第五十六話:宿屋の朝食
今回はちょっと短めの御話です。
「おは…………。」
何かパンの焼ける様な良い匂いで目覚めた。
(あれ。)
ヷルトが居無い。
右隣のベッドにも居無いし何処行ってたのだろう。
「……あぁ、リング、起きたか。」
彼が僕を見ると部屋の中に入って来る。
「あ、おはよ。」
ボケッとした頭を働かせてちょっと低い声で言った。
「あぁ。おはよう。」
彼はベッドにどんと座った。
寝間着から着替えた僕等は一階の食堂みたいな所に向かって居る。
「なんか良い匂いするね。」
階段を降りるに連れて鼻腔に入って来るちょっと焦がしてしまった様な匂いと、
コンソメみたい野菜を煮詰めた様な香りと、
果物とか、兎に角美味しそうな香りがして来る。
「あぁ、異常な迄な。」
彼がちょっと不快そうな顔をして言う。
(……異常な迄?)
異常では無いと思うのだけれど。
「え、普通じゃない?」
其う思った僕は彼を見て不思議そうに言った。
「いや、え?」
けれど彼はちょっと驚いて居る。
「うん、だってゲール族だし普通じゃない?」
「あ、まぁ……確かに……うん……あ、そっか…………。」
僕が当たり前みたいに言った其れにちょっと下を見て困惑しつつも納得した様だ。
「俺もそろそろ慣れないとな……。」
自分自身のマズルを触ってへへへ、と笑って居る。
「そうなの?」
僕は転生した頃から慣れて居たと云うか何故か余り乖離が無かった様に思う。
最初は……確かに違和感が有ったかも知れない。
「うん、やっぱり何処となく慣れない。」
彼はぴんと耳を引っ張って居る。
其んな他愛も無い会話をして居ると食堂みたいな所に着いた。
「あぁ、こんにちは〜。」
食堂に居る鹿のおねぇさんが愛想良く言って来た。
けれど彼女は僕等を笑顔で見た後、何か面倒臭そうな顔をした。
僕等が何かしたのだろうか。
僕等が朝食を取って適当な席に座り、
食事を食べながら楽しげに会話をして居ると、
誰かが背後からぬっと誰かが出て来た。
「あ゛!! ネッコちゃ〜〜〜ん、ひっさびさじゃ〜〜〜ん。」
あの例のファール族の男性が金属のお盆をそっと置いて僕の隣に座って来た。
……面倒臭い奴が現れた。
「あぁ、こんにちは。」
僕はニコニコと笑顔を作って其う言った。
あぁ、何で此奴は此んな所に居るんだ。
「リング、コイツ誰?」
「……分かんない。」
耳元で言われたけれど、
僕はぼそぼそと答えた。
「へへへ〜〜〜何処行くんだ?」
まるで毎日会って居る気の知れた親友の様に言って来る。
「えっと……冬の学会に……。」
彼の仲の詰め方が僕にとっては中々に良く無い物だ。
又二回しか会って居無いし、自分のパーソナリティに無理矢理踏み込んで来て居る気がする。
「学会ぃ? 其れにしてはちと早すぎんじゃねぇか?」
其れを聞くとにやにやとするとちょっと馬鹿にしてスープを飲んで居る。
「まぁ……何て言うか……
学会の準備に呼ばれてまして……。」
僕は曖昧に、何をするか迄は言わ無いで置いた。
「へ〜〜〜おめぇ其れだけなのか?」
「……其れは言えません。」
言える訳有るか。
「うっそだぁ言ってくれよなぁ〜〜〜。」
僕に畳み掛ければ話すと思って居るのか、
顔をズイズイと近付けて来る。
「言ってしまったら他の魔道士にも迷惑が掛かるので……。」
何か有ったら僕が責任を取る事に成る。
一応県が開催して居るイベントだから他人には無闇に言え無い。
「ふーん…………。」
けれど彼は納得して無い様だった。
「えー、あー、あんたは何で此処に?」
ヴァルトは彼を怪しんで居る様に見えた。
「あぁ。俺ぁ偶々此処等辺にうめぇ店ねぇかなぁって思って探してたんだけど、
偶々泊まった此処の朝食が美味くてさ、
其れから……どんくらいだっけ? 一週間? いや其れ以上かもな。」
彼は僕達が何んな表情をしてるか何て気にもせずに捲し立てる。
「え、でも正直言って普通……。」
僕は言ってから気付いた。
(あ、此れ中々失礼な事言ってんじゃない?)
ちらっと後ろを見ると那のお姉さんが怪訝そうな顔で此方を見て居る。
其れを見無いフリしてゆっくりと彼に顔を向けた。
「其れが良いんだろ〜〜、素朴で純粋な味付けで?
其れで居てしっかりと火が通って居て美味しいじゃないか。」
其う言われてビョーマェㇻ̇を掻き込む様に食べてみるが本当に普通の味としか表現しようが無い。
「……まぁ、おいしいですけれど……。」
僕は彼の顔を見てちょっと首を傾げながら言った。
其の様子を見て居たヴァルトが御盆を持って立ち上がる。
「さ、リング、行くぞ。」
彼は御盆を彼女に返して食堂の入り口近くで僕を呼ぶ。
「えちょ……。」
彼が大きく口を開けて
「え、あ、え?」
「此んな所でくっちゃべってたら馬車に送れるぞ。」
ヴァルトは諭す様に、冷静に僕に言って来た。
「……う、うん、其うだね。」
僕も御盆を持って立ち上がる。
* * *
「お前嫌だったら断れよ。」
ちょっと馬車にも慣れて来たのか話し掛けて来た。
「うーん……けど……何かなぁ、って。」
「何となくお前の性格上分かるけどさ、
でも今日は時間も無いんだ。断った方が良いに決まってる。」
「……うん。」
「で、あー、えーっとさ、
次の町……何処だっけ。」
「ク̊ービェン。」
馬車を引いて居る彼が顔を向けずに言った。
「あぁ、そうそう。」
ヷルトは彼を指して頷く。
「で、其処……行くんだろ?」
確認する様に訊いて来る。
「あぁ、らしいね。」
僕はク̊ービェン町には言った事が無い。
「多分結構遠いから二、三泊野宿する事に成るんじゃないかなぁ…。」
ちょっと顔を下に向けて考え込む。
「ほーん。」
彼は意外だったのかちょっと嬉しそうな顔をした。
「だから魔物に襲われ無い様に護衛でも雇えって言ってたんだね。」
僕は顔を上げた。
「俺等戦えるし別に要ら無いけどな。」
するとふざける様におちゃらける様に笑顔で右手を小刻みに振った。
「まぁねー、出て来無いのが一番では有るんだけどさ。」
僕と彼ならきっと大丈夫だとは思うが、
正直体力も使うし出て来て欲しくは無い。
「……アンタ達は騎士団か何かなのか?」
騎手がヴァルトよりも低い声で平坦に言って来た。
「いや、ランヴァーズで……。」
僕等は顔を其方に向け、
彼はちょっと困った顔で言った。
「どんくらいだ?」
此れはランクの事を言って居るのだろうか。
「僕がアヲ̇センㇳで、ヴァルトがヅァェヲ̇センㇳ。」
自分の手を胸に当てて、其の手で隣のヴァルトを指した。
「はー、じゃそこそこ戦えるんだな。」
声色がやや明るく成って居る様な気がする。
「まぁ……其うですね。」
ヴァルトの目をゆっくりと見つめながらやや声のトーンを落としてしまった。
「俺も一応其う云う道は通らない様にはするけど、
もし万が一通っちゃったらお願いな。」
するとひゅっと一瞬顔を此方に向けて言った。
顔はほがらかだった。
「はい。」
何か色々と上手く纏められ無かった様な気がします。
リングさんの事とか……ファール族の那の男性の事とか……。




