第七十二話:冷たい魔法
※前回、ヷルトの夢を書くスペースが無かったので此処に書きます。
本編に直接は関係し無いお話なので読み飛ばして貰って構いません。
◇ ◇ ◇
「なぁ。」
俺は部屋の壁に向かって話しかけて居る。
けれど虚しいかな、誰も返事はくれやし無い。
「那の頃……楽しかったよな。」
ボロボロに成って居る服を羽織り直して言う。
「如何して、お前は何処かへ行って了ったんだ?」
返事は来無いのは分かって居る。
分かって居るけど口から言葉が止まら無い。
「…………。」
窓からはヒョオオオ、と音がする。
俺は後何年、此の生活を続ければ良いのだろうか。
* * *
俺は布団をガバッと捲って目覚めた。
隣を見ると、リングが気持ち良さそうにすやすやと寝て居た。
……何か、物凄い嫌な夢を見た気がする。
(あぁ、けど……。)
俺は彼の顔をそっと触る。
ふわふわして居て気持ち良い。
……もう、那の時とは違うのか。
もう少し、人生を楽観的に見て良いのかも知れない。
けれど、其れとは別に償いをしなければ。
何か、もっと人の為に成る事をしなければ。
……でも、何をすれば良いのだろう。
彼は今那のパンをぐしゃっと鷲掴みして口に捻じ込む様に食べて居る。
……魔物だからか、かなり食べ方が汚い。
いや、待てよ。ファルダは此処迄食べ方が汚かっただろうか?
割と、いやかなり綺麗だった様な……。
「ドウシタ?」
「あ、いや……。」
僕がずっと下を向いて居たからか彼は其んな事を言って来た。
思わず彼から目を話して了う。
因みに彼がやって来た理由は如何やら、
「何か美味しい匂いがしたから厩舎から来た」
と云う事だった。
かなり自由奔放と言うか放埓と言うか、
よく此んな雪の中をがっさがっさと歩いて来たな、と。
氷の魔物なのだから当然なのだけれど。
「ウム、ウマイ。」
手に付いた粉とか脂を舐めながらヷルトを見て言った。
「こんなんで良かったら幾らでも作るが……?」
「ン、ジャモウイッコ。」
彼は人差し指を出して彼を見て強請った
ヷルトは皿を台所へと持って行った。
「……おいおい。」
ノルマが少し椅子から体を離す。
「まま、良いだろ?」
「食料が有るなら良いが……。」
ヴァルトが少し嬉しそうな表情で言うと、
ノルマは椅子に深く座り直した。
「へーきへーき。」
ジュージュー、とフ̇ィㇻ̇レㇺボェㇻ̇ㇳ゛が焼かれる音がする。
其れと一緒に美味しそうな脂の香りがする。
さっき食べた許りなのにお腹が空きそうだ。
「へー、にしてもお前人間状態にも為れたんだな。」
其う言って奴にお皿を差し出した。
「ウム。」
奴は又鷲掴みで其れを持ってペロリと食べて了う。
「……なぁ。」
「ン?」
急に少し真面目な顔で奴に目線を合わせる。
顔を一旦下に向けると、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「お前ってさ……神の使いか?」
「…………。」
奴は四つの目をギョロリと彼に向けて首を傾げて居る。
「いや……ノヸデ神話に確か……。」
顎に手を当てて少し前屈みに成って考え込んで居る。
……ノヸデ神話って、何なのだろうか。
正直言って、聞いた事が無い。
「あー、知ってる知ってる、
那れだろ? 凶暴の神の……。」
僕は知ら無いけれどヷルトは聞いた事が有るみたいで、
頷いて紅茶を一口飲んだ。
「其うだ、凶暴の神ベルトテスの使い。」
顔を上げて彼の眼を直視した。
「ダレダ? ソイツ。」
「……知ら無いのか。」
モーレスが訊くと彼はちょっと悲しそうな顔をした。
神話は飽く迄神話だ。史実と違って居てもおかしくは無い。
「ウム、」
「と云うか……モーレス、はさ、主とか居無いのか?」
彼は奴の名前を確かめる様に言って、カップを置いた。
「イナイ。」
其う言うとヷルトの行動を真似してか彼もコップを握るみたいに持って口に流そうとする。
「…………ヺハッ!?」
コップを置いて両手で口を押さえた。
「如何した!?」
ノルマがビクッと体を奮わせて立ち上がる。
「アヅイ……。」
目に涙を浮かべて苦しそうな声をあげた。
喉を何度も摩って居る。
(……何だ。)
気管とか変な所に入った訳では無いのか。
「熱い? うーん、其処迄熱くして無いんだけれどな……。」
ヴァルト紅茶の入って居るポットを眺めて不思議そうに見て居る。
「カナリアツイ。」
舌を出してヒーヒーさせて彼を見詰めて居る。
「那れだね、【ヷズヷズのベロ】だね。」
僕は紅茶を一口飲んでみた。確かに熱く無いな。
因みに【ヷズヷズのベロ】の意味は猫舌みたいな物だ。
「……オレハヅェㇻ̇バダゾ。」
と頓珍漢な事を言う。
「其う云う慣用句だよ。」
「……??」
僕はカップを置いて奴の方を見たのだけれど、
奴は意味を理解して居無いみたいだった。
しょうがないのかな、魔物だし。
『ドガサアァァァ!!』
少し姿勢を戻そうとすると何かが落下するみたいな大きな音が聞こえ、
体をぶるぶると震わせて了った
度肝を抜かれた。何故此のタイミングで。
「……如何した?」
ノルマが気遣わしそうな顔で僕を覗き込む。
「いや……何か雪の崩れるみたいな音がした……。」
「う〜ん、屋根の雪が落ちただけじゃないか?」
ヷルトは至極当然な事を言った後そそくさと立ち上がった。
如何やら
「う、うん……其うだとは思うけど……突然で……。」
『グシャアァァァ!!』
又其の音に体を震わせる。
あぁ、もう最悪だ。
耳が良いとは言え此んな弊害が有るとは。
今日はぐっすり眠れなさそうだ。
「……あぁ、確かに。微かにだけど聞こえるな。」
彼は自分の耳を窓へと欹て目線を何処にやって居る。
ヷルトは微かにしか聞こえないのか。
僕にとってはかなり煩く聞こえるのだけれど。
「……獣人って、大変なんだな。」
ノルマが小さい声で僕を見て呟いた。
「まぁね……種類にも依るけど、
僕の場合は音が本当に聞こえる。
此う云う時は邪魔に成るんだよ。」
溜息を吐き精神を落ち着かせようと紅茶を飲む。
……何故かもう冷めて了って居た。
僕は汚らしいが其れを一気飲みした。
「マホウツカエバ?」
「いやね……ゲード属性がちょっとと、
無属性全般しか使えないのよ。」
僕は少し寂しそうな顔で言うと、
奴は何故か確信したみたいな顔をした。
「フーン…………?」
* * *
「おぉぉぉ……。」
次の日、僕はやや寝不足ながらもベッドから起きた。
冬晴れだ。昨日依りも寒い気がする。
もう那の音なんてし無いが、
村の人達が雪掻きをして居るのだろう。
ガサッガサッと云う音がした。
ヷルトを揺すっても中々起きてくれないので、
僕は一人で外に行き、震える手で薪を取った。
体を縮こませながらリビングに行く。
「ン、オハヨ。」
奴が何故かリビングの椅子に座って僕に手を振って居る。
あれ、那の後厩舎に戻ったんじゃないっけか?
「う、うん……おはよ?」
ちょっと混迷しながら挨拶を返した。
「コレ。」
彼はキラキラと光る透明な宝石みたいな首飾りを僕に渡して来た。
僕は其れをそっと受け取る。
咄嗟に取ったけれども、持って良かったのだろうか。
「モッテケ。」
「あ、ありがと……?」
其れだけ言うと奴は扉の方へと向かって行って了った。
僕は彼の後を追う様に慌ただしく小走りに成る。
ガチャっとドアが開けられて、
バサッと云う音がした。僕は何故か必死に彼を追って居る。
(ま、待って!)
何故此れをくれたのか話を聞きたい、
そもそも、彼の事を何も分かっちゃ居無い。
「こ、此れ! 良いの!?」
僕は開けられた扉から出て、
上を向いて彼に大声で尋ねた。
「……ツカエバワカル。」
彼は其う言って翼を大きく振り空の彼方へ消えて了った。
嵐の後の静けさの様に、何処か虚しい気持ちに成る。
「おーい、リングー。」
後ろからヷルトの声が聞こえる。
「あ、うん、ちょっと待って。」
僕はもう一回じっと其れを眺めた。
もう少し、此の冷気を浴びながら感傷に浸っても良いだろうか。




