第七十四話:ヱ̇デㇻ̇客亭※
十月十三日、客亭の値段設定を見直しました。
十月十四日、鱗雲之式日本語表記を修正しました。
「あ、見てよ見てよ。
凄い城壁だよ。」
僕はヷルトの肩を叩いて半分寝ぼけて居る彼を起こす。
「うん? ……あぁ、本当だ。」
窓に寄り掛かって居たけれども、
寝ぼけ眼をごしごしと擦って目をぱちくりさせる。
「那れがボマョェッ̻街か?」
僕の方迄体をやって此方の窓を見る。
「そう。」
馬車がゆっくりゆっくりと動くと、
どんどん壁が近付いて来る。
那の街依り壁は低いが、やや罅が入って居る其れは迫力が有る様に見えた。
やたら厚ぼったいからかも知れない。
「んじゃ。」
最早其う云う時のお約束に成って居る、
街に入る許可を取りに行ったみたいだ。
……ちょっと耳を欹ててみようか?
僕は耳の筋肉をぐりぐりと動かして彼が居る方向へと耳を向ける。
「何人居らっしゃるんですか?」
「……あぁ、三人です。
私と、ゲール族の男性が二人、です。」
「はい……はい、えー、
通行証は有りますでしょうか……?」
「はい。」
何かをボサッと置いた音がした。
「……おーいリング。」
僕は其方に集中して居たから、
唐突に彼から話しかけられた所為でちょっと体が震えて了った。
「ん、え? あ、何?」
「未だなのかな。」
奇異そうに思ったのか何処か物憂げに頭を少し下にやる。
「うーん、後もうちょっとじゃない?」
僕はもう一度彼等の声を聞く為、
再び同じ方向へと耳を向ける。
「はい、大丈夫です。
では那方の通路からお通り下さい。」
「……分かった。」
如何やら何か事件が起きた訳でも無く事は順調に進んで居るみたいだった。
此れなら──きっと大丈夫──
……いや、一つ彼に言い忘れて居た事が有ったな。
「あー、其うだ、ごめん言い忘れてた。」
「な、何だ?」
僕の其の急な話題変更に戸惑ったのだろう。
首に手をやって僕の眼を直視して無い。
「うんとねー、今回学会の開かれる場所が、
此処のボㇰ゛ベッㇰ゛区何だけど……。」
「其れが如何したんだ?」
彼は首から手を離した。
「魔法を使う事が条例で禁止されてる。」
理由は確か、魔法で動いて居る機械や装飾等が壊れ無い様に。
其れに干渉し無い様に、又、魔法で景観が損われない様に。
重要な施設が有るが故に破壊され無い様に。
大体此んな理由だった筈。
「……本当?」
彼は一驚して口を大きく開ける。
「ほんと、使ったら捕まる。」
彼なら流石に大丈夫だとは思うが、
一応釘を刺して置いた。
最悪懲役十年の禁固刑が待って居る。
彼の経歴を聞く限り、村から出た事が余り無いみたいだし、
多分知らないと思うのだ。
……正直、日常生活でまともに使える魔法が無い僕には関係無い話なのだけれど。
此んな事を考えて居ると何故か憂鬱な気持ちに成る。
「おーい、行くぞー?」
窓から彼が覗き込むみたいにして声を掛けて来た。
「はいはーい。」
* * *
其の後、彼とは学会が終わる迄一時的に分かれる事に成った。
此処に有る店舗へと行ったのだろう。
「ん? あぁ、貴男でしたか、
お久しぶりですね、カインドロフさん。」
とある宿へ入ると、
もふもふのコートを着た僕依り少し背が高い位の女性が此方をくるっと向き、
受付台に編みかけの毛糸の塊を置いた。
マフラーでも編んで居たのだろうか。
「こんにちは。」
僕が腕を差し出すと掌にそっと手を置く。
そして御淑やかに口に手を当ててふふふと笑う。
「今日は又魔法学会にお越しで?」
と言って櫛で明るい茶色の髪をサラッと梳かした。
「はい。」
何だろう、彼女は何処か色っぽい。
真っ赤でぷるぷるして居る唇の所為だろう、きっと。
「あら、今回はお友達もお連れで?」
僕の後ろに居る彼を覗くみたいに見詰め目を見開いて居る。
……いや、正直如何言ったら良いのだろう。
友達……では無いだろうし、
家族……と言われると其れも其れで違う気がする。
友達以上家族未満と言うのが正しいのだろうか。
其れじゃあ恋人じゃないか。
「いや……違う……けれど、
一緒に来たのは確かだ。付き添い……か? うん。」
「良いお友達なのですね。」
多分彼も友達とは言え無いから曖昧に其う返事をしたのだろうけれども、
彼女は少し勘違いして居るみたいだった。
「う〜ん……。」
ヷルトが苦笑いして首を傾げる。
「あ、今回お二人でお泊まりに成るのですか?」
「はい。十五日間。」
其うだ、僕が此処等辺で知って居る中で一番良い宿だと思うから連れて来たのだ。
「はい、一泊四万六千ベリルなので……
四十三万二千ですね。」
* * *
「疲れた!!! 寝たい!!!!」
僕は布団にダイブして枕へと顔を擦り付ける。
「……だな。」
顔を上げて反対側を向くと彼がベッドの上で荷物を片付けて居た。
「もうちょっと近くの宿でも良かったんじゃないか?」
一通り洋服やら何やらを出すと僕の方を向いてふと疑問を投げかけた。
「ん? あぁ、学会の時は此処に泊まるって決めてんのよ。」
「へー……何でだ?」
バッグのパチンを閉めると顔を下げた。
「心を落ち着かせる為と──」
「後……区に在る宿って、高いん……だよね。」
此処の宿はぎりぎり其の区から離れて居る所だ。
勿論近くの方が良いのだろうけれど、
ビジネスホテル以下の狭く簡素な宿で一人一泊二万ベリルは正直割に合わ無い。
其れだったら此方の方が良いだろう。
そしたら会場に行くのは如何するんだと、言われるだろうけれども、
今試験的とは言ってるものの旅行人も此処に住んでる人も
殆どの人が使える交通機関が在るから問題無い。
今の所はお金も掛から無いし。
「あぁ。」
「多分学会の時だけ高く成るんだと思うんだけどね。
掻き入れ時だし。」
僕は突っ伏すのを止めてジジ臭くベッドの上で胡座を掻いた。
「其んな凄い行事なのか。」
彼が又顔を上げて作業を止める。
「うんうん、本当にお祭り騒ぎだよ。」
那の熱狂ぶりは本当に凄い。
元々は魔法の新説や研究成果を発表する場だったのに、
何時の間にか屋台やら何やら増えて来たらしい。
「……取り敢えず荷物整理しようか?」
彼は僕が座って居る方のベッドを指して言った。
「だね。」
「……よし! 此れで〈オッケー!〉」
使った衣類は後で洗って貰うとして、
コート等上着はクローゼットに了った。
アメニティは無い。此れは此の宿がケチと云う依りかは、
此の世界では一般的には無いからしょうがない。
「……何か良い匂いしないか?」
窓近くの椅子で紅茶を嗜んで居た彼は唐突に言った。
「あー……そろそろ夕食の時間かなぁ。」
此処の宿は昼食は無いけれども、
朝食と夕食は付いて居る。
彼は其れを聞くと其れを飲み干して立ち上がった。
「お、じゃあ行こうぜ。」
「うん。」
僕等は一階へと降りて行くのだった。
此処からは特に戦闘シーンも無く続くと思います。
戦闘シーンは無いですけれども、此処からは山場にします。




