第四十七話:応接間では処世術を
彼の家に通された僕は、其の家をちょっと興味深く覗いて居た。
何かの置き物に、何かの仏像。
捧げ物みたいなのが至る所に置いてあり、
かなり異質な雰囲気を醸し出して居る。
中でも一番僕の目を引いたのは掛け軸の様な物だった。
リビングだろう所の壁に張って在って、
ハゥキ̊ヤェコーサイ・ハェーユ・クアって書かれて居る。
日本語に直すとしたら……『崇拝して居る』とかだろうか。
神様に対して『神様を信仰して居ます』の方が近いかもしれない。
僕は彼の妻と見られる女性に連れられてと或る部屋にやって来た。
其処はやたら綺麗で、応接間みたいな場所だった。
やっぱり那の掛け軸は飾って在る。
僕は椅子に座って其の儘彼が来るのを待ってみる事にした。
「いたっ!!!」
如何しよう、
此の椅子、背もたれが全面在るタイプだから尻尾の置き場が無い。
僕は尻尾を前にやって膝の上に乗っけた。
此れやると尻尾が痛むから嫌なのだけど。
僕は尻尾を掴んで彼を待つ。
……中々来ない。
暖炉も無いから肌寒いし、
早く来て欲しいと節に願う。
……ところで、彼の家に来たと云うのにマリルちゃんに一度も会って居無い。
自分の部屋に居るのか、其れとも今は出掛けて居るのか。
其んな事を考えて居ると彼が扉から現れた。
「あ、お父さん。
さっきはすいません、かなり失礼な事をしてしまって……。」
僕は椅子から降りて正座を付き、手を後ろにやって両指を合わせた。
彼は其れを見て嫌な顔をして居る。
「……ホントだよ。」
吐き捨てる様にボソッと言った。
多分独り言のつもりだろう。
獣人相手に悪口は止めた方が良いのに。
僕は正座するのを止めて椅子に座り直した。
勿論尻尾は膝にやってる。
彼はやや威圧的な態度で腕を組み、
僕を完全に見下して居る。
「……先ず、お前とマリルは如何やって会ったんだ?」
其の態度を崩さず僕に質問して来て居る。
「あ、はい……えーっと其うですね…………。」
先ずは何処から話せば良いのだろうか。
「……私の家で、作業をして居たんです。
で、其処に娘さんが現れまして……。」
此処は変に怪しまれ無い様に詳細な所まで話してしまおう。
「其の時は……其うですね、かなり怯えた様子でしたね、
僕が近寄ると直ぐ逃げ出してしまって……。」
其う言うと、彼はにやにやと口角を上げて居た。
……何でかは知ら無いがかなり気味が悪い。
「其の後は確か……那処の公園、在りますよね?
其処でもう一回会いまして……で……。」
其う言った所で彼が話を遮って来た。
「其処で惚れさせる魔法でも使ったのか?
お前ら獣人は其うやって野蛮な事をよくするからな。」
彼は一見冷静に見えるが勝ち誇った様な表情をして居る。
(野蛮なのはそっちだろ。
首を絞めて来たり剣を振るって来たりした癖に。)
其う言いたいが止めて置いた。
「いえ、娘さんが私の耳を触りたかったみたいで
近寄って来たみたいです。」
何が其んなにマウントを取れるか知ら無いが、
僕は其の場に起きた事を淡々と話した。
彼は僕の発言に対して怪訝な顔をする。
「其の後は確か……雨が降って来てしまいまして、
雨に濡れるのもよく無いからと私が言い、
娘さんも家に帰りたく無いと言って居たのでじゃあ私の家に行こうか、と言って……。」
冷静に……冷静に……其う思って居たが彼の逆鱗に触れてしまった様で、
さっきの気色悪い笑顔を止め目を釣り上げて怒って居る。
「……連れて帰ったのか?」
後ろから魔力の炎をメラメラと出し、
まるで味方の敵と謂わんばかりに怒りの眼で睨んで来た。
「まぁ、其うですね……すいません……勝手に連れて帰ってしまって……。」
実際、前世だったら誘拐に成って居た所だった。
宜しく無い行為だったのは重々承知して居る。
「本当だよ、人ん家の娘を勝手に何て……!!!
非常識過ぎるだろ!」
彼は水を得た魚の様に僕を突き詰めて来る。
重箱の隅を突く様な行為だ。
只、此処で分かった事が或る。
(……本当に娘さん、大好きなんだな。)
もしかしたら此の異常とも言える僕に対しての行為は
娘さんに対する愛情の裏っ返しなのかも知れない。
其う思って納得する事にしよう。
「獣人は本当に勝手で他人の気持ちを考え無い!!!!」
正直言って其れは分かる。
何でもズカズカと踏み込んで来るし、
言いたい事を所構わず言うし。
けれど、其れが彼等の良い所でも有る。
何時も周りとの調和を気にする依りかは良いだろう?
「で、何だ? 其の後は何で俺の娘があんなに成ったのか
話して貰おうじゃないか、なぁ?」
彼は散々な事を言った後、
苛々しつつまるで尋問をするかの様に言った。
「あぁ、はい……其うですね……。」
僕は右上を見て頭の中で言葉を纏める。
「其の日、何時も通りに娘さんが私の家に来まして……。」
気が立って居る彼は其の言葉に口を挟んで来た。
「で、其処で? 仲間が欲しいからか?
如何せ無理矢理其うさせたんだろ?」
悪態を付いて僕を責める様に言葉を並べる。
僕は此の話の通じ無さに既視感を覚えた。
(……前世の上司だ。)
人の話を聞か無い、思い込みや憶測で事実を決め付ける、
やたらと威圧的、嫌いな人物は思いっきり見下す等、
瓜二つだ。
(対処には慣れてるし、まぁ良いか。)
少なくとも前世の上司とは同一人物では無いだろうし。
上司も転生して来たと云うならとんでも無い偶然だ。
此んな運命は絶対に感じたく無い。
「いえ、実は獣人に成りたいと言ったのは娘さん何です。」
「はぁ!?」
何故か彼が驚いて居た。
其う云う反応をするからにはマリルちゃんと話して居ないのだろうか。
「御免なさい、私が那処で止めて於けば良かったのですが、
余りにも凄い熱意だった物で……多分此れは何か有るんだろうな、
其う思ってやってしまいました。」
本当は微塵も謝りたくは無いが、
言葉の表面だけをなぞって謝って置いた。
「……本当何だろうな?」
体をかなり前のめりにして眼を見つめて来る。
「はい……本当です。」
其の碧眼の眼で見つめられると青が恐ろしくて竦んでしまう。
『嘘だろ……? 那のマリルが……???』
彼は乗り上げるのを止めて、
頬杖を付きながらぼそぼそと呟いて居る。
……なら、此れも言っといた方が良いかもな。
「……如何やら、前々から獣人と云う種族には興味が有ったみたいですよ?
獣人を知りたいと言って、獣人に成りましたから……。」
彼は其れを聞くと頬杖を止め眉に皺をかなり寄せて、
口を開けて僕を依り見下す様に見て来る。
まるで僕が嘘でも言って居る様な感じだ。
『うっそだろ……那のマリルが……??
いやいやいや……有り得無い有り得無い……。』
彼は又頬杖を付いて今度は眼が震えて居る。
(本当なんだけどなぁ……。)
「あの、お父さん? 話しても宜しいでしょうか?」
僕が言うと頬杖は止め無かったけれども目は此方を向けて来た。
「……此れで、お話は終わりですけれども、
何か、気に成った所とか……分から無かった所とか有りますでしょうか……?」
彼におずおずと訊いてみる。此処で言う事じゃ無かっただろうか。
すると彼は頬杖を止めてかなり大きく溜息を吐いて眼を下に向けて、
ちょっと不満そうに此う言って来た。
「……じゃあ一つ。」
「は、はい。」
何だろう、何故獣人に興味が有るとか、
其う云う事だろうか。
其れとも、あんなに怯えてたならお前に興味何か持た無い!
とか其う云う事だろうか。
「……何でお前は獣人なのに其んなんに理性的で理屈的なんだ?」
(其処!?)
まさかの僕に対しての質問だった。
其う言われても……僕だからと言うしか無いのだが。
「獣人にも色々居ますから……ね。
確かに暴力的な獣人は居ると思います。
けれど、理性的で野蛮な行動を全くし無い獣人も勿論居ます。
私は偶々後者の方……だったのでしょうね。」
僕が丁寧に答えると彼は不満そうな顔をして舌打ちをした。
「……正直言って、お前は気持ち悪い。
さっき俺が攻撃した際には今まで会った中で一番獣みたいだったのに、
話してみると此うだ。やたら理性的で理屈的……言い回しもだ。
ヅィー族みたいで気持ちが悪い。」
酷い言われ様だ。まるで異質な物でも見るかの様な目で僕を見て居る。
……本当に其うなのだろうか。何方付かずだと僕は思うのだが。
僕は全ての事を話し終えたので彼に一言言って玄関へと向かった。
取り敢えず何とか成りましたね。
後は上手く事が進めば良いのですが……。




