第七十一話:雪夢
※十月五日、純粋に誤字をして居たので直しました。
「……ねぇ。お母さん。」
「どうしたの?」
「お父さんは何処?」
「……お父さんはね……お仕事の都合で遠くに行っちゃったの。」
「ふーん。」
「だから此れからはお母さんと二人で暮らしましょ?」
「うん!」
「……ねぇ、お母さん。」
「どうしたの?」
「何で……何で其んな笑顔何だよ。」
「貴方の顔が見られて嬉しいからだわ。」
「違う! 違う! 俺は未だ何も果たして無い!!!
親孝行だってして無い!!! 何も返して無い!!!!」
「あのクソ親父にケリだって付けて無い!!!
なのに……なのに何で其んな笑顔で居られるんだよ!!!!」
「…………居られる訳じゃないわ、心から其う思ってるの。」
「なわけ無いだろ!!!!!」
* * *
「……おーい、リングー。」
「…………!!」
彼の耳元で囁いた声を聞いてガバッと起き上がった。
「如何した、青褪めた顔して。」
僕を覗き込むみたいにして見て来る。
元々黒い毛皮で包まれて居るのにな。
「……いや…………。」
僕は頭を掻いて目線を逸らす。
なんだか心がざわざわする。
今迄悪夢と言えば怒り、とか、苦しみ、とか、恐怖だったのに、
今回は『嘆き』だった。
もう、今生は親でさえ違うんだ。
なのに──なのに何故、何故。
如何して嬉しそうな那の顔が脳裏をよぎるのだろうか。
「……何か嫌な夢見ちゃった。」
苦しい笑みを浮かべて彼を見つめる。
「ははは、俺もなんだ。」
其れを見てか自分自身を指して目を細めて居る。
「……ふふふふ…………あはははは!!」
僕は段々と笑いが込み上げられなく成り、
序には彼を指して泣く様に笑って了った。
「何だよ、笑う所じゃ無いだろ。」
彼は少し困った様に僕を小突いて来る。
けれど彼も何故か笑って、何処となく嬉しそうな感じだ。
「はー笑った笑った。」
僕は何故か眼から涙が出て居た。
目をやたらとぎゅっと瞑って居たからだろうか。
「んで……外何んな感じ?」
袖で目をごしごしと拭いて彼をしっかりと見る。
「あぁ……見てないな、一緒に見に行こうか。」
自身の布団をガバッと捲ってベッドから降りた。
僕も続いて降りようとするが、
全身が外に出た途端、悍ましい冷気が僕を包み込んだ。
「うっわ……さっむぅ…………。」
胸の前で腕を組むみたいにして体を縮こませて了う。
何だ此れ、何時も依り何倍も寒い。
思わず体を震わせる。魂迄冷え切って了いそうだ。
「後で暖炉点けような。」
首をくるっと回転させて此方を見た。
「「うっわぁ……。」」
僕等は部屋から出て廊下のドアを眺めると略々同時に案の定驚いて了った。
窓に雪が打ち付けられる位の猛吹雪が映って居た。
「あぁ……こりゃ駄目だな。」
ヷルトが少し寂しそうに頭を掻いた。
一日二日位なら別に今後のスケジュールにも影響は出無いし、
僕は特に何とも思って無いのだけれど。
何故彼は落ち込んで居るのだろうか。
僕等はリビングに向かい、テーブルの上のランタンの火を点けた。
……彼が点けてくれたのだけど。
すると薄暗かった室内はぼうっと明るく成り、
彼の毛皮の白い部分が妖しく反射する。
彼は其れを点けてくれると立ち上がって言った。
「ちょっと外行って来るわ。多分室内に薪無いだろうし。」
「……うん。」
僕は頷く。ドアをガチャッと開けた音がした。
びゅおおと空気が流れ込む様な感じだ。
掌にはぁはぁと息を掛けて擦るものの其んなのでは如何にも成ら無い位には寒い。
気休め程度にしか。
……取り敢えず着替えるかな。
僕は自室に戻りクローゼットに有るカバンを開けて着替えを取り出す。
リビングに行って寝間着を脱ぎ何時もの装束に着替えた。
そして魔力をそっと流すと体にぴったりと合った。
もう一回那れを開けて寝間着用のカバンに其れを詰めた。
(よし。)
僕はもう一回リビングに戻り椅子に座った。
……未だなのだろうか。
ガシュガシュと雪を踏む音が周りで聞こえるのだけれど。
「ひえー流石に寒いわあ……狐って雪得意じゃ無いのか?」
少し待って居るとドアが又開かれてやや雪が付いた服を払って入って来た。
右脇に薪を幾つも持って居た。
「……いや此処でぶるぶるしてる僕依りかは得意だと思うよ。」
「其うなのか?」
彼は本当に思って無い様で目を見開いて言った。
そりゃ其うだろう。僕が寒さに弱過ぎると云う事も有るのだろうけど。
「だって寝間着一つで外に出て寒い程度でしょ?」
僕は何となくランタンの火を上げた。
ぼうぼうと音が大きく成る。
彼の紅い眼がぎらぎらもっと妖しく映る。
……もしかして僕も此う成って居るのだろうか。
さしずめ妖怪達の閑談だ。
「……あぁ、まぁ、確かに?」
頭を掻いて暖炉に向かって行く。
屈んで薪を入れてぱっと魔法で火を点けた。
……何故だろう、物凄く恰好良い。
「……よし。」
彼は其う言って部屋の方へと向かって行った。
あぁ、着替えるつもりなのだろうか。
僕は立ち上がって暖炉の前で手を擦り合わせる。
(うわ〜やっぱあったけ〜〜。)
夢見心地で其んな事を思って居た。
天国だ。最高。
「うわっ!!!」
「……あ。」
廊下の方から低い男性の声が聞こえた。
其の声を聞いて夢から覚めた様な気分に成った。
僕は其方に向かって歩いて行く。
其処にはヷルトの前で尻餅を付いて了って居るノルマが居る。
「…………あ、あぁ……ははは……。」
僕が後ろから現れると引き攣った笑いをして立ち上がった。
「……いやー、あの……あの……ははは…………」
「取り敢えず、居間来いよ。」
彼の何処とない気不味さを感じ取ってか手招きをする。
けれど彼は前と進んで行って了う。
「え、お前は……?」
「ん? 着替えて来る。」
「……ほいよ。」
ヷルトは着替えたもののノルマは寝巻きの儘だ。
ノルマは僕の隣に座っている。
彼は丸いパンみたいな物にフ̇ィㇻ̇レㇺボェㇻ̇ㇳ゛と云う丸いベーコンみたいな物を乗っけた物を差し出して来た。
其れを一口齧ってみるとザクッと云う音がする。
フ̇ィㇻ̇レㇺボェㇻ̇ㇳ゛の油が染みて居て美味しい。
「あー、にしても此う成るとやる事もねぇな。」
ヷルトが少し笑って其れを齧る。
「……ホントだよね。」
僕は紅茶を音を立てずに飲んだ。
華やかな香りが鼻腔を通って行く。
「明日には止むかな?」
コップをコト、と置いて顔を上げた。
「……さぁ。」
横を見るとノルマがやや不安そうな顔をして居た。
僕等が其んな感じに今後の予定とか、
世間話とか、他愛の無い会話をして居ると、
不意にどんどんと扉が叩かれた。
「ちょっと行って来るね。」
僕は後もうちょっとで食べ終わるものの、
此んな雪の中一体何の用事が有るのだろうと思って扉の方へ向かった。
「はいはーい、如何したんですか?
此んな雪の中……で……?」
扉から見えた誰かに僕は驚いた。
だって、
「ヨォ。」
其う言って四本指の手を振る彼は、
腕に翼の膜が在って鱗は透き通って居て黄色い眼が四つ有ったからだ。
完全に那奴にしか見えない。
一応、確認はしてみる事にする。
「……えっと、モーレス?」
「ソウダ。」
彼は頷いた。
雪は得意な筈なのに一体如何したんだろうか。
因みに彼の名前はモーレスです。モーレツでもモールスでも有りません。




