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第百九十四話:朱い仔と碧い仔

「あ、久しぶり。」

 教会に行ってみると、赤髪の少年が祈りを捧げていた。

 久方振りだ。家でカードゲームをしたことのある仔だ。

 彼は何故か照れ臭く頷いた。


「……ん、こんにちは……」「座らせてもらうね。」

 前面を向くとステンドグラスから光が射し込んでいるのが分かった。

 色とりどりの光が僕等を照らしている。


「……あの。」「どうしたの?」

 彼は僕を悪魔でも見るような怪しむ目付きをしている。

 顔を地面に向ける。背中にポンと手を置くと僕の眼を覗き込んだ。

 懇願しているみたいだ。


「いや……こんなこと言うの、おかしいかもしれないんですけど……。」

 ぼそぼそと言葉を捻り出している。そんな彼に僕は首を傾げる。


「何でも、吸い込んじゃうんだなあ、って……。」

 僕の体のことを言っているのだろうか。ほんのりと口角を上げて見返す。


「黒いからね。」

 とだけ言った。けれど、彼は不満そうに僕の眼を凝視した。

 その茶色の眼は(よど)んでいる。


「……けど、眼だけは、紅いんですね。」

「光ってる。色々な色を取り込んでいる。」

「希望が満ち溢れている。」

 早口で(まく)し立てると、僕から目線を外し溜め息を吐いた。


「……ズルい。」

 背凭(せもた)れに体重を総て掛けて地面を不服そうに蹴る。

 カツンと音が鳴る。おいおい。お祈りをするような場所で其の行為は許されざるべきだ。


「なんでさ?」

 それでも彼の苛立ちは消え失せない。


「大人のクセに、夢を描いているなんてズルい。」

 頬に両手を当ててげんなりとした様子で口を尖らせた。

 僕はふふふと笑い、彼の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「子供がそんなに落ち込んじゃあ駄目だよ。」


「子供は希望を持ってないとさ。」

「持てないから言ってるんです。」

 彼は僕の手を払った。面白いくらいに頬を膨らませている。


「君は何に成りたいんだい?」

 今度は僕が彼の眼を覗き込んだ。

 彼は驚いたのかはっとしたのかゆっくりと目線を外した。


「……無い。」

 とだけぽつりと呟いた。


「無い?」


「無い。」

 しっかりと頷く。どうしようか。困ったな。

 僕も同様に背凭(せもた)れに体重を掛けた。軋みはしなかった。

 腕を組みながら天井を見上げる。虹色の光は天井まで自分色に染めているようだ。


「……無いかあ……。」

 吐き出すように言った。とは(いえど)も、僕だとて昔っから夢を持ち続けていたワケでは無い。

 何方かと云えば此の世界に来て初めて、そしてやっとちゃんとした夢を見付けられた程度だ。

 未熟過ぎる大人で有ろうが、彼にもう一つアドバイスは出来ないものだろうか。

 ならばまずは理由を訊かねば為らぬ。口角を上げながら顔を見詰めた。


「なんで無いのさ?」

「希望が見出せないから。」

「なんで希望が見出せないのかい?」

 彼は唇を噛み締めた。答えに困っているみたいだ。


「……夢がないから……。」

 絞り出した答えは其れみたいだ。


「ははは、堂々巡りだねえ。」

 笑ってはみたものの、思えば皓だったときも同じような事を思っていただろう。

 夢は無くても生きられる、然し夢は巨大なエネルギーだ。

 電気や魔力なぞと比べものに為らぬ、それも著しく莫大な生命力(ヷイタリティ)だ。

 だから一つくらい漠然とでも持っていた方が善い。


 けれど、彼は夢が無い。それだけか。根本の夢、が無いのか。

 だが、人間獣人一つくらい夢は持っている筈だ。きっと気付いていないのだろう。

 皓だったときは、馬鹿らしくも、中学生らしく『バンドを結成したい』とでも思っていた。

 けれど、歳を重ねるごとにそれが不可能だと気付いていった。


 僕は夢に破れたのでない。夢を諦めたのだ。

 もし、夢に対し真摯に向き合っていたのなら少なくとも死ねるまい。それだけは言える。

 死人のように生きるのなら──それなら彼には自分で自分の道を見付けてほしい。

 なら、そうだ。イヂワルをすることにした。


 僕は立ち上がった。彼は眼を細めている。


「ま、そんなもんさ。世界は広い。そして君は若い。自分の足で見付けな。」

 にっこりと笑顔を作りながら彼を見下ろした。不服そうにもっと頬を膨らます。

 そして言葉を突き出した。


「……ズルい。」

 恨みの籠った言葉だった。


「助言も無しに、見付けろ、って。」

 僕は彼の頭をわしわしと掴む。笑顔の儘、言った。


「助言はいっぱい上げたよ。君が気付いていないだけさ。」


 * * *


「あ。そういやあ、最近マリルちゃん来ないね。」

 レポートを書き留めていた僕はポツリと呟いた。

 すると、彼等の手も止まる。ヷルトは本をパンと閉じた。


「……確かに。」

 バクダは何かをしていたのだろうか、万年筆をくるくると回しながら左手で頬杖を突いている。


「マリルちゃんってアレでしょ? 獣人に変身できる()。」

「そうそう。」

 小刻みに頷く。「うーん」とヷルトは唸っている。


「かなりリングに懐いてたよねー。ヷルトにも。」

 憎たらしい迄にニンマリと口角を上げる。彼はバクダを睨んだ。


「……俺は別によい。纏わり付かれてもほとほと困り果てるだけだ。」

「へえ、なんだか楽しそうに見えたけどね?」

「そんなワケ無かろう?」

 彼の目が光ったような気がした。バクダは「うっ」と声を上げた。

 気疎(けうと)くなったのだろうか、両手を前に突き出す。


「冗談冗談。」

 空々しく言う。きっと心にも思っていないであろう。

 もし彼に汗腺が有るのなら、いまごろ全身から汗がだらだらと噴き出していそうだ。


「……にしても本当、最近来ないね。何が遭ったんだろう?」

 態とらしく首を傾げ、話を逸らしてやった。彼は安心したのだろうかほっとした表情をしている。


「最近、とは云うけれど、どのくらい来てないの?」

 調子付いたバクダが机に乗り上げ、ゆったりと尻尾を揺らしている。


「前は二日にいっぺんは必ず来ていた。朝に来て帰ったかと思ったら、夕方にまた来たりはザラだった。」

 ヷルトはもったりと頷く。表情の乏しい彼だとはいえ、気遣わしげに眉を下げている。


「ええ。そんなに?」「ああ。」

 バクダは顔を(しか)めている。椅子の背に凭れ全身を置き、後頭に手を当てている。


「それが一週間も来ていないんだよ。心配にも成るでしょ?」「確かに……。」

「けどけど、なんか理由が在るんじゃない? 来れない理由が。例えば親御さんと外国に出掛けているとか。」

 と彼は可能性を立て連ねるが、


「母親は知らぬが、父親とは仲は()くはない。寧ろ(わる)いくらいだ。」

 ヷルトが淡々と否定した。彼は「うーん」と唸りあげる。


「じゃあ、なんでだろうね? ジュデバ国なら子供が職場に駆り出されるのは当たり前だったけど、教育機関もしっかりと整備されているんでしょう?」

 僕の眼を見た。僕はゆったりと否定する。


「ここは辺境の辺境だからかそうじゃあないみたいだけどね。でも、村の人から聞いたんだけどさ、教会が教育機関の役割をしているみたいね。村外に行ける裕福な人は町に迄行かせるみたい。あまり居ないけれどもさ。」 

「そもそもあの年齢では小等学園にすら行けまいのだがな。」

 僕が早口で(まくし)し立てると、彼はソレに乗っかるように言葉を付け加えた。


「それと……なんとなくだけど、()の子は遠いとこに行くのだとすれば絶対に報告すると思うよ。」

「なんで?」

「僕を好いているだろうから。」

 きっぱり言ったものの、結論に至る確証はない。なのに、其の考えは頭の中をぐるぐると(まわ)ってしょうがない。

 濁流のようにぐるぐるぐるぐると駆け(めぐ)っている。


「じゃあ、なんでだろうね……。」

「うーん……」と呻いたとて脳味噌は機能してくれまい。

 このやろう。螺子(ねじ)は何本抜けているのだろうか。こういうとき、自分の愚陋(ぐろう)さに腹が立つ。


 何やら悪い予感がする、髭がピクピクと動いている。此の髭は湿気を感ずる検知器では無かっただろうか。けれど、そう。きっと僕の妄想に違いない。そうに違いない。


 絶対にそうだ。僕の何時(いつ)もの妄想だと信じよう。

カードゲームをしてた仔、なんて名前だったんでしたっけ?

自分の中で造形は思い浮かんでいるのですがね。作者が名前を忘れる致命的ミス。

宜ければどうか教えてくださいませ。


* * *


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