第五十七話:野宿
「じゃあ、今日は此処迄だろうな。」
彼は其う言って馬車を止め、
此方を見て言った。
外はもうかなり暗く、僕の眼では景色は見えるけれども、
もしヅィー族とかだったら十分に見え無い暗さだろう。
おまけに魔物の薄い鳴き声が聞こえる。
僕等は馬車から降りると、
テントを張って夕食を取ろうとする。
「……あ!!!!!」
ずっとバッグや収納魔法を眺めて居た彼が大きな声を上げ、
ゆっくりと此方を見て打ち拉がれたみたいに絶望した顔をした。
「食料……置いて来たみたいだ…………。」
覇気の無い震えた声で生まれた鹿みたいに全身を振るわせて居る。
「えぇ!?」
「……あぁ……。」
僕は思わず声を上げてしまい、
ヴァルトは額に手を当てて下を向いた。
何で僕等が此んな反応をするかと言うと、
元々彼に持って来た食料を預けて居たからだ。
「すまん!!!!!!!」
と親父座りみたいに地面に座って、
手を後ろで組んで謝って来た。
……そう謝られてたって今更如何する事も出来無い。
「……うーん、だったらしょうがない。」
彼は顔を上げて難しい顔をして首に手を当てて居る。
「あーあー、リング、武器持って来てるか?」
ヴァルトは冷静に、淡々と僕に言った。
「あ、うん。持ってる。」
今は馬車の内部に在ると思うが。
「じゃあ…………。」
* * *
僕はジェルフォンを追っかけて居る。
異常な迄に脚の高い奴は素早く中々追いつけ無い。
僕は木の枝に掴まり其処からジャンプをする。
そして剣を下に向けて奴を串刺しにした。
剣に血がべったりと付いてしまった。
後で拭くのが大変そうだ。
僕はナイフを出して其の場で革を剥ぎ、
適当に血抜きを済ませた。
綺麗な肉が見える。
血の臭いで魔物が集まって来て了うからさっさと此の場を離れなければ。
冬の夜は本当に暗くて寒い。
もし此の体で無ければ如何程暗闇に恐怖して居た事だろうか。
今は恐怖する事も嫌がる事も無い。
寧ろ暗闇は僕等の住処だ。
「ほいー、ゲルフさーん、採って来たよー。」
「あぁ、ありが……ってうわ!? ってクリングルスか……。」
僕が森の中からぬっと出て来たからか彼は身をこちらがびっくりする程震え上がらせた。
そして安心したかの様に息を吐く。
「……待って!? 何だ其れ!?」
そしてゆっくり僕の右手を見て驚いた。
……綺麗な迄に二回驚いたなぁ。
ランヴァーズなら魔物を首根っこ掴んで持って来る何て日常茶飯事な光景何だけどなぁ。
「ん? ジェルフ̇ォン。」
僕は魔物と彼を交互に見て言った。
「お、おう…………。」
彼は僕がごく当然かの様に言ったからか、
立ち上がって手を払った。
「取り敢えず血抜きは済ませてるから此の儘使って大丈夫だよ。」
其う言って彼に近付いて右手を差し出し、
彼はちょっと其の光景にびくびくしながら受け取った。
僕は彼が座って居た反対側に尻を付ける。
「おーい、茸とか取って来たぞー。」
ヴァルトが葉の無い森の中からぬっと現れた。
手には何か籠みたいなのを持って居る。
「お、ありがとー。」
僕は手を振り後ろを向いて彼の目を見る。
「……あー……。」
彼は僕らが囲んで居るランプの前に座ると首筋辺りを触って苦々しく笑う。
「如何した?」
ランプの上部を触って光量を調節して居る。
「あ、いやー……。」
彼から笑顔が消えて収納魔法から何かを出した。
「ちょっとリングこっち来て。」
「何?」
彼が僕を見て言うと暗闇の方へと進んで行く。
僕は其れに続く様にして立ち上がって着いて行った。
或る程度進んだ所で彼は其の場に座って収納魔法をガサガサと探して居る。
僕も同じ様に座り、タオルを敷くと那処から何かを出して来た。
「此れ如何する?
襲って来たからしょうがなく倒したんだけど。」
彼から見せられたのはヷㇲ゛ヷㇲ゛と云う魔物だった。
名前はちょっと可愛らしいが龍みたいな印象だ。
龍と違ってあんなに顔は厳つく無いし髭も生えて無いが。
人に依っては怖がる人も居るかも知れない。
「食べるにも身がクソ不味いし皮は如何にも出来無いし、
だからって魔術的な云々には使え無いしその癖無駄に強いし……。」
彼が愚痴る様に嫌々と言った。
まぁ確かに。例えるなら経験値もお金を落とさないし、
だからと言ってレアドロップが有る訳でも無い中ボス並の強さが有る
雑魚モンスターみたいな存在かも知れない。
けどちょっと待てよ。
「あ、けどねー。」
其の腹部を触ってひらっと裏っ返す。
……うん、腹部に傷は付いて無い。
「ん?」
僕を上目だけで見て来る。
「ホルベでは回収しないけど、魔臓取っといてくれたら嬉しい。
跳躍力上昇の薬品に使えるから。」
魔臓は魔力を貯める機関だ。
此れが有るから人依りも高い水準の魔法が使えると謂われて居る。
「え、使えんのか?」
ちょっと意外だったのかやや口を半開きにして言った。
「そ、まぁ確かに余り使われはし無いけど……
そもそも、取り出すのが異常に面倒くさいし……。」
僕は右頬を人差し指で軽く掻く。
普通、其う云う事をしたいなら殆どの人がダーベイ属性を使う筈だ。
じゃあメリット何て無いじゃんと思うかも知れないが、
薬品等で発動させる魔法は魔力を使わ無いのと、
僕みたいな特定の属性が使え無い人にとっては優秀なアイテムだ。
……其の為には魔物狩ったり鉱石を買ったりしなけれな成らないからコストが異常に掛かるのだけれど。
「あぁ……確かに解体する時いっつも何かぐちゃって成ってたな。」
目線を魔物に戻すと確かにと言う様に頷いた。
「そっか、んじゃあお前にやるよ。俺は魔術的な事何もし無いし、収納魔法を圧迫するだろうから。」
彼は反対側に行くと其れを抱き上げて僕に渡して来る。
「……〈マジ〉で?」
「……? あ、おう。」
一瞬リング語が理解出来無かったのかちょっと合間を開けて頷いた。
それなら有り難く貰おう。
「おーい!!! おーい如何したんだよぉ!!! 戻って来てー!!!!!」
……馬車の操手の彼が悲鳴の様な絶叫を上げて僕等を呼んで居るみたいだ。
「……あぁ、行こうか。」
「だね。」
僕等は顔を見合わせて其の場から立ち上がった。
勿論、魔物は収納魔法に入れて。
「あぁ良かったぁ!!!!!
何処に行ったかもう……。」
胸が張り裂けそうだったのかは分から無いが、
僕等を見るとホッとしたみたいでちょっと息が落ち着く。
僕は獣人に成って了ったから酷い言い方かも知れないが彼の心境は余り分から無い。
勿論、魔物とかに囲まれて居たら恐怖を感じるだろうけど、
此れだったらたかが暗闇と考えて了う。
見えて了うもの。
「取り敢えず、食事にするか?」
ヷルトが彼に向かって尋ねる様に訊く。
「……あぁ、そう……だな。うん。」
馬車を引いてるノルマがポカやらかす回でした。
次は多分夕食のシーンから始まります。




