 空は丁度朝焼けが見えて居る。

 オレンジ色に輝いて居て僕の現在の心境とは大違いだ。


「……何か、又変な夢見た。」

 其の暖かいお湯に肩迄埋めながら呟く様に言った。


「マジか? 俺何も見無かったぞ。」


「え、本当?」

 那んなに、はっきりと何か言ってるのが聞き取れる位に寝言を言って居たじゃないか。

 なのに?


「うん。」

 嘘だろ。


「いや……見たかも知れないけど……覚えて無い。」


「へー……。」

 此う云う話を聞くと夢って云う物はつくづく不思議な物だな、と思う。


「あー……ガルジェ来てるかなー……。」

 僕は顔を半分埋めてお風呂へとどんどん沈んで行く。


「今日から、だっけ?」


「うん。」

 正確には、準備が、だが。

 準備が一週間位有って、例年通りなら八日間位学会が開かれる。

 其の後の片付けも有るけれど、今回片付けは断って居る。


「ヷルトも手伝って貰うよ。」


「……良いけど……大丈夫なのか?」

 もっと嫌がるかと思ったのだけれど、

 案外あっさりと承諾してくれた。


 此処で嫌な顔を一つせずに駄々を捏ねないのは本当に大人だ、と云う感じがする。


「大丈夫大丈夫。……多分。」

 僕は顔を上げて、自信が無いのであやふやな返事をした。


「多分かよ。」

 牙を見せて思いっ切り突っ込んで来る。


「へへへ……。」

 ぱしゃ、と音を立てて頭を少し掻く。

 さっき迄那んな事を考えて居た自分が馬鹿らしく成って来るな。


 前を向き直すと、もう夕焼けは過ぎ去って了って居て、

 代わりに水色の綺麗な冬空が学会の始まりを待つ様に輝いて居た。

楽しい事は勿論大切です。私も小説描くのが著しく楽しく無かったらやってませんから。


けれど、楽しい事は偶に呪いと化すのです。

決意を決めた人間には、特に。

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